自衛隊を活かす会 投稿研究論文

日本の軍法の可能性

三浦 有機(大学院生)

序章 
研究動機と目的


第一節 
「平和安全法制」とPKO

 平成27年9月30日に賛否両派の激しい対立が世論を二分した「我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律(平和安全法制)」が成立した。戦後70年以上、日本国憲法9条によって禁止されてきた集団的自衛権が解釈の変更によって、一部解禁されたことになる。

 戦後70年以上、日本国とその国民は戦争で、人を殺め、あるいは殺されることがなかった。憲法9条が日本の戦争を禁止してきたという前提が、今回の「平和安全法制」によって大きく変化した。

 集団的自衛権行使の一部容認が現代史の大きな転換点となったことは事実で、そのため、安全保障というテーマについて日本人の大きな関心を引いた。一方で「平和安全法制」は集団的自衛権行使の一部容認だけではなく、その他複数の同時に改正された諸法があった。これらの法律は集団的自衛権の議論の影に隠れて国会でも、世論でもあまり活発に議論されなかった感がある。

 こうした、現代史の転換点となった「平和安全法制」の中で、本稿が注目するのが、集団的自衛権と共に改正された「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(PKO協力法)」である。冷戦後、自衛隊の国際貢献の増加に伴い成立した「PKO協力法」が、「積極的平和主義」の下で自衛隊の任務に「駆け付け警護」を付与し、その結果、武器使用権限が拡大した。

 従来、「PKO参加五原則」によって自衛隊は参加、撤退の判断を行ってきた。

すなわち、

  1. 紛争当事者の間で停戦合意が成立していること。
  2. 当該平和維持隊が活動する地域の属する国を含む紛争当事者が当該平和維持隊の活動及び当該平和維持隊への我が国の参加に同意していること。
  3. 当該平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的立場を厳守すること。
  4. 上記の基本方針のいずれかが満たされない状況が生じた場合には、我が国から参加した部隊は、撤収することが出来ること。
  5. 武器の使用は、要員の生命等の防護のために必要な最小限のものに限られること。

これらの原則が満たされない場合、自衛隊はPKOに参加しない、あるいは撤退することとなっている。

 ところが、現在自衛隊が展開している南スーダンでは事実上の戦闘が行われており、これらのPKO参加五原則の前提はもはや成立していない。しかし、2017年1月現在、自衛隊は撤退していない。また、一方でPKOからの一国の都合による撤退は人道軽視の国際世論を呼びかねず、政治上撤退は困難な状況となっているのも事実である。戦争への参加は容易でも、そこから抜け出すことは極めて困難であることは歴史が示してきた事実であろう。

 こうしたPKOの困難な現実は今後の自衛隊が置かれる危機、そして自衛隊が発生させうる危機を暗示している。

第二節 安全保障上の危機

 中東地域には親日国が多い。2004年、イラクのサマワにおける自衛隊支援デモ[1]といった印象的な出来事もあった。

 これは戦後日本の献身的な国際貢献や日章丸事件、さらに反米的な立場の人々の中には、戦中アメリカと戦った日本に対して尊敬の念を持つ人々もいる。

 ともかく、日本の戦後の地道な国際貢献がこうした日本への好印象を生むきっかけとなっているのは間違いない。こうした日本への好印象がいままで日本へのイスラム過激派やテロリストへのソフトな抑止力となってきた。今後、日本の経済発展や安全保障等考慮すると、日本への心象の悪化は絶対に避けるべきである。

 ところが、この日本への好印象が失われる可能性がある。

 我が国はテロに極めて脆弱であり、核施設やソフトターゲットへの攻撃が起こりうることが指摘されている[2]。それらの攻撃は容易、かつ甚大な被害を起こしうる。すでに我が国は「イスラム国」に宣戦布告をされており、すでに想定外では許されない緊急事態となっている。

 こうした中でのアラブ世界の宿敵であるイスラエルへの安部首相の支援表明はまさに日本や中東との友好関係への挑戦ともいえる。こうした外交上の「不手際」の他に、特にこれから留意するべきなのが、自衛隊の海外での活動で起こりうる不祥事である。

 一般の善良な市民が反米テロリストへ豹変する。このような悲しい現実は、強烈な反米意識がその一因となっている。アメリカへの憎悪の根源の一因としてアメリカ軍による善良な市民への無差別な爆撃、殺戮がある。当然、アメリカ軍は好んでこうした攻撃を行っているわけではないが、アメリカ自身の無思慮で破壊的な振る舞いは中東世界に親米感情を育む妨げとなっている。日本がこうした暴挙へ加担するということは、いままで日本と中東諸国が築いてきた信頼関係を一度で崩壊させうる要因となりうる。

 安全保障上、日本がアメリカと一体でなくなることは現実的ではないのであるが、泥沼のPKOに協力を申し出ることは再考する必要がある。自衛隊にとっても危険が増す上に、不慮の事件、事故が起こりうるのであるからだ。

 今までの、そしてこれからも起こりうる事件において、大抵の場合、地位協定によって、任務外の活動で起きた犯罪は現地国法で裁かれ、任務内で起こった犯罪行為は軍人の属する国の軍法で裁かれることになっている。ところが、日本は自衛隊の海外での活動を前提としていなかったため、海外での任務中の不祥事を取り締まる法律が一切なく、万が一、不幸にも自衛隊員が任務中に現地の善良な市民を殺めてしまった場合や現地国、市民の財産を損害してしまった場合にだれもその責任を取ることがないのである。

 自衛隊による不祥事は、そして誰もその責任を負わないことは、現地の人々の日本人への感情を悪化させ、イスラム過激派、テロ組織の日本への攻撃を後押しさせかねない。安全保障上の懸念事項としての優先順位は近隣諸国との古典的な対立や紛争よりもはるかに高いはずだ。

 自衛隊の今後の海外での活動を前提とする以上、安全保障上、人道上、日本は軍法を持たざるをえないと考えるが、一方で「軍法」を持つことは、すなわち自衛隊が軍隊であると市民や諸外国から受け取られかねない上、「軍」法と銘打っている以上、実際に認めていることにもなりうる。そのため、軍法の導入およびその議論は憲法上、政治上、そして市民感情等から容易ではない。本稿はあくまで自衛隊を公式に軍と認めるのではなく、その実態が強力な兵器を持つ、他国の軍隊と同様に統制されなければならないという立場から軍法という呼称を本稿においては仮に用いている。

 加えて、こうした軍という呼称へのタブー感からか、日本における軍法の導入についての専攻研究も豊富とは言い難い状況である。自衛隊、安全保障、国際協力を考える上で、本稿が今後の議論の一助となることを目的としたい。

第三節 論文の構成

 本稿では日本が軍法を持つために、超えるべきハードル、参考となる国家、軍法に関する事件を調査、議論する。

 第一章では、まず軍法とは何かを議論する。軍法の意義と構成、軍法がどのようにして成立し、また戦場の人道擁護をルール化したのか、軍法が無いことによって起こる問題、そして、軍法をもって、判決する軍法会議、軍事裁判所の基礎とその問題点について触れることから、日本の軍法の可能性の議論をスタートさせたい。

 第二章では、ドイツに焦点を当てる。共に悲惨な敗戦を経験し、戦後復興、経済成長、そして平和国家と見なされている点でドイツは日本と比較する上で意義深く、また、再軍備を行い、より積極的に国際貢献を行っているドイツが解決し、あるいは現在まで抱えている問題を調査することは今後の日本に起こりうる様々な問題を予見する良い資料となる。そこで、まずドイツの軍法制度の調査を行い、次に実際に軍法にまつわる大きなスキャンダルとなったクンドゥース事件をメインに議論する。ドイツの得た教訓を今後の日本の軍法を策定するにあたって大きな参考になるはずだ。

 第三章では、米英仏といった主要国の軍法制度を調査、比較し、世界における軍法について検討したい。そこから得た、制度や法の知識をもって日本においても応用、導入できる制度を見つけていきたい。

 第四章では、憲法改正なしの軍法制定実現のための制約となる諸問題を検討、議論する。次に、軍法策定の障害をいかに乗り越えるかを議論する。最後に、本稿では思想的、制度的背景を深堀するには十分な余裕はないが、軍法、軍事裁判所のモデルを提案したい。

 最後に、終章では、本稿のまとめと研究、調査からわかったこと、気づいたこと、反省、そして今度の課題を議論していく。

第一章 
軍法について


 第一章では、軍法を研究するために必要な前提や背景を知り、議論を深めるために一般的な軍法について論じる。

第一節 軍法の意義

第一項 軍隊と軍法

 軍隊は外敵の侵略からの国の防衛が主任務とし、その実行のために強力な武器を保有している。そのため、軍隊に所属している者には、個人・集団として厳正な規律と秩序の維持が必要である。こうした必要に基づき軍隊の構成員の軍事関係その他の犯罪を一般の司法制度とは別の法体系により処理する軍事司法制度があり、軍法により処理方針を定め、多くの場合では通常の裁判所とは異なる軍法会議や軍事裁判所[3]で違法行為を処断している。ただし、軍法や軍事裁判所のシステムは国家によって大きく異なることがある。

 軍法は一般的に軍人や軍属の義務違反に対する懲戒や処罰規定と、刑法犯に対する刑罰規定がある。特に、軍法は通常の刑法とは別に、軍隊独自の事情から一般人には課せられない義務や犯罪規定が存在する。ただし、必ずしも軍法は軍人、軍関係者にのみ適用されるのではなく、捕虜や戒厳令下では一般の市民にも適用されることがある。

 通常、軍法と軍刑法は同一視されるが、本稿では広く軍人や軍属の義務違反を処罰する法体系全般を軍法と呼び、そのなかでも刑法犯、特に本稿の趣旨として海外での任務中の事件、不祥事等を裁く法律を軍刑法と区別して呼ぶことにする。

 また、本稿では服務違反や指揮系統上の違反、軍事上の犯罪を統制犯罪と呼び、任務中における市民への人権侵害や国際人道法違反に該当するものを軍事犯罪と区別し呼称する。多くの場合、統制犯罪については懲戒もしくは刑罰が適用され、軍事犯罪については刑罰が適用される。

[3]軍法会議と軍事裁判所は通常同義語であるが、本稿では軍法を裁く広く一般的な裁判所を軍事裁判所とし、その中でも閉鎖的で、軍人による判決の影響力が高いものを軍法会議と区別して用いる。

第二項 
ブラックウォーター社
「血の日曜日」事件[4]

 この項では、軍法が適用されず、またあらゆる懲罰から保護された強大な戦力を持つ民間軍事会社であるブラックウォーター社が引き起こした「血の日曜日事件」を紹介する。軍法がない点、自衛隊がジブチにおいて地位協定で刑事管轄権の免除[5]がある点でブラックウォーター社は同様であると言えるため、ブラックウォーター社事件を論じることは、今後日本が軍刑法を持たないという選択肢がどのような結果になりうるかを暗示するものとして意義深いと考える。

「血の日曜日」事件

 ブラックウォーター社はアメリカ合衆国の民間軍事会社であり、世界最大規模の設備と人員を有する。

 2007年9月1日、イラクのバグダッドのニスール広場で重武装したブラックウォーターの車列が進入し、突然手当たり次第に銃を乱射し始めた。この銃撃によってイラク人17人が殺され、20人以上が負傷し、15台の車が破壊された。

 ブラックウォーター社は当初、最初に発砲を始めたのは、車が速度違反で走っていて止まろうとしなかったためと述べたが、大勢の目撃者がこの主張に反論している[6]

 親米イラク政権の内務省ですら24時間のうちにブラックウォーターの国外追放を決定し、ヌーリ・アル=マリキ首相はブラックウォーターの行動を「犯罪的」と呼んだ。ただし、活動禁止から四日後にはブラックウォーターがイラクの街に戻っていた。

 マリキ首相は直ちに、当初の追放と起訴の要求を撤回するようにアメリカから強い圧力を受けた。

 ライス国務長官はイラク首相へ謝罪の電話を入れたものの、同時に「我が国の外交官を警備しなければならない」と公然と強調した。

 結果的にはブラックウォーターがイラクを去れば、治安に空白ができてしまうため、イラク政府はブラックウォーターの追放を断念せざるを得なかった。

 イラクの内務省、国防省、国家安全保障省の関係者たちから構成された調査チームは、「ニスール地区でブラックウォーターが市民を残忍に殺害したことは、他のどのようなテロ活動にも劣らない、一般市民に対するテロ行為とみなされる」と述べた。しかし、調査チームはアメリカ政府からほとんど何の情報も得ることができず、発砲に関与したブラックウォーターの隊員たちとの接触も禁じられた。

 調査チームの報告書は「犯罪者はイラク司法で裁かれる」とし、イラク最高司法評議会委員のアブドゥル・サッタール・ガフール・バイラクダルは「この会社はイラクの法律に従わなくてはならず、犯罪はイラク国内で起きたものであるため、本件に対処する責任はイラクの司法当局にある」と断言した。

 しかし、2004年6月27日に指令第17号と呼ばれる、イラクで米国のために活動している民間の契約要員に完全な免責を与える命令によって、事実上イラク政府は契約要員が犯した犯罪をイラク国内の法廷で起訴することができなくなっていた。つまりブラックウォーターは何をしても―殺戮であっても―事実上完全に免責されるような環境であった。

 この殺戮に対して誰一人起訴されることもなく、処罰を受ける者もなかった。

 同年10月2日、ブラックウォーターの経営者、エリック・プリンスが公聴会に出席させられるだけあり、さらに「血の日曜日事件」について質問がなされることもなかった。

 結果的にはイラク政府が被害者一人に付き800万ドルの賠償を請求し、最終的にはブラックウォーターの代わりに国務省が遺族に1万ドルから1万2,500ドルを提示したが、遺族の多くがそれを拒否した。

 こうした民間部隊の不正行為によって「対ゲリラ作戦」の活動を損ねていると米正規軍の将校たちは不満を漏らした。

 アメリカの法学者たちはブラックウォーターが米国の民法と軍法の適用範囲外にあって、イラク法に基づく起訴からも免責が与えられており、同社を起訴できる可能性に重大な問題があると結論付けた。

 イラク人犠牲者の遺族と生存者の一部はイラクの人権弁護団体とスーザン・パーク弁護士を通して、血の日曜日事件が「超法規的殺人」と「戦争犯罪」にあたるとして訴訟に踏み切った。この手続きは海外で行われた基本的人権の侵害に対して米国の法廷での訴訟を可能にする外国人不法行為請求権法の下で行われた。

 ただし、2014年時点で血の日曜日事件に関わったとされる元社員5人の内4人(うち一人が故意の殺人であると認めている)の刑事責任を問う裁判が連邦裁判所で始まり、2015年4月13日、ニック・スラテンに終身刑、他三人に懲役30年が宣告された[7]

 ブラックウォーターの血の日曜日事件は8年の時を経て、ようやく容疑者たちが裁かれることとなった。

 このような事態を避けるためにもあらゆる強力な武力を保有する組織にはそれを統制するためのルールが必要だが、日本の自衛隊は軍刑法によって処罰されない組織であり、このような中で自衛隊が海外で活動を続けることは、ブラックウォーターのイラクでの任務と同じ様に大きな危険をはらんでいる。言い換えると、軍法がない“実力組織”である自衛隊を海外に派遣し続けるということは、ブラックウォーター社の理不尽な行動を認めてきたアメリカ政府と同じように無責任であるといえる。現状のままでは、日本が犯罪を処罰しない国家と見なされることになる。現状ではブラックウォーター社と自衛隊が同様になりえるとい現実に直視して、海外犯罪を裁くべき軍法の制定は急ぎ行われなければならない。

第二節 
軍法会議、軍事裁判所

 多くの国[8]で軍法によって裁判を行う場合、通常の裁判所ではなく、軍法会議や軍事裁判所で裁判が行われる。日本の軍法制定を議論する上で、法律の審理を行う機関、つまり軍法会議や軍事裁判所の導入の是非とその制度の在り方について議論を深める必要性がある。第二節ではまず、一般的な軍法会議の意義とその問題点について論じる。

[8]後述するようにドイツやノルウェーなど、必ずしもすべての国に軍事裁判所があるわけではない。

第一項 
軍法会議、軍事裁判所の存在理由

 軍法会議、軍事裁判所が通常の裁判所とは別個に設けられているのは、主に次の三つの理由がある。

  1. 軍隊や軍人の違法行為の処断は迅速にする必要があるからである。裁判に長期間を要すると軍律保持の目的が損なわれることとなる。証拠と被疑者、証人の確保のため作戦行動に支障を来す可能性があるとともに、違法行為の処断が速やかにされないと、軍人の士気が喪失し、適切な指揮命令関係が保てなくなる恐れがある。
  2. 軍隊の自律性を確保する必要があるため。ここで「自律性」とは、軍事組織が自ら規律を定め、これに違反した組織の構成員を軍事組織自ら処罰して規律を維持することである。一般市民に適用される法的枠組みでは軍事組織の特殊性を考慮した処罰が行いにくいことを考慮している。
  3. 機密の保護のため。裁判は通常公開が原則であり、軍法が処罰する事件では、軍事機密が事件に大きく関わっていることも少なくないため、通常の裁判所では軍法を扱うことができない。

 通常、軍隊がある国家ではこうした軍事的価値観を重んじて、軍法会議や軍事裁判所が通常の裁判所から独立して存在している。

第二項 伝統的な軍法会議の問題点

 一方で、軍事的価値観を重視した軍法会議には多くの問題点が指摘されている。問題点としては主に次の点[9]が挙げられる。

  1. 身内同士のかばいあいや組織防衛が露骨に行われうること。
  2. 下士官や兵士などの下級者に厳罰を下し、高級将校は不問となることが多い。
  3. 事件のもみ消しや、甘い処罰が可能であること。

 などである。

 「張作林爆殺事件」では首謀者の河本大作大佐は退役のみの処分であり、2005年にイラクでイタリアの情報機関の車両が米軍の誤射を受けて死亡者が発生した事件では、その米兵は不起訴となっている。このように実際に過去、そして現在においても国の内外を問わずにそうした事例が数多く存在していることも指摘[10]されている。

 詳しくは後の章で改めて議論するが、現代に軍事裁判所を新設する上で、こうした問題点を改善する方策を検討したい。

[9]奥平穣治(2011年),p129

[10]奥平穣治(2011年),p130

第三節 
日本の軍法の歴史と現状

 軍法は当初、本稿が重視する人道擁護を目的として制定されてきた法律ではなかった。軍法の制定経緯を見ると軍隊の規律維持こそが主目的であり、現在でもそうであるという現実を把握したうえで、今後の議論を深めていきたい。そこで第三節は軍法の発展と、なぜ軍法が人道擁護の概念を導入することになったかについて考察したい。

第一項 日本の前近代軍法史

 軍法は軍隊と戦争のシステムと共に“進歩”してきた。古代から中世、中世から近世へと生産力が向上するとともに大兵力の軍隊が動員できるようになった。戦争が騎士や武士の名誉をかけた決闘から、農民を大量動員した戦争へと変貌するとともに軍隊の統制が勝敗を決する時代となった。

 本稿では、特に日本において軍隊の大動員が可能になった戦国時代を中心に焦点を当てて、どのように軍法が発展してきたのかを考察したい。

 日本において最も原始的な軍法は『日本書紀』には、「士気を励ます鐘鼓の音が乱れ、軍旗が乱れる時には、軍卒が整わず、財を貪り、物を欲しいと思ったり、私事に未練があると、きっと敵に捕まるだろう。敵が少なくとも侮ってはならぬ。敵が多くとも挫けては軍旗が乱れる時には、軍卒が整わず、財を貪り、物を欲しいと思ったり、私事に未練があると、きっと敵に捕まるだろう。敵が少なくとも侮ってはならぬ。敵が多くとも挫けてはならぬ。暴力で婦女を犯すのを許してはならぬ。自ら降参する者を殺してはならぬ。戦いに勝てば必ず賞がある。逃げ走る者は処罰される」[11]とあり、古代にはその原型がすでに存在していたと考えられている。ただし、軍法のシステムが充実し始めたのは、戦争が武士の決闘から、大量動員の時代になった頃である。

 室町時代後期に入ると日本列島が寒冷化し、それに伴い全国で深刻な不作となっていた。一つの村落で自己完結的な生存が困難となった時代であった。戦国時代の多くの戦いが起きた原因は大名の領土欲が背景にあるが、その領土欲を引き立てたのは、大名個人の名誉欲や政治的な理由というよりも領民たちの要請によるところが少なくない。こうした枯渇を癒すため、戦国時代は被侵略地での雑兵たちによる掠奪や奴隷狩りが激化していたし、そうした乱暴を雑兵への報償としていた大名もあった[12]

 上杉謙信の例を紹介する。越後国の戦国大名、上杉謙信は度々関東地方への出兵を行っていた。これらの出兵は関東地方の行政を司る関東管領職を引き継いだ上杉謙信が関東地方で台頭していた反管領派の後北条氏から関東地方を奪還するという政治的な理由が背景であった。多くの出兵において上杉の侵攻路となった上野国や武蔵国では奴隷狩りや略奪が頻発した。そのため、新しく征服した領地の統治は捗らず、結果的に領土を喪失していた。

 このようなケースは全国で見られ、掠奪、奴隷狩りのための戦争では新領地の獲得が困難であることが次第に経験的に戦国大名たちの間で認識が広がった。

 戦国時代後期になると、全国で中小分立していた諸勢力に代わって、巨大な力で地方を制圧した大大名たちが現れる。他国との戦線から遠い国の中枢などでは治安や政治が安定し、生産力が向上し始める。これに伴い、雑兵の略奪行為などの欲求が減少し、また兵力の大量動員が可能になる。

 軍律を維持することができる武将が合戦で勝利をし、それに伴い大名の版図が拡大し、さらに政治や生産力も向上していく。征服した土地の統治も比較的スムーズになり、禁制と呼ばれる原始的な軍刑法が発達していった。

 禁制とは制札とも呼ばれ、特定の場所において特定の行為を禁止することを不特定多数に告知する文書であるため[13]、軍刑法としての性格よりも広く一般的な法令、あるいは戒厳令という側面が強いが、戦場の人道擁護の立場からは軍刑法的側面があるといえる。特に軍隊の暴力から保護するための禁制は「かばいの制札」と呼ばれた。

 禁制自体は奈良時代末にはみられ、戦国時代に始まった制度ではないが、戦国時代に庶民の地位の向上と共に法令の対象が拡大され、一般庶民に広く告知する法令が出されるようになる。そのなかで、戦乱の兵火を避けるため、寺社などは軍隊の通過・戦闘に先立って、侵攻する大名の保護を求めて禁制の申請をすることが多く見られた[14]

 こうした中、大規模な経済力を持ち、人狩り、掠奪を行う必要がない織田信長、豊臣秀吉は自身の体制、政策の正当性や権威を示すプロパガンダのためにも特にこうした禁制を重視した[15]

 戦国時代(厳密には安土桃山時代)における禁制の意義が最も問われた事件が文禄・慶長の役(朝鮮侵略)である。

 出兵前の文禄元年(1592年)1月、豊臣秀吉は朝鮮出兵に際し禁制[16]として乱暴狼藉の禁止、放火の禁止、地下人・百姓等への非分申懸[17]を禁止し。違反者は厳罰に処することを伝達した[18]

禁制  高麗国
一、軍勢甲乙人等濫暴狼藉事
一、放火事
一、対地下人竝百姓等、非分儀申懸事
右條々堅令停止訖、若違犯輩於在之者、忽可被厳科者也
天正二十年正月 日 朱印

 さらに、諸将に細かい指示[19]を加えた。

掟  高麗国中
一、御法度如一書、各判形を仕、在々へ遣之、地下人可召直(置?)事、
一、兵糧改事、公方米分者、悉相改、蔵へ可入置事、
一、百姓町人還住所仕候て有之者共に、米銭金銀を相懸け不可取之、但捨置於不立帰者、可改置事、
一、高麗へ越候人数、兵糧無之には、切手次第に扶持方可相渡事、
一、かつゑ候百姓於在之者、見計かつゑさるように、令分別可申付事、
一、在々所々放火仕間敷候事、付今度乱入剋、人捕仕候は、不寄男女、其在所々々へ可返付事、
一、法度以下、猥於在之者、有様に可申上旨、誓帋を仕通、各に可申聞事、
一、高麗渡口より都迄の路次通御泊所、城々有之而、各明瞭次第に、御座所之普請可仕之旨、可申渡候、付在番仕候城近所、其法度以下申付、知行方糺明可仕事、
右之趣、能々相守、諸事無油断可申付候也、
天正廿年卯月廿六日   秀吉朱印
鍋島加賀守(鍋島直茂)とのへ

 文面だけを見ると、中近世としては充実している軍刑法のように読める。ところが、この禁制が発布されたにも関わらず、戦力が各地に分散され、監察者の目が届かなかったことや、各戦線で慢性的な兵糧不足が発生したこと、そうした禁制の制度が十分に朝鮮の民衆に告知されなかったことにより、掠奪や暴力、放火を防ぐことは出来なかった。

 出兵の最初期には日本軍に協力的な姿勢を示した朝鮮人もいたが、こうした日本軍による略奪行為が頻発するようになると、各地で義兵が蜂起し、伸びきった日本軍の補給路を断ち、日本軍が戦線を縮小せざるを得なくなった。

 この秀吉の海外出兵は日本史においても、あるいは世界史にも稀に見る軍刑法実効性の欠如が勝敗に影響を与えた戦争の一つであったと言える。

 一方で、江戸時代では、出兵の意義が批判にさらされることはあっても、こうした軍法の不徹底について、批判や研究をされることはなく、江戸時代初期における大坂の陣では戦争終結直後に幕府の雑兵たちによる大規模な掠奪、殺戮、強姦などが行われ、大名たちはそれを統制することができなかった[20]

 戦国時代の歴史を通して、戦争が合理化、大規模化するにつれて、禁制、つまり軍刑法が発展するものであることが分かった。つまり、軍法において人道擁護の理念は主役ではなくとも、不可分のものである。一方で、その後の日本史を見てみると、人道擁護の理念が完全に徹底されることは少なく、またそれらの反省、評価をされることもなかった。そのことが、日本の国内外における戦争犠牲者がより大規模で過酷な人権侵害を受けたことに繋がったのではないか。この歴史の事実を直視して、現代日本として人道擁護の理念を充実させた軍刑法を制定する必要がある。そして、そもそも軍刑法を使うような事態にならないことを希求する。

[11]全現代語訳『日本書紀』(講談社学術文庫)宇治谷 孟 日本書紀 巻第九(神功皇后 摂政前紀)神功皇后 気長足姫尊 http://www.geocities.jp/yasuko8787/o-syoki-9-zenki.htm

[12]鷹橋忍(2016年),p189-191

[13]冨澤一弘・佐藤雄太(2013年),p2

[14]冨澤一弘・佐藤雄太(2011年),p15

[15]冨澤一弘・佐藤雄太(2011年),p15

[16]「2589.秀吉の朝鮮侵略(64)咸鏡道清正施政」raccoon21jpのブログ http://blogs.yahoo.co.jp/raccoon21jp/42110889.html(最終閲覧日2017年1月6日)

[17] 非道な言いがかり。無理なことを強要するという意味

[18]「2589.秀吉の朝鮮侵略(64)咸鏡道清正施政」raccoon21jpのブログ http://blogs.yahoo.co.jp/raccoon21jp/42110889.html(最終閲覧日2017年1月6日)

[19]同上

[20]鷹橋忍(2016年),P189

第三項 
旧日本軍法 戦時・軍事法令集

 次に、近代法制化された軍刑法を検討したい。戦前、戦中における諸事情は、その多くが現代日本において反面教師となっている。旧軍法、軍法会議制度においてもその例外ではない。本項では、旧日本軍法のうち陸軍刑法、そして軍法会議を通じて、新軍法における教訓としたい。

 日本の軍法は戦前、戦中の激動の情勢の下、「国家保安法」の制定や「治安維持法」の改定など、極めて広範に拡大していった。旧軍法は軍人を統制するだけでなく、戦争に関わるあらゆる事象、人を拘束していたのである。戦中に制定された膨大な戦時法規の内、帝国議会の制定法は少なく、多くが政府や軍の命令によって制定されている[21]。このように“有事”にあっては、市民を拘束する軍法が行政や軍隊の意向によって無制限に拡大、増殖していった歴史があり、現代では考えにくいことではあるが、本稿が検討する新軍法においては戒厳令など、市民の拘束を行いうる方面の改正については議論を行わない。

 さて、次に陸軍刑法について検討する。

旧陸軍刑法[22]
陸軍刑法第九章 掠奪の罪
第八十六条 戦地又ハ帝国軍ノ占領地ニ於テ住民ノ財物ヲ掠奪シタル者ハ一年以上ノ有期懲役ニ処ス
前項ノ罪ヲ犯スニ当リ婦女ヲ強姦シタルトキハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処ス
第八十七条 戦場ニ於テ戦死者又ハ戦傷病者ノ衣服其ノ他ノ財物ヲ褫奪シタル者ハ一年以上ノ有期懲役ニ処ス
第八十八条 前二条ノ罪ヲ犯ス者人ヲ傷シタルトキハ無期又ハ七年以上ノ懲役ニ処シ死ニ至シタルトキハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス
第八十九条 本章ノ未遂罪ハ之ヲ罰ス

 日中戦争当時、中国において日本兵による強姦事件が頻発した。しかし、改定前の陸軍刑法においては掠奪のついでに強姦した場合のみが犯罪の対象になっており、軍の統制維持のため岡村寧二大将の提案により新たに第八十八の二項[23]が付け加えられた。

第八十八条ノ二 戦地又ハ帝国軍ノ占領地ニ於テ婦女ヲ強姦シタル者ハ無期又ハ一年以上ノ懲役ニ処ス
前項ノ罪ヲ犯ス者人ヲ傷シタルトキハ無期又ハ三年以上ノ懲役ニ処シ死ニ致シタルトキハ死刑又ハ無期若ハ七年以上ノ懲役ニ処ス

 陸軍刑法は明治41年に制定されが、昭和17年になって初めてこの規定が設けられた。また強姦罪は親告罪のままとなっており、被害者が泣き寝入りすることも多かった。軍刑法の思想としては市民に対する人道上の配慮は少なく、戦国時代からそれほどの進歩があるとは言えないと評価せざるをえない。

 次に旧軍法および旧軍法会議の問題点について議論する。

 軍法会議の問題点で触れたような軍法会議の問題点は、特に旧日本軍法会議には顕著に見られた。

 例えば、旧軍法会議では軍人のみで構成されている上、弁護人に圧力を加えることや、多くの軍人裁判官が法律に無知[24]であったことが指摘されている。

 終戦期の第17軍臨時軍法会議法務官であった花園一郎は、その著書『軍法会議』で次のように述べている。

「裁判の傍聴人は先ず入廷の際、憲兵の取り調べがあって入廷を制限されるばかりでなく、裁判官はその判断により一方的に公開を停止することができた。弁護人制度もあってなきが如くであり、せいぜい寛大な判決を嘆願するだけの役目であった。また、軍が困るような弁護人の発言も抑えられるため、軍は弁護人を出廷不能に陥れたり、圧力をかけて発言を常に牽制した。(中略)戦地に設けられている特設軍法会議に至っては、公開原則と弁護人をも認めず、高等軍法会議への上告も認められない1審制の終結審であった。軍法会議の裁判官は、裁判長以下全員が現役の軍人であった。いずれも被告人より階級が上であり、被告人を見下す地位の者である。彼らはほとんど法律知識のない法律の門外漢であった。その数は5名または3名の合議制で構成され、そのうち1名(高等軍法会議のみ2名)だけは法務官たる将校でなければならなかった。法務官とは、法律を専門とする職業軍人であり、法律に無知な他の将校が、無法な裁判をしないよう法律の適用について規制する役目を背負うものであった。」[25]

 花園氏の経験のように、旧軍法と軍法会議のシステムは軍隊の即応性、軍事機密を重視するあまり、今日的には人道上の要請、兵士の人権尊重の観点からも、新しい軍法制度としては踏襲しえないものである。同時に伝統的な軍法が現代において軍事的価値観を最重要視するべきではないという教訓にもなっている。

 新軍法制定にあっては、市民に対して旧軍法との違いを強調する必要がある。特に文民統制や民主主義的人権尊重の価値観を新軍法の思想の根幹に置くべきであることが、旧軍法、軍法会議システムを論じた上で教訓となった。

[21]現代法令資料編纂会(1984年),Pはしがき

[22]現代法令資料編纂会(1984年),p79

[23]現代法令資料編纂会(1984年),p81

[24]坂本祐信(2016年),p4

[25]同上より孫引き

第四節 
日本の現状と自衛隊法

 敗戦に伴い軍隊が解体された日本では、軍法も廃止された。戦後、戦争や自衛隊が海外での活動をすることが政策上、国民的議論にはならなかったため、有事や自衛隊の海外派兵を前提とした法整備はなされてこなかった。無論自衛隊を統制する法律が全くないわけでは、当然ない。

 自衛隊法は、「自衛隊の任務、自衛隊の部隊の組織及び編成、自衛隊の行動及び権限、隊員の身分取扱等を定める」(第1条)法律である。

 自衛隊法の懲戒規定として「第五章 隊員」があるものの、
一  職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合
二  隊員たるにふさわしくない行為のあつた場合
三  その他この法律若しくは自衛隊員倫理法
又はこれらの法律に基づく命令に違反した場合に対する懲戒規定であり、一般の公務員と同等と言える。

 また、自衛隊では国際人道法違反に対して、「国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律」としてより、処罰、あるいは刑罰を重くする措置を取っている。

(以下は防衛省・自衛隊公式ホームページの防衛関係法律より引用)

1 目的

 国際的な武力紛争において適用される国際人道法に規定する重大な違反行為を処罰することにより、刑法等による処罰と相まって、これらの国際人道法の的確な実施の確保に資すること

2 定義

 この法律において用いる次の語について、定義する。

  1. 捕虜 国際的な武力紛争において適用される国際人道法において捕虜として取り扱われるもの
  2. 傷病捕虜 捕虜であって、精神的又は肉体的機能が著しく減退したと認められるもの
  3. 文民 紛争当事国又は占領国の権力内にある者で、その紛争当事国又は占領国の国民ではないもの等、国際的な武力紛争において適用される国際人道法において被保護者として取り扱われるもの

3 重要な文化財を破壊する罪

 武力紛争において、正当な理由がないのに、その戦闘行為として、歴史的記念物等で重要な文化財として政令で定めるものを破壊した者を処罰する。

4 捕虜の送還を遅延させる罪

 捕虜の送還に関する権限を有する者が、捕虜の抑留の原因となった武力紛争が終了した場合等において、正当な理由がないのに、当該武力紛争の相手国への捕虜の送還を遅延させたときは、処罰する。

5 占領地域に移送する罪

 武力紛争において、その国が占領した地域に入植させる目的で、当該国の国籍を有する者等を当該占領地域に移送した者を処罰する。

6 文民の出国等を妨げる罪

 出国等の管理に関する権限を有する者が、正当な理由がないのに、文民の出国等を妨げたときは、処罰する。

7 国外犯

 3から6までの罪の国外犯を処罰する。

 この法律によると文化財保護や捕虜の送還、占領地域に移送する罪や文民の出国を妨げる罪を規定しているだけで、身体や精神への、故意または過失による直接的な侵害の罪は規定できていない。

 したがって「国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律」をもって、本稿が要求する軍刑法と呼ぶことはできない。

 また、民間人が海外で犯罪を行った場合、一般刑法の国外犯規定が適用されることがあるが、自衛隊員が海外で人権侵害を行った場合は、任務中(業務上過失)の場合はその不祥事に携わった自衛隊員は一切裁かれないことになる。また、ブラックウォーター事件で触れたように、軍隊(自衛隊含む)は通常海外に派兵する際は、受入国との間で地位協定を結び、任務中(時には任務外であっても)の犯罪であれば受入国の刑事管轄権を免除される。そうした場合、軍法のない自衛隊員が犯した人権侵害は何物にも裁かれないということになる。では、自衛隊法の処分がこの程度に留まるのはなぜか。こうした不備の背景には自衛隊員があくまで特別職国家公務員であり、前身が警察予備隊である自衛隊は法律上は警察官と変わらないという背景がある[26]

 しかし、一度海外に出た場合には、国内の常識は通用せず、国際法の世界となる。一般的な軍隊と比しても統制の水準が明らかに低くい自衛隊の法による統制は不十分である。自衛隊員の海外派遣は軍法がないのであればやめるべきであるし(他の理由も挙げられるだろうが)、海外派遣を続けるのであれば軍法を直ちに導入しなければならない。

[26]奥平穣治(2010年),p127,128

第五節 
日本の現状と自衛隊法

 本稿が目標としているのは、軍刑法において、国際人道法を反映させることである。今日の戦場における人道擁護を、その基礎的な部分から押さえておきたい[27]

 国際人道法として1)敵対行為の実施に関する法規と2)戦争犠牲者保護に関する法規がある。それぞれについて論じよう。

[27]国際人道法については以下を参考にした「外務専門職 基本マスター国際法基本マスター講義使用テキスト」 Wセミナー/公務員p,320-324

第一項 敵対行為の実施に関する法規→ハーグ条約

 開戦宣言、最後通牒に関わらず武力紛争の事実上の開始があれば武力紛争法の適用が開始し、紛争当事国の領域内においては軍事行動の全般的終了時、占領地域に関しては占領の終了時に武力紛争法の適用は終了する。

 ハーグ条約の趣旨は、害敵手段の規制にある。

①不必要な苦痛をもたらす兵器の使用の禁止

 相手国の戦力を弱めるために必要な手段・方法をとることは原則的に許されるが、一方でそのために必要でない手段は人道的考慮から制限される。

 さらに個別条約によってダムダム弾や毒ガス兵器などの使用が禁止された。

②戦闘方法の規制

 戦闘員・軍事目標と文民・民用物を峻別し、後者を攻撃してはならない原則。

  • 1907年のヘーグ規則では当初、防守都市と無防守都市を区別し、軍事的性格を持つ防守都市には無差別攻撃が許されるとしていてが、1977年に、防守都市であっても無差別攻撃を禁止し、攻撃目標を厳しく限定した。特に、ダムや堤防、原子力発電所など、市民へのダメージが重大であるものは軍事目標であっても攻撃禁止とした。

 ただし、これらのルールは非国際的武力紛争では適用されない。

第二項 戦争犠牲者保護に関する法規→ジュネーヴ条約

 ジュネーヴ条約は戦闘員・非戦闘員を区別し、それぞれに人道法上の保護を保証している。

 戦闘員は、交戦者資格があり、敵対行為をした場合は攻撃対象となる。また敵国の権力内に陥った場合は捕虜となる(スパイ・傭兵は除く)

 文民、非戦闘員は交戦者資格はなく、敵対行為の場合でも攻撃対象とはならず、紛争当事国の権力内に陥った場合被保護者になる。

 文民に対しては消極的保護、積極的保護をする必要がある。

 消極的保護は、軍事行動から生じる危険に巻き込まれない一般的保護で無差別攻撃の禁止や恐怖を広める暴力や威嚇の禁止している。

 積極的保護は被保護者の身体や名誉、家族の有する権利、宗教上の習慣の尊重を受ける権利、強制移送・労働の禁止をしている。

 このような国際人道法に対する違反は、各国の軍法によって処罰が行われており、国際連合や国際機関がその責任者を直接処罰することは出来ない。我が国もジュネーヴ条約、ハーグ条約と言った国際人道法を全面的に批准しており、先の「国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律」で論じたように、一部の条項を実施的に国内適用しているといえるものの、本稿を通じて論じているように、これらの条約全体を反映させるような軍法が我が国にはいまだに存在していない[28]

 これらの条約の完全な適用と履行こそ、自衛隊を海外に派遣する上で必要であり、本稿では、軍法、軍刑法の導入によって、国際人道法の完全に近い国内適用、国内法化を目指したい。

 後述する英国が国際人道法の一部をそのまま英国軍法に取り入れ、国内法化していることを参考に日本においても新軍法をもって国際人道法を軍法内で国内法化することを目指したい。詳細は第四章のまとめと新軍法、軍事裁判所制度のモデルで議論する。

第二章 
ドイツ


 本章はドイツの経験を通して日本の軍法の議論を深めたい。共に敗戦、軍隊の放棄、そして多くの国から平和国家と見なされているドイツは日本と比較研究する上で最も重要なサンプルである。特に、軍法の議論においては日本より先に導入し、今では多くの経験を経たドイツの知見は今後の日本の軍法の可能性を予見させるものである。

第一節 日本とドイツの違い

第一項 戦後の出発

 歴史的には奇妙な共通点のある日本とドイツであるが、戦後の出発、その後の国家理念は日本と似ているとは言い難い。

 米英仏ソ四か国に分割占領されたドイツはその中で生き残りをかけて様々な方策をめぐらせた。東西の分断に加え、さらに西側三カ国の間ですら大きな考え方の違いがあったのだ。東西冷戦の厳しい現実を受けて西ドイツは再軍備を行なおうとするも、大戦でドイツの激しい攻撃を受けたフランスの厳しい抵抗に遭い頓挫する。そこで、まず「欧州共同防衛隊(EDC)」構想において「欧州のドイツ軍」、つまりドイツが考えて軍隊を動かすのでなく、欧州全体の意向なしには動けない軍隊を創ろうとした。しかし、英国が加入を見送っており、事実上独仏の二大国となる上で、インドシナ戦争で疲弊しているフランスの影響力が弱まれば、ドイツが欧州全体をリードしかねないとフランスはEDC構想にも反対をした。そこで英国の提案で、米英の強力なプレゼンスのあるNATOにドイツが参入した。これにより、ドイツはリードすることはできなくなる。フランスはドイツの軍事産業の規制を条件に、ドイツのNATO入りに応じた。

 こうした再建された新ドイツ軍にとって多国間による集団的自衛権の枠内にあることは成立の条件であった。日本の憲法解釈が個別的自衛権の行使のみ容認されて、集団的自衛権の全部行使が認められていないのとは対照的だ。ドイツ軍はドイツ一国の意向だけでは動かせない軍隊となったのだ。

 アメリカ一国の占領統治で、アメリカの意向に逆らわなければそれでよかった日本とは大きな違いがあるといえる。

第二項 安全保障政策の変化

 “我が国の安全保障をめぐる環境が一層厳しさを増している中”、2015年9月に憲法解釈によって集団的自衛権の行使が一部容認された。また、国際平和協力法の改正によって“駆け付け警護”が自衛隊の任務に付与された。

 ドイツはその19年前に同じように防衛、国際協力の範囲の拡大を行っている。再統合、ソ連解体ともはやドイツ本国に対する攻撃が考えられなくなった1994年に憲法裁判所で、軍の任務である「防衛」の解釈が拡大された。それまでドイツ国内が軍事侵攻された場合のみに限定されていたが、国外での紛争予防策を含む幅広いドイツの安全保障行為に改訂された。

第三項 日本とドイツの平和主義の違い

 さらに、日本国憲法とドイツ基本法の平和主義には大きな違いがある。ドイツは侵略戦争の放棄のみを規定しているのにたいし、日本では「軍隊の保持」、「交戦権」までも放棄している。

 大胆な言い方をすれば、ドイツ軍は先制攻撃や過剰な攻撃でなければよい、つまり基本法違反にはならない正当防衛の範囲は広く考えることができる。しかし日本の場合、交戦権が認められていないため、防衛、自衛のための戦闘においても不可能、あるいは非常に厳しく制限されているといえる。

 その点、憲法は自衛隊がドイツ軍よりもさらに強力な統制下にあるべきと、軍法を要請していると考えられる。

 いままで考えてこられなかった、あるいは国民、政府が考えるのを避けてきた緊急時を前提として制定されなければならない。

 日本にはドイツ軍法以上の軍法が必要であるのだ。そのために次節ではドイツの軍法を考察する。

第二節 
ドイツ軍法と軍事裁判所

第一項 ドイツ軍人による違法行為・犯罪[29]

 軍の構成員として特別に課される義務に違反した場合、軍刑法によって制裁を科される。軍刑法制度を構成し、軍の役務を遂行する義務に対する違反、部下としての義務に対する違反、上官としての義務に対する違反、その他の義務に対する違反に分けられる。軍人による違法行為は身分犯である。

第二項 ドイツ軍刑法制度[30]

 軍刑法の適用者となる者、またその他の者で広い意味で連邦軍を守るため、また領域防衛のため設けられた処罰規定に違反した者の行為・犯罪を扱う刑法の特定分野を包括し軍刑法制度という。ドイツの軍刑法制度は、軍刑法内部のみで完結している制度ではない。軍刑法が適用と一般刑法・特別刑法の規定、関連手続きの規定が適用される。軍刑法は、軍の要請に配慮し、一般的な刑法規定を補うために設けられた法律である。軍刑法制度分野に特有の処罰規定は、軍刑法に規定されているものに加え、刑法典109条以下に規定されている、兵役義務違反、連邦軍への妨害宣伝、防衛手段への破壊行為、他国の軍隊のために行われ安全を脅かす諜報・撮影活動並びに勧誘等がある。

第三項 ドイツ軍刑法制度[31]

 軍刑法制度において一般刑法を補う規定を定めた法律。第一章には、人的適用範囲と実物的適用範囲を定める規定とともに、実体刑法に変更を加える規定が設けられている。第二章は、刑罰規定である。軍刑法の適用は罪を犯した者が、犯行時点で連邦軍の兵士であったということが前提である。しかし、上官の機能を果たしていた文官については、上官としての義務に違反したことにより、軍人による違反行為をして罰せられる可能性はあり、その限りにおいて軍刑法の適用対象になる。一定の前提が満たされる場合は、元兵士にも軍刑法が適用される。通常の刑法との大きな違いは、命令に従った行為には違法性の阻却が認められうる点にある。また、自分の身が危険にさらされる虞れは、ある違法行為の責任を免れる事由にはあたらない。さらに、自己の責任に帰する酩酊状態に在った場合、酩酊の事実は、一定の前提のもとにおいては減軽の事由にはならない。軍刑法における違法行為への処罰としては、罰金刑と自由刑だけでなく、処罰拘禁も真の意味での刑事罰に含まれる。処罰拘禁は特別な処分であるため、刑の併合と執行猶予に関し特別な規定が設けられている。また、自由刑の執行猶予に関しては、独自の規定がある。連邦軍兵士に対する自由刑、処罰拘禁、少年拘禁の執行については、連邦軍行刑規定が適用される。連邦軍の創設を受け、軍刑法は1957年5月1日に、かつての軍刑法に代わるものとして施行された。

第四項 軍刑事裁判所

 兵士による違法行為・犯罪を裁くための軍刑事裁判所や軍刑事裁判権は特別に設けられていない。これらの裁判は通常裁判所が行う。ドイツ基本法には、非常事態や国外に派遣された軍の構成員について軍刑事裁判所を設けることができるとしている。(ドイツ基本法96条)なお、兵士の職務義務違反については軍刑法制度とは別に軍人懲戒手続きがあり、同手続きに従った懲戒処分を科す軍服務裁判所がある。

 以上がドイツ軍刑法と軍事裁判所の概要である。次節はこのドイツ軍法では対処できなかった重要な事件としてクンドゥース事件について考察する。

第三節 クンドゥース事件[32]

 2009年9月4日、アフガニスタンの都市、クンドゥース近郊で起きた悲劇と、それにたいするドイツ政府の対処は、今後の日本の海外派兵と軍法を考えるうえで極めて教訓深いケースである。

第一項 事件の背景

 アメリカとイギリスは9.11アメリカ同時多発テロ事件以降のアフガニスタン侵攻後、タリバン政権を打倒し、カルザイ政権を打ち立てることに成功したが、占領統治は安定せず、むしろ反米感情を強め、タリバンの再侵入を許した。事態を打開できない英米は、2006年、ドイツ、カナダなどNATO諸国に支援を要請した。ドイツはこれに応じ、約2,500名のドイツ軍を派兵した。

 アフガニスタンは不安定でより悪化の一途を辿っていたが、英米は「タリバンはすでに抑制しており、経済立て直しの国家再建を手伝ってほしい」という名目での要請であった。そのため、ドイツは当初平和維持活動としての派兵であった。しかし現実にはタリバンは活動を再開し、ドイツはタリバンとの戦闘に巻き込まれることとなった。

 ドイツ軍は憲法によってその任務が防衛に限定されているため、戦闘の少ないアフガニスタン北部の地域への駐屯を希望し、比較的タリバンの影響が少ない北部地域に駐留した。しかし、駐留後にタリバンの攻勢が強まり、ドイツ軍に対しても自爆攻撃などが始まった。

 ドイツ軍は、防衛の範囲を超えないよう、タリバンとの戦闘は極力避けた。ドイツ軍は極力基地にこもり、基地外のパトロールの際には、装甲車で巡視するだけで、兵士が直接生身で基地外の行動をすることはほとんどなかった。

 ドイツ軍が打って出ないことを理解したタリバンは、2009年から北部地域での攻勢を強めた。

第二項 事件の概要

 このような中で、クンドゥース事件が発生した。2009年9月4日。ウズベキスタンからアフガニスタンの首都カブールにNATOの軍用としてガソリンを輸送していた2代のタンクローリーがドイツ軍が展開しているクンドゥース市内でタリバン兵にハイジャックされた。

 ハイジャックの目的はNATOの補給を断ち切るためだったと考えられている。しかし、ドイツ軍の現場司令部には地元情報筋からタリバンがタンクローリーを使ってドイツ軍基地に突っ込ませて爆破させるテロ計画であるという情報が入った。基地や装甲車から出て情報を確認できないドイツ軍はこの情報を信じ、タンクローリーを未然に捕獲、または破壊を計画した。

 米軍の偵察によりタンクローリーがクンドゥース付近の川で車輪がはまり立ち往生していることが分かった。現場はドイツ軍基地から5キロの地点であり、ドイツ軍は戦闘を避けるために歩兵を派遣しなかった。米軍機のビデオ映像を解析すると、タンクローリーの周囲にはタリバン兵がいるだけで、一般市民を確認できなかった。そこで、ドイツ軍司令官、ゲオルグ・クライン(Georg Klein)少佐は、米軍に依頼しタンクローリーを空爆した。

 ところが実際はタンクローリーが川で立ち往生してしまったため、タリバン兵たちが近隣の村人たちに積み荷のガソリンを無料で配っていたところであった。大勢の村人がタンクローリーの周りに集まっているところに米軍機の空爆、そしてガソリンが誘爆し大爆発が起こった。

 当初ドイツ軍は数か月にわたって、市民の犠牲は無いとして空爆の結果を調査しなかった。ドイツ人弁護士のカリム・ポーパル(Karim Popal)は179名の犠牲者がいたことを突き止めた。ドイツ陸軍は犠牲者の特定においてもジャーナリストの協力に依存しなければならなかった。

第三項 
事件後の対応と政治的動向

 この事件に対し、フランス、イタリア、スウェーデンは空爆を非難したが、ドイツ防衛大臣のフランツ・ヨーゼフ・ユング大臣(Franz Josef Jung)は自衛のための攻撃だったと主張した。

 アフガニスタンのハミッド・カルザイ首相はフランスのLe Figaro紙の2009年9月7日のインタビューに次のように答えた。

 「なんという判断の誤りか。川で動くことすらできなかったたった一台のタンクローリーのために90人以上が亡くなった。なぜ歩兵を派遣しタンクローリーを奪還しなかったのか」

 2010年2月1日のSpiegel紙はこの事件を第二次世界大戦以後のドイツ軍事行動における戦争犯罪であると主張した。

 ドイツの捜査機関は2010年4月20日に捜査を終了し、クライン少佐を告訴しないことを決定した。当時の情報に基づけば、クライン少佐とその兵士たちの行動は合理的であったとして、ドイツ刑法や国際法が侵害されていないとしたためだ。ドイツ軍の弁護団はアフガニスタンでの任務は非国際紛争である、つまり戦争ではないとして爆撃の犠牲者にはもはやいかなる法的な要求もできないと主張した。

 後に、ドイツ軍が特定した102人の市民犠牲者の遺族に対してドイツ政府は、空爆の法的責任は認めず、“弔慰金(Ex gratia payment)”として5千ドルを支給した[33][34]

 このドイツ政府の決定に遺族は一定の満足を示した。ロイター紙の報告によると、遺族のアブドゥル・ダイアン(Abdul Daian)氏は「比較的満足している。というより驚いている」「私たちはもう(ドイツ政府は)なにもしないと思っていたから」と述べた。

 一方で、犠牲者の弁護団はドイツ政府の決定に驚きと不快感を示した。弁護士を介さない犠牲者との直接交渉は奇妙であり、今回の賠償金ははした金に過ぎないと強調した。

 ゲオルグ・クライン少佐は事件後の2013年に准将に昇進した[35]

 これらのドイツの判断は、最終的には元ブラックウォーター社員に裁きを下した米国連邦裁判所よりも人道的見地からは劣った判断だったと言えよう。

第四項 法的手続き

 ドイツの検察は事件を捜査したものの、2010年4月20日に捜査の終了を宣言し、クライン少佐に対していかなる訴追も行わなかった。ゲオルグ・クライン少佐と彼の指揮下にあった兵士たちは事件当時にあった情報に基づけば合理的な攻撃で、後になって市民がいたことが分かったとしても、違法にはならないとして、ドイツ刑法にも、国際法にも違反しないと決定し、不起訴とした[36]

 裁判所が起訴を否定した後も、クライン少佐が市民の存在を知っていたはずだとして、起訴を行う手続きが続けられているが、2011年の起訴は失敗に終わっている[37]

 また、二人の子供を失った父親の4万ユーロの請求と、6人兄弟の未亡人の母が5万ドルの請求を行ったが、それらについてもドイツの最高裁判所は認めなかった[38]

第五項 教訓と評価

 クンドゥース事件は今後の自衛隊の海外活動に大きな示唆を含んだ事件であった。クライン少佐が事件当時に持ち得た情報を前提とすると、彼の決定には情状酌量の余地はある。一方で通常の軍事行動を行っていれば当然知りえる情報を入手できなかった不作為の罪があるはずだ。「知らなかった。自衛のためだった」というだけで、多くの犠牲者を出した攻撃を無罪とすることはできない。

 日本の自衛隊が今後の海外での国際貢献、平和維持活動等の活動においてドイツ軍のように守勢に回り、情報を外部に依存しなくてはならなくなることは明白である。今回のクンドゥース事件におけるドイツ政府の対処について、アフガニスタン政府は強い不満を示していた一方で、遺族は比較的納得する結果となったものの、このような遺族の寛大な姿勢はむしろ稀なケースであると考えなくてはならない。

 日本国憲法はドイツ以上の平和主義を要請している。ドイツ軍法が重過失の不作為を無罪としても、日本が軍法を策定する上では、このような重過失の不作為の罪を認めるべきである。ドイツ以上の軍法制度を設けることが、本稿が目指す軍法モデルのゴールの一つとしたい。

第三章 
主要国の軍法


 本章では、主要国や欧州の国々の軍法を調査、比較し国際的な軍法、軍事裁判所のありかたを検討することを通して、今後の日本の軍法、軍事裁判所草案を議論する上での枠組みとしたい。

第一節 主要国の軍法と軍事裁判所制度

第一項 アメリカ

 アメリカの軍刑法は軍事犯罪と一般犯罪の両方が規定されており、軍事に適用される犯罪全てを軍刑法として網羅している。州によって法律が違うためで、一律に適用するため一般刑法も網羅している[39]

 また、米軍人、予備役、退役軍人、士官候補生、捕虜に対しは軍事裁判所が裁判を行い、軍属については一般司法裁判所で裁判が行われる。

 軍法会議には三種類あり、

1)高等軍法会議

 少将、師団長以上が招集し、対象者はすべての者のすべての犯罪を審理する。

 死刑、拘禁、罰則除隊、罰金、降任判決を下すことができる。

2)特別軍法会議

 大佐、旅団長以上が招集し、対象者はすべての者の重罪でない犯罪を審理する。拘禁、罰金、降任判決を下すことができる。

3)簡易軍法会議

 中佐、大隊長以上が招集し、下士官の重罪でない犯罪を審理する。

 拘禁、謹慎、罰金、降任判決を下すことができる。

 それぞれ判士として大佐、中佐、州の弁護士資格を有する法務官、陪審員として将校があてられる。検察、弁護士共に法務官であり、弁護士は民間人でもよい。審判は陪審員の三分の二以上で行われる。

 また、裁判に参加した者は、秘密と分類された情報については権限のないものについては情報を公開してはならず、退役しても当該情報が秘密指定から解除されるまでは保護される。

 アメリカ軍では国際人道法に違反した場合は、通常の軍刑法のように裁かれ、また、国際法は軍刑法と同様に教育される。

[39]奥平穣治(2011年),p124

第二項 イギリス

 イギリスには陸軍法、海軍規律法、空軍法があり、軍事犯罪を主に規定し、一般犯罪は別個に刑法犯として告訴し、一般司法裁判所の裁判管轄となる。

 軍事裁判所もあるが、常設ではなく、特別に必要のある場合において設置される。軍事裁判所は軍刑法違反事件と刑事事件を対象としている。

 三種類の軍法会議があり、

1)高等軍法会議

 五名以上の将校と法務官が裁判官となる。被告人が将校である事件はこの高等軍法会議によって裁判が行われる。法務官は大法官によって任命される法曹資格を有した公務員で、軍隊の指揮命令系統からは独立している[40]

2)地区軍法会議

 下士官以下の兵士が被告人の場合はここで裁判が行われる。三名以上の将校と法務官が裁判官となる。海軍には地区軍法会議は設置されない。

3)戦地軍法会議

 戦時で国外の裁判を行う。招集者は陸軍と空軍の場合は裁判局、海軍の場合は軍法会議運営事務局である。

 有罪の評決は軍務局長直属の上級将校で構成される「審査機関(Reviewing Authority)」が審査する。

 イギリス軍における国際人道法違反は、次のように対処される。国際人道法の内、ジュネーヴ条約などイギリス法で成文化しているものについては、通常のイギリス法として対処される。それ以外の法文化されていない国際法上の義務は軍規則に取り入れられており、さらに、その例外にあたる殺害、強姦、暴行などは通常の刑法犯罪として告発される。

[40]奥平穣治(2011年),p124

第三項 フランス

 フランス軍刑法は全ての人民への法の平等適用と軍隊の統制を要する強力な法との二つの傾向があり、現代ではフランスにおいては1999年以来パリ軍事裁判所(Tribunal aux armées de Paris)が海外における軍隊の法律違反を裁く唯一の法廷である。国内の兵士の軍法違反は37の一般裁判所にその都度設置される。上告すると、上級審の市民法廷であるパリ控訴裁判所(Cour d'appel de Paris)において裁判が行われる。ただし、戦時においては特別裁判所が設置できる。ただし、それも現在までにアルジェリア危機において二度だけ特別軍法会議が設置されたにとどまる[41]

 兵士は通常の刑法と軍刑法に従う義務があり、通常の罪とは別に、不服従の罪、反逆罪などの特別な犯罪が規定されている。

 裁判は軍機保持のために公開されないことがある。

 軍事裁判所においてなされる特別な処分としては除隊と降格のみである。

 国際人道法への不服従は通常の刑法と懲戒規則によって処罰される。ただし、フランス一般刑法は戦争犯罪を認めておらず、通常の犯罪と同じように裁かれる。フランスは戦争犯罪マニュアルというハンドブックを兵士に配布し、戦争犯罪についての教育を行っている[42]

[41]Jörg Gerkrath(2003年),p324

[42]Jörg Gerkrath(2003年),p326

 以上のアメリカ、イギリス、フランス、そして前章で議論したドイツの軍法、軍事裁判所制度についての議論を通して、この四か国の中でもその制度は多様であり、またそれぞれの国の特徴を反映させていることが分かった。(表1参照)

表1 主要国の軍事司法制度の比較
イギリス ドイツ アメリカ フランス
実体法 陸軍法、
海軍規律法、
空軍法
防衛刑法 統一軍事法典 軍事司法法典
組織 上告 軍法会議控訴裁判所 連邦通常裁判所 軍事控訴裁判所 パリ控訴際裁判所
下級審 高等軍法会議(被告人が将校である場合は必須)
地区軍法会議(陸・空軍)(禁固二年以下の刑)
戦地軍法会議(国外)
連邦通常裁判所 軍事控訴裁判所 パリ控訴際裁判所
招集者 裁判局(陸・空軍)
軍法会議運営事務所(海軍)
高等:師団長以上
特別:旅団長以上
簡易:大隊長以上
刑罰の権限 レベルに応じて制限 レベルに応じて制限
対象 レベルに応じて制限 レベルに応じて制限
審査機関 あり あり
関係者 裁判官 法務官、将校 専任裁判官は
裁判官資格必要
法務官、大佐・中佐
陪審員:将兵
検察官 法務官 法務
弁護人 法務官 法務官、
民間弁護士も可
審理方法 多数決
(法務官除く。)
陪審員の2/3以上

(出典)奥平穣治『防衛司法制度検討の現代的意義-日本の将来の方向性―』に基づき作成した。

  以上のことから、軍法、軍事裁判所制度において国際標準と言えるだけの平均的な制度は存在しないと考えられる。それぞれの国の国情に合った軍法がつくられている。このように国ごとに異なる軍法、軍事裁判所制度に鑑み、前章で提案したように、重大な人権侵害であって重過失の不作為での処罰を導入することは、国際的に必ずしも一般的ではないとしても、日本の国情、要請からして導入することは可能であると考える。

第二節 欧州各国の軍事裁判所の特徴[43]

 次に、ヨーロッパ各国の軍事裁判所の特徴を見てみたい。

 先述したドイツ、1919年に軍事裁判所を廃止したデンマーク、オランダには特別な軍事裁判所は存在せず、通常の裁判所で裁判を行う。ただし、オランダについては軍刑法裁判を行う場合、常に一人の軍人が判士となる。

 先述したように、フランスと、イギリス、そしてベルギー、ルクセンブルク、ポーランド、スペインには特別に軍事裁判所が存在している。このうち、フランスとポーランドの軍事裁判所は常設であるのに対し、イギリスではその都度、一時的に設けられる。ベルギーとルクセンブルクは両方を採用している。ベルギー、ルクセンブルク、イギリスが軍刑法の他、通常の犯罪も裁くことができるのに対して、フランス、スペインは軍刑法違反のみの判決となる。

[43]Georg Nolte,HeikeKrieger(2003年),p160-162

第四章 日本の軍法の可能性


 いままでの議論で軍法の成り立ち、ありかた、本質、また諸外国の軍法、軍事裁判所制度、ドイツやアメリカの失敗を検討してきた。

 本章では、最終的にこれらの教訓、反省を活かして、日本の国情に合わせつつも、国内の常識にのみ捕らわれないものとしたい。そしてドイツ軍法による人道擁護以上の軍法、軍事裁判所制度のモデルを提案したい。本稿では全ての条文の検討や、思想の背景に迫る余裕はないが、新制度の青写真を提案したい。

第一節 日本で導入するべき軍事裁判所制度

第一項 軍事的価値観を重視した軍事裁判所の設置

 第一章で指摘したように、軍法会議、軍事裁判所は、軍事上は速やかかつ簡潔に行われる必要があり、特に人権侵害が国外で行われた場合には国内から捜査や裁判のための人員を送ることは困難である。そのため軍事上の要請を考慮した場合、国外における軍法会議については、①自衛隊員に高度な法知識と裁判の運用を行なえるだけの教育を行うこと、あるいは法曹資格を有した法務官の拡充をおこなうこと[44]、あるいは②軍事裁判を行なえる法曹資格者を従軍させる必要がある。

 また、先述の通り本稿では軍法の導入を憲法改正しないことを前提として議論している。日本国憲法76条第2項には「特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は終審として裁判を行ふことができない。」とあり、現在の司法システムから独立した軍事裁判所や軍法会議の設置は不可能である。このため、前述の①の自衛官のみで裁判を開き、裁判を行うことは不可能である。そこで、現行憲法下における制約下で軍法を導入する術を考えたい。

 坂本祐信[45]によると、憲法76条の趣旨は、特別裁判所を認めると、法の適用にばらつきが生じ、裁判における法適用の不平等を招きかねないことを防ぐことにあり、また特別裁判所では、第一章で触れたように、裁判手続きが簡略化されることがあり、国益主義のために裁判を受ける権利が形骸化する危険性がある。そして、特別裁判所の設置で、法解釈に不一致が生じ、法の秩序ある解釈運用が妨げられる恐れがあると指摘されている。 ここで、特別裁判所は一般的に司法権を行う通常裁判所の組織系列に属さない裁判所を指しており、単に特別の管轄を持つ裁判所という意味ではない。したがって家庭裁判所などは特別裁判所ではないと解される。また、終審でなければ行政機関も裁判が行えると考えられている。

 坂本祐信[46]によると次の条件下においてであれば特別裁判所ではない軍事裁判所が設置可能になるという。

  1. 文民武官問わず、全ての国民に対して平等原則(憲法14条)が担保されている。
  2. 公平な裁判を受ける権利(憲法32条)が阻害されてはならないこと。
  3. 司法権の統一的行使を通じて法の秩序ある解釈運用を図るという趣旨が尊守されるべきこと。

の三点である。

 以上三点を満たした裁判所であれば、特別裁判所として違憲にはならないと指摘されている。

 伝統的、軍事的価値を重視した上で現代日本に軍法、軍事裁判所制度を導入する場合はこの方策を取りたい。

[44]堤淳一(2005年),p4

[45]坂本祐信(2016年),p3,5

[46]坂本祐信(2016年),p3,5

第二項 民主主義的要請を重視した軍事裁判所

 第一項では軍事的価値観を重視した議論を行った。しかし、現行憲法の平和主義は軍隊の保有を認めておらず、少なくとも名目的には自衛隊は軍隊ではないとされている。そこで一般的、伝統的な軍隊が要求する軍法を日本がそもそも踏襲する必要があるのかという疑問が出てくる。

 「制服を着た市民」が理念のドイツ軍では、基本法が軍事裁判所の設置を可能にしているにもかかわらず、通常の裁判で審理を行っている。

 自衛隊がそもそも軍隊ではないことに鑑みれば、ドイツのように特別な裁判所ではなく通常の裁判所で軍法の執行ができるはずだ。その場合、海外における軍事的犯罪容疑の場合、通常の警察が捜査を行うことは困難であるし、捜査のための専門の人員が必要になる。また、軍事機密の保護のために公開を極力避ける必要もあるので完全に通常の裁判とはなりえないことは注意しなくてはならない。

 このような理想的な新制度の設計を行う上で、しかし、重要な点を見落としてはならない。名目上は違っても、やはり実体としては軍隊である自衛隊は、その本質は他国の軍隊と大きく違わないということだ。軍法会議が手続きを簡易化し、速やかな判決、執行に拘っていたのも、第一章で説明したように[47]軍隊の統率、士気の維持に支障をきたす虞があるためだ。士気や指揮命令系統が崩壊した軍隊がどのような市民にとりどのような脅威になるか歴史が重要な教訓を示している。やはり、第一章の歴史でもふれたように、軍法の規律する人道擁護は、軍隊の統制の平面上にあることであって、軍隊の統制を蔑にして理想を追求することには危険があることを指摘する。

 新しい軍事裁判所制度が結果として、人権侵害を誘発、あるいはその遠因となることはあってはならないのだ。そのため、民主主義的軍事裁判所は理念としては良いが、現実的には最善の案とは言えないことが分かった。

[47]「軍隊や軍人の違法行為の処断は迅速にする必要があるからである。裁判に長期間を要すると軍律保持の目的が損なわれることとなる。証拠と被疑者、証人の確保のため作戦行動に支障を来す可能性があるとともに、違法行為の処断が速やかにされないと、軍人の士気が喪失し、適切な指揮命令関係が保てなくなる恐れがある。」本稿第一章第二節第一項より

第三項 折衷案

 伝統的軍事裁判所、民主主義的軍事裁判所の両者にメリット、デメリットがあった。第三項では、両者の特徴を参考に折衷案を考えてみたい。

 まず、自衛隊が名目的には軍隊でないことから全面的に伝統的軍事裁判所の現実的な体制に譲歩する必要はない。現実として士気、指揮命令系統を重度に侵害しない程度に民主主義的軍事裁判所が設置可能と考える。

 この場合、「伝統的軍事裁判所に文民の声を入れる」というよりも、「民主主義的軍事裁判所に自衛官の声を入れる」という形にしたい。

 一例としては数名の裁判官の合議制で裁判が行われ、その内少数、多くとも3分の1以下が自衛隊員で、少なくとも一人は下級士官[48]を入れたい。

 このように、文民多数、武官少数の合議制を行うことによって両者のメリットを取りいれ、デメリットを打ち消すことができると考える。この場合、第一項で指摘したように、武官、自衛官は少なくとも上級将校については法曹資格を有している必要がある。より詳細は第三節のまとめと新軍法、軍事裁判所制度のモデルで提案したい。

[48]通常声を上げる機会の少ない下級士官の意見を裁判や法律に導入する機会となる。

第二節 超えるべきハードル

 いままでの議論から、日本における軍法の導入の道筋が見えてきた。

 では、軍法を実際に導入するにあたっての手続き上の問題や政治的なハードルはどうか。この節では、軍法を制定するまでに考えられるハードルと、その対処法について議論する。

第一項 憲法問題

 本稿の前提は、憲法を改正しないで軍法を制定することであった。前節で議論したように、いくつかの制約を設けることで、現実的に軍法を導入することが可能だと考える。

 導入後には、より実務的、非理念的な議論になるが、日本において憲法裁判所は設置されていないため、軍法制度が違憲とされる機会は、制度の導入後となり、重大な不合理な内容、あるいは不合理な運用がなされないかぎり違憲とはならないと考える。そのため、本稿の軍法モデルは慎重を期して設計したいと考える。

第二項 政治上の問題

 軍法の再導入は、自衛隊が軍隊であることを暗に認めることになると考える市民がいても不思議ではない。憲法護持(特に9条)の層から激しい批判が上がると予測される。ただし、本稿において軍法を導入する目的は、再軍備や憲法9条の平和主義に挑戦するためではなく、人道上自明な要請に基づくものであり、軍隊の保持や戦争の肯定という批判は当たらないと考える。また、自衛隊の海外派遣や自衛隊の存在そのものの肯定にあたるといった批判もあるかもしれないが、本稿では自衛隊の存在の是非については議論しない。

 また、軍法という名称が市民感情として受け入れがたいのであれば、国際協力における自衛隊刑法といった名称にするであるとか、自衛隊法に軍刑法を導入することで解決できる。ただし、第一章で論じたように、旧軍法との違いについては強調し、市民の理解を得る必要がある。

第三項 外交上の問題

 自国の安全保障、防衛力を高めようとすることが周辺国の警戒を強め、彼らの防衛力向上の欲求を増加させ、逆に相対的な安全保障環境の悪化に繋がりうる。軍法の制定は安全保障のジレンマを引き起こしうるのか。

 軍法はそれ自体が自国の安全保障を向上させるための政策でもなく、なんら他国に対する安全保障上の脅威とはなりえず、また、人道上の観点からも軍法制定に非難の声は上げづらいと考えられる。

 軍法の名称や内容、その運用によっては隣国との関係にさざ波をたてる恐れはある。そうした懸念を踏まえ、軍法を導入したからと言って「日本が再軍備をするわけではない」と関係国への事前の説明や、協力の要請は十分に行うべきである。

第四項 軍事裁判所、軍法会議の法務官の問題について

 前節で提起したように、法曹資格を有した自衛官育成のための適切な設備の導入が必要である。フランスやアメリカのように軍法、国際人道法の知識の教育だけでなく、軍事裁判所に出席することとなった自衛官については、上級将校の場合は法曹資格を有している必要があり、下士官の場合は、裁判の前に、裁判を行う上で必要な法的、裁判手続きに関する知識のレクチャーを行う必要がある。

 次に、自衛隊の海外派遣において、法務官を従軍させる場合、法務官の身体の安全の保障が必要となる。想定される危険な事例は、国際協力やPKO等において激しい戦闘に巻きまれるという、外的な危険。もう一つは裁判において自衛隊の身内同士のかばいのために法務官が脅迫、暴行される恐れがあるという内的な危険が考え得る。そのため法務官には外交官特権並みの身体の安全の保障が行われるべきである。ただし、現地において法務官を守るのは自衛隊であるという矛盾がある。自衛隊による身体の安全の保障に対する内的な危険がある場合は直ちに他国のPKO部隊に避難することができるような準備が必要である。

第三節 まとめと新軍法、軍事裁判所制度のモデル

 これまでの議論を踏まえ、本節では今後日本が導入するべき軍法と軍刑法の総合的な提案をおこなう。

第一項 現行自衛隊法と新軍刑法の統合

 本稿では従来の服務義務等を規定した自衛隊法に新たに軍刑法を統合し、新軍法[49]としたい。

 現行自衛隊法の内、本稿の趣旨と直接の関わり合いのない「第五章 隊員」以外の部位については、本稿では改正の是非について議論は控える。別途改正の必要性があるならば、別稿にて議論したい。本稿では新たに「第五章 隊員」の一部改正と軍刑法の導入を提案するが、本稿では軍刑法についてのみ議論したい。新軍刑法は「第五章 隊員」が懲戒などを定めているため、新章として設ける。また、軍事裁判所の導入と新しい刑法の導入により、「軍地域裁判所法」と「軍高等裁判所法」、そして「臨時軍法会議法」を制定する必要がある[50]。これらの新裁判所設置法などの詳細な議論については本稿では控えたい。

 ただし、軍隊の統制、すなわち敵前逃亡の禁止や指揮系統の維持については本稿の論旨とは外れるため、この議論については別の機会に論じたい。

[49]名称は「自衛隊法」を存続させてもよいが、本稿では軍法を用いる。

[50]坂本祐信(2016年),p5

第二項 新軍刑法の特徴

 軍刑法の戦争犯罪規定については、陸上自衛隊、海上自衛隊、海上自衛隊すべてが共通する。新軍刑法では、第一章で触れたように、ハーグ陸戦条約、ジュネーヴ条約を日本でも実質的に適用されるように、可能な範囲でそれらの条約の国内法化を目指したい。現状では文化財の破壊や捕虜の移動等を制限しているにとどまり、可能な限り国際人道法全体を直接的に日本の軍法に導入したい。また、本稿ではPKOや国連的措置においてであるか、あるいは集団的自衛権の行使による米国との一体的な作戦であるかを問わずに、あらゆる紛争、戦争において軍刑法を適用できるものとしたい。

 さらに、第三項で論じるように、新軍刑法では従来の刑法も一部取り入れられている。一般刑法の罰則の一部を改めた形で導入したい。アメリカの場合は、州ごとに適用される法律が異なるという背景があったが、本稿で従来の刑法とは別個に刑法を設ける理由としては、それぞれ刑法には罰則が規定されており、新軍法体制が要求する罰則未満の場合、適切に処罰が行われないからである。現在の刑法が規定しているものと重複する場合であっても、新たに罰則を設けた法律を策定したい。通常刑法と競合した場合、任務中であれば新軍刑法をもって処罰される。

 さらに、第二章で言及したように、重大な人権侵害であって任務中の重過失の者であれば故意でなくても、処罰が与えられるものとする。

第三項 刑罰の類型

 では新軍刑法はどのような刑罰を規定するべきか。アメリカの場合は死刑、自由刑、罰則除隊、罰金、降任、謹慎等があった。日本においては、どういった刑罰を設けるべきか。軍刑法が刑法である以上、特に刑罰として扱うのが死刑、自由刑、罰金であり、罰則除隊、降任、謹慎については懲戒処分であり従来の自衛隊法の懲戒規定をおおむね踏襲したい。本項は刑罰について議論する。

 事実上の軍隊である自衛隊に対する軍刑法である以上、任務中の犯罪の場合、通常の刑法犯罪や市民の犯罪以上の刑罰が科されるべきである。そのため、諸刑罰をそれぞれ、どの様な際に適用されるかを議論したい。

1)死刑[51]

 死刑は人道上認められないという議論がある。しかし、日本は現行、死刑制度を存続しており、特に厳しく隊員を統制するべき軍法の最高刑が死刑でないことは、現法体系と矛盾しかねないため、本稿では死刑の存否の是非について議論せず、原状に鑑みて死刑を採用する。

 ではどのような犯罪に対して死刑が宣告されるのか。現在、日本において死刑になりうる罪として、内乱罪(刑法77条1項)外患誘致罪(刑法81条)、外患援助罪(刑法82条)、現住建造物等放火罪(刑法108条)、激発物破裂罪(刑法117条)、現住建造物等浸害罪(刑法119条)、汽車転覆等致死罪(刑法126条3項)、水道毒物等混入致死罪(刑法146条)、殺人罪(刑法199条)などが挙げられる。

 これらを参考に死刑となりうる犯罪の数例を検討したい。

 内乱罪、外患誘致罪、外患援助罪など防衛組織としてあるまじき罪については一律に死刑とし、さらに自衛隊員としての名誉を剥奪する処罰とする。

 次に、現住建築物等放火罪は死刑となる要因として、人がいることが明らかな建築物に放火をすること、そして実際に人が亡くなった場合に死刑になるとされている。新軍刑法では自衛隊員が、国の内外を問わず、任務中に、当該犯罪を行った場合、犠牲者がなくても厳罰とし、重過失の場合、故意の場合、命令によっての場合はその指示を行った者は最高で死刑となる。命令によって現住建築物を放火した者は除隊及び懲役刑に処する。

 爆発物破裂罪は内部に人がいることが明らかである建物や乗り物の中で、爆弾やボイラーなどを爆発させ、死亡者が発生した場合には死刑になるとされている。自衛隊員は爆発物のプロフェッショナルであるため、建物の内部に人がいることが一見わからなくても十分に調べれば発見可能な場合に、爆発させ、死亡者を発生させた場合には、爆発させた隊員は最高で死刑となる。

 水道毒物等混入致死罪では、水道水に毒物や健康を害する異物を混入し、その水を使った結果、死亡者が発生した場合、最高で死刑となる。ジュネーヴ条約では害敵行為の禁止として民間に甚大な被害がでる作戦は、たとえ軍事目標であっても攻撃が禁じられており、自衛隊員については、任務上そのような非人道的な作戦を立案し、作戦を採択した者らは最高で死刑とする。

 次に任務中の殺人における処罰を検討する。自衛隊は今後ますます過酷な海外での任務が増えることが見込まれる。そのような中で、自衛隊員が殺し、殺される蓋然性が高まっている。自衛隊員が、任務中、ジュネーヴ条約において交戦主体とされる相手に対し、緊急性が高く、必要最低限かつ不必要な苦痛を与えない手段で、殺害した場合について、本稿では正当な任務の行使と評価して処罰の対象とはしない。一方で、いずれかの条件に一つでも反する場合は、それぞれに処罰を検討する必要がある。

 まず、任務外の場合は現地国の司法で裁かれるべきである。次に非交戦主体に対する殺人は厳しく処罰される必要がある。また、たとえ敵であっても、緊急性が低い場合、捕虜の場合などに対する殺害はより厳しい処断となる。必要以上の攻撃や大きな苦痛を与えて殺害する場合も厳罰となる。これらの内、三つ、もしくは悪質な場合二つの条件に反していた場合は例え命令であっても最高で死刑となる。

 ただし、後述する、閉鎖的で軍事的要請度の高い裁判になりうる臨時軍法会議では死刑判決は行えないものとする。

2)自由刑

 自由刑の場合、現行刑罰に過失の程度や悪質性に鑑み、刑期を賦課する方式をとりたい。例えば通常で無期懲役刑となる場合は、終身刑をとし、刑期中の勤勉さ等に鑑みて刑期を減少させるなどの措置を取る。

 自衛隊員を拘留する施設としては次の三案が考えられる。

  1. 通常の刑務所 自衛隊員も市民であることに鑑みて、他の市民と刑務所の差別を行うべきでないという立場。ただし、自衛隊員が民間人と比して一般的には体力等で大きな差があること、通常の刑務所の更生プログラムが自衛隊員に対して適切であるかなど疑問が残る。
  2. 自衛隊管轄の更生施設 自衛隊員に対して最適な更生プログラムが行えると考える。ただし、同じ自衛隊の身内であることから、通常の刑務所よりも厚い待遇を受けられる可能性があり、そうした場合、通常市民が刑務所に入るよりも明らかにアンバランスであり、この立場をとる場合は文民の監視の目が入る必要がある。
  3. 特別刑務所 自衛隊員が犯した犯罪によっては、通常の刑務所や自衛隊管轄の更生施設では適切でない場合が考えられる。大量殺戮を計画、実行し、そのうち死刑とならなかった者など、極めて異例なケースでは特別な更生施設が必要となると考える。

3)罰金

 自衛隊員は公務員である。よって、任務中に生じた損害に対する弁償は国家が保障する。この原則は本稿でも踏襲し、新しく罰金刑を設けることはしない。ただし、過失の事故で起きた損害に、自衛隊員個人や部隊の善意と謝罪のお見舞いとしての金品の支払いを妨げるものではない。

第四項 軍事裁判所

 本稿が提案する軍事裁判所を議論する上で、まず第一章で論じた軍事裁判所に起こりえる問題を防止するためには、どのような対策を取ればよいかを検討する。

  1. 身内同士のかばいあいや組織防衛が露骨に行われうること。
  2. 下士官や兵士などの下級者に厳罰を下し、高級将校は不問となることが多い。
  3. 事件のもみ消しや、甘い処罰が可能であること。
  4. 軍人が上層部や軍法会議に圧力をかける下剋上が起こりうること。

 これらの事例についてはすでに論じたように、軍法会議が閉鎖的であること、速やかに処断することを重視していること、被告の人権を軽視していること、そのために通常の軍令の延長線として軍法会議を行っていることが背景にあった。軍事裁判所は特別裁判所ではなく、全ての自衛隊員に公正な裁判を受ける権利を担保することが必要である。

 本章第一節で議論したように、次の二点に則って軍事裁判所が設立されるべきである。

 第一に、軍事裁判所の判決においても文民統制の理念を守り、隊員を軍法で裁く以上、自衛隊だけの常識や都合によってのみで判決が左右されてはいけないのであるから、自衛官たちのみでは判決の全ての決定権を持てないようにすること、あるいは全く自衛官の影響を裁判に反映させない事によって軍事裁判所の閉鎖性や軍益優先の判決を避ける事。これは先に提案したように、多数の文民判士と少数の武官判士という制度を用いたい。

 第二に、第一とは対照的に、軍法と軍事裁判所の意義に鑑みて、完全に外部による、公開された裁判で判決を行うことも、自衛隊の任務に支障をきたし、機密の保持ができない虞がある。これらを考慮したうえで、裁判自体には一般には非公開とし、判事、弁護人、検察官などには特別に秘密を漏えいしない義務を課す。ただし、軍事機密とは関係ない判決の他の部分については判決後公開されるものとする。また、こうした機密の解除指定等の制度も別途必要となるだろうが、本稿では論じない。機密か否かを区別するのは、自衛隊員でない公務員の文民多数名(特別の秘密保護義務が課せられる)と現職自衛隊員少数名によって行われるものとする。

 また、判決を行う判士は、自衛隊員二名、文民法務官五名によって行われる。法務官は最高裁判所の任命によって決定、公務員の弁護士資格を持つ者とする。また、自衛隊が軍隊ではないことに鑑みて、高級将校を一人、下士官一人、法務官を五人として法務官の人数の方が多いとすることで、民主主義的価値観を重視する軍事裁判所としたい。ただし、この人数については特別な根拠はなく、今後の議論で変更も可能だ。

 自衛隊員はこれらの文民法務官に対しいかなる身体の安全を保障し、脅迫、賄賂、強制等が一切行えないようにする必要がある。

 また、本稿の直接的な議論とは外れるが、自衛隊間の閉鎖的な環境によって行われるいじめや不法行為を救済、異議申し立ての機関として、軍事裁判所は常設されるべきであると考える[52]

 すべての国民の平等な裁判を実現する理念から、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊の区別を付けずに裁判を行う。

 以上の議論を踏まえ、次の三類型の軍事裁判所の設置を提案する。

[52]三浦耕喜(2010年),第一章

1)地域軍事裁判所

 国内の自衛隊のそれぞれの管区と、日本が地位協定を結んでいるジブチに設置する。軍刑法のみについて管轄する。自衛隊が長期間存在することが見込まれるため常設的に設置される。通常の軍刑法の他、隊員の訴えにより、自衛隊内の不法行為の調査も行える。ジブチの場合、少なくとも三名の文民法務官が待機し、必要に応じて日本から法務官が派遣される。これは、裁判の判決に在ジブチの法務官として培っている現地の常識、風習、慣習などと、日本から派遣される法務官の日本の常識、価値観を共に取り入れることを目的とする。地域軍事裁判所で判決できる刑は死刑、自由刑である。

2)臨時軍法会議

 国連PKOなど、自衛隊がいることが一時的である場所に、事件や隊員の招集によって設置される臨時的な軍事裁判所である。軍刑法および懲戒処分について管轄する。他の地域より、軍事的要請が強いため、事態の緊急度によっては臨時軍法会議においては自衛隊員と従軍している、あるいは日本本国から派遣された法務官と同数でも裁判が行えるとする。ただし、緊急度を判断するのは政府、あるいは従軍する法務官の判断によるものとする。また、特に現地市民感情に配慮して、速やかに捜査、起訴が行われるべきである。臨時軍法会議は一方で自衛隊の行政組織色が強くなりうるため、懲戒処分を同時に判決できるものとする。臨時軍法会議で判決できる刑は自由刑、罰則除隊、降任である。他の類型の軍事裁判所に比べ、民主的な裁判とはなりにくいことから、この臨時軍法会議によって行われる、いかなる罪状、判決であっても被告には高等軍事裁判所に上訴する権利が認められる。

3)高等軍事裁判所

 地域軍事裁判所と臨時軍法会議での上告を受けて設置される。軍刑法と、任務中の通常の犯罪について管轄する。高等軍事裁判所の所在地は東京とする。終審とはならない。判士の構成は通常の裁判官5名と、上級将校一名、そして下士官一名の合議制で行うものとする。高等軍事裁判所は、死刑、自由刑の判決が行える。

 先述したように、これらの三類型の軍事裁判所、軍法会議は終審とはならず、終審は日本の最高裁判所である。

 以上をもって、本稿における新軍法制度の提案としたい。

終章 結論


 ここからは、これまでの議論を踏まえて、最終的なまとめとしたい。

 軍法とは、民間人に対する刑罰よりも重い処罰をもって、軍隊を統制するための法律である。そして速やかな処分や機密の保持などの軍隊特有の事情から、通常の公開裁判は行われず、軍法を処断する特別な軍事裁判所、軍法会議が設置される。

 歴史を紐解くと、戦場の人権擁護が戦闘や征服において重要な要素となっていたが、第二次世界大戦までは、人権擁護の役割は軍法の中ではわき役であった。また、現代の自衛隊法が、海外派遣に際して、国際法が求める水準を満たしていないことも指摘した。このような状態での海外派兵が最悪のケースではどのように危険な状態、人道軽視の状態となるかがブラックウォーター社の事件で証明された。

 そうした中、軍法はあるものの適切に処罰を下せないドイツの実態を見た。憲法が要求する平和主義の水準は日本の方が高い。日本はこのようなドイツの失敗に鑑み、より人道的に高い水準の軍法を制定する必要が明らかになった。

 最終的に主要国や、欧州諸国の軍法、軍事裁判所制度を見て、軍法の提案を行った。

 提案した軍法は、国際人道法をより忠実に実行し、またドイツの失敗を反省し、重過失の人権侵害も裁くことができるようになった。

 軍事裁判所については、三つに類型を用意し、様々な事態に対処できる裁判所とした。

 これらの提案は憲法上、政治上無理のないものであり、日本の軍法の可能性が現実にありえるものであることが証明できたと思う。

 最後に、本稿の意義と反省を述べたい。

 まず、本稿の問題提起について。世論の自衛隊の海外派兵の是非の議論に隠れてあまり見えてこなかった、戦場の人権擁護という視点を主軸に議論できたことは意義深かったように思う。自衛隊の海外派兵の現実を受け入れて、その上で軍法という形で戦場の人権擁護を行うことは、良いか悪いか、ゼロか百かではない、最悪よりは比較的マシになるように国家は泥臭く全力で頑張る必要があるという、現実的な視点で本稿を書いたつもりである。また、現行憲法を変更することなく軍法を導入できる方策が見つかったことも本稿の中でも意義深いものになったと思う。

 また、クンドゥース事件という日本ではほとんど認知されていないドイツの不祥事について深く議論することができた。本稿では終始クライン少佐に否定的な立場をとってきたが、日本の自衛隊も同様な境遇に陥る可能性が十分にあることを考えると、対岸の火事で済ませるわけにはいかないであろう。

 一方で課題も残った。ブラックウォーターの血の日曜日事件や、ドイツのクンドゥース事件のように裁かれないことに注目して議論を進めたが、一方で犠牲者や遺族に対する賠償金や弔慰金として補償は行われている。本稿は個人の責任に帰する自衛隊員の処罰に焦点を当てていたため、犠牲者や遺族への直接的な補償についての議論を行うことができなかった。自衛隊全体、日本国全体の責任として新たに保障制度を考えるべきであり、この議論ついては民法として盛り込むのかなど、様々な論点が考えられるが、本稿では議論を深める断念せざるを得ず、今後の研究を待ちたいと思う。

 第一章では日本の歴史について扱ったが、欧州や東洋の軍法史についても触れていれば、より議論を補強することができたはずだ。

 第四章においては、軍刑法については十分な議論ができたと考えているが、「自衛隊法第五章」の改定、懲戒処分の検討を議論しておきたかったと考えている。

 また、本稿とは別の議論になってしまうが、本稿の議論と同時に考えるべきものとして、刑事罰が一般刑法よりも重くなることを考慮して、軍刑法に違反することなく任務を遂行した者に対しての名誉懸賞や栄典制度を導入する必要が指摘されている[53]。こうした自衛隊員の負担増に比例する懸賞制度についても一考の議論がなされるべきであると考えている。

 最後になるが、本稿が提案した軍法、軍事裁判所体系の導入が実現したとしても、法律自体は事後の対処を適切に行うことを可能にしても、それ自身によって自衛隊が不祥事や事件を起こすことを防ぐことができるわけではない。我々市民は、自衛隊員たちも我々と同じく市民であり、権利を共有すべき主体であることを常に心にし、自衛隊の活動を時に支え、時に批判し、そして常に監視する必要がある。隊員の技術的なミスはやむをえないにしても、精神的要因による不調やミスを防ぐことは、間接的であっても我々市民にもできるはずだ。自衛隊の海外での活動の是非は脇に置くとしても、海外での活動があるという現実の中で、いかに悲劇を起こさせないか、あるは起きてもそれをより悲惨なものにしないかは我々市民にも寄与できる点である。

 そして、どのようにしてこの軍法制定に向けての政治的な機運を高めていくのか。それは私を含め、本稿を読んでいる読者にかかっている。

 勝利のための軍法ではなく、人道のための軍法という今日的に必要性の高いテーマについて議論することができたことは私自身にとっても非常に意義深いものとなった。解明できた点は必ずしも多くはないが、本稿が戦場の人権意識と自衛隊の統制という問題意識を提起することに若干なりとも寄与することができるならば幸いである。

[53] 坂本祐信(2016年),p5

参考文献

  • 奥平穣治.「防衛司法制度検討の現代的意義―日本の将来の方向性―」(防衛研究所紀要、2011年)
  • 堤淳一.『「軍事裁判所」と法曹の関与』(防衛法研究、2005年)
  • 坂本祐信.「現行憲法下で軍事裁判所制度の導入は本当に不可能なのか」http://www.mclaw.jp/column/tsutsumi/column009.html(最終閲覧日2017年1月5日)
  • 現代法制資料編纂会「戦時・軍事法令集」(現代法制資料編纂会1984年)
  • ジェレミー・スケイヒル著 益岡賢・塩山花子訳「BLACK WATER ブラックウォーター 世界最強の用兵企業」(作品社、2014年)
  • 尋木真也「国際人道法における敵対行為の規制」https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/45541/3/Honbun-6954.pdf(最終閲覧日2017年1月6日)
  • 三浦耕喜「兵士を守るー自衛隊にオンブズマンを」(作品社、2010年)
  • Wセミナー「外務専門職 基本マスター国際法」(TAC株式会社、2014年)
  • 伊勢崎賢治『テロリストは日本の「何」を見ているのかー無限テロリズムと日本人』(幻冬舎親書、2016年)
  • 金子常規「兵器と戦術の日本史」(中公文庫、2014年)
  • 鷹橋忍「戦国武将の合戦術」(夢文庫、2016年)
  • 柳原正治、森川幸一、兼原敦子、江藤純一、児矢野マリ、甲幸丰、高田映、深町朋子、間宮勇、宮野洋一「プラクティス国際法広義」(信山社、2010年)
  • 岩本誠吾「海外駐留の自衛隊に関する地位協定覚書―刑事裁判管轄権を中心に―」(京都産業大学法学会、43巻03/04号、2010年)
  • 冨澤一弘・佐藤雄太「大友氏の制札の研究」(高崎経済大学論集 55(4), 1-14, 2013)
  • 冨澤一弘・佐藤雄太「織田氏の制札の研究―信長発給文書を中心に―」(高崎経済大学論集 54(1), 15-27, 2011)
  • 〈英語文献〉Georg Nolte騙.「European Military Law Systems」(2003年)

参考、引用インターネット記事、サイト献

ご賛同とコメントは下記より
お送り下さい

ご賛同  問い合わせ  その他