北朝鮮は脅威なのか、どう対応すべきか

5.20 シンポジウム

北朝鮮は脅威なのか、どう対応すべきか

2016.5.20(金)17:00〜19:45

参議院議員会館 101会議室 会費1,000円(資料代)

主催/自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会(略称:自衛隊を活かす会)

北朝鮮は脅威なのか、どう対応すべきか

司会/松竹伸幸/自衛隊を活かす会事務局長 自衛隊を活かす会のシンポジウムを開会致します。私は自衛隊を活かす会の事務局をしております松竹と申します。本日はよろしくお願い致します。

 自衛隊を活かす会は、「新安保法制の発動事例の検証」をテーマに、昨年末にはシンポジウム「南シナ海──。警戒監視のための自衛隊派遣をどう見るか」を開催し、今年1月には札幌で「南スーダン──。駆けつけ警護で自衛隊はどう変わるのか」を開催。2月には仙台で協力企画「憲法9条のもとで自衛隊の在り方を考える」を開催してまいりました。今日は北朝鮮の問題を取り上げて、「北朝鮮は脅威なのか、どう対応すべきか」をテーマにして報告と討論をしていきたいと思います。

 まず、蓮池透さんに拉致問題を巡ってお話をして頂きます。渡邊隆さんには弾道ミサイル防衛と邦人救出問題について、そして自衛隊を活かす会の柳澤から北朝鮮にどう対応すべきかについて包括的なお話をさせて頂くということになっております。それでは蓮池透さん、よろしくお願い致します。


蓮池透 拉致被害者家族会元事務局長

安倍政権に拉致問題の解決を期待できるのか
蓮池 透

拉致被害者家族会元事務局長

 ご紹介頂きました蓮池透と申します。よろしくお願い致します。自衛隊を活かす会の活動にはいつも敬意を表している次第です。今日は自衛隊とは少し外れた話になりますが、拉致問題についてお話しさせて頂きます。

 昨年、安保法制が成立した時に、自民党の議員が「これでやっと自衛隊が北朝鮮へ拉致被害者を助けに行ける」とおっしゃっていたそうですが、そういう方が少なからずいらっしゃったことに私は驚いたんです。本当に自衛隊が邦人救出に行けるのかどうかについては、この後、渡邊先生からお話頂けるかと思います。

 拉致問題について、小泉元総理が訪朝(2002年9月17日)してから14年目になろうとしております。丸13年が経ったということです。全般的に言えるのは、日本政府は安倍政権も含めて時間の概念が本当に無いということを強く感じています。小泉訪朝から13年、事件発生から40年近くが経とうとしておりますが、一向に事態は進展していません。これは一般の企業の経営者であれば、とっくにその座を去るという事態ではないかと思います。

 とにかく拉致問題に関するビジョンが無いということが一番の問題であって、そこにはやはり目標を立てて戦略を練って、マイルストーンを置いて、PDCAサイクル(plan-do-check-act cycle)を回していくというやり方──これは企業のやり方にも通じるところがあると思うのですが──、それが全くなくて、場当たり的な対応しかできていないということです。企業の経営者であるならば完全に失格だと考えております。

 それだけの時間が経っておりますので、世論の関心もだんだん低下してきています。世代交代も進み、30歳代前半の方々は既にこの問題を知らないという状況に至っています。

 これをどう打開していくのかということですが、第1次安倍政権の時、私も安倍首相には期待しておりましたけれども、1年でお辞めになったということで、私ははっきり申し上げてあの時点で見限ったわけです。思いもしない第2次政権の返り咲きがあって拉致問題に取り組まれていますが、私は全く信用しておりません。なぜかと言えば、13年前とやっていることが全く変わらないからです。学習効果がないと言っていいと思います。

 昨年、私は本(「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」)を出して、拉致問題を政治利用しているということを書きました。本のタイトルを過激にしてしまったのですが、非常に残念なことですけれども、現実に本のタイトル通りになってきているような感じがしています。

 2014年にストックホルム合意というものがありました。これは北朝鮮が拉致被害者の──その他の方々も含めて──、再調査をする、日本側は経済制裁の一部を解除するという合意でした。その合意が履行されるということになった時、安倍さんは大々的に表に出てこられましたが、それ以降、表に出てくることは全く無くなってしまいました。例えば北朝鮮側の報告の期限が遅れるとか、報告の日付がいつなのかといったような時には全く表に出てこない。そういう状況が続いておりまして、本当にこのまま行ってしまったら拉致問題というのは、もうお先真っ暗ということになってしまうんじゃないかと思います。

 核実験が今年1月にまた行われまして、その後さらに弾道ミサイルが飛んだということで、これは今回が初めてではなく、核・ミサイルがあって、制裁があって、そして拉致問題が停滞するという、この繰り返しで13年間が過ぎてしまったということがあると思います。

 ストックホルム合意に関して申し上げますと、あの合意は対象が拉致被害者だけではなく特定失踪者と言われる人や日本人妻、日本人の遺骨の問題、残留邦人の方々、そういった問題を総括的に解決するという合意だったのですが、拉致については何を持って解決すればいいのかという、お互いに定義が明確ではなかったと思います。ゴールが一致していない、コンセンサスが得られていないというところで、私は本当の意味での合意ではなかったと考えています。

 そもそも、集団的自衛権の行使を標榜していた安倍首相が、北朝鮮と対話をしようというのは安倍さんの政治信条に反する矛盾した行動だと私は思いますし、安倍さんは再調査というのは茶番だということもおっしゃっていました。あえて茶番を繰り返すということでしたのであまり期待をしていなかったのですが、結局、北朝鮮側からは何も報告が出てこないというか、一部では出てきたんだけれども日本政府が蹴飛ばしたという話もありますが、そういう状況が継続してきたわけです。

 それで先ほどの核とミサイルということで、経済制裁だという話になりました。驚いたのはストックホルム合意で解除していた一部の制裁を復活させるという話がありまして、国連の安保理で協議がなされている段階で日本、韓国、アメリカが突出して経済制裁をかけました。私はこれでは完全に北朝鮮側は反発して、対話の扉を閉じるだろうと思いました。日本政府は「反発はするだろうが扉は閉じないだろう、我が国も閉じていない」と楽観視していましたが、案の定、北朝鮮は再調査は中止、調査委員会の解体という行動に出ました。

 これからどうするかということですが、私は当時、今月上旬に開催された朝鮮労働党大会に注目していましたので、党大会後に拉致問題でパイプを繋げていけるように少しでも交渉の余地を残しておくべきではないのかと思っていたのです。

 しかし、日本が突出して解除していた制裁を復活させ、更に強化するというようなことをやったがために、北朝鮮側は当然とも言えるような反応を示したわけです。それにもかかわらず、日本政府は「我々は対話の扉を閉じていない」と理解不能なことを言っています。

 もし、拉致問題のことを考えて──ストックホルム合意は有効だと日本政府は言っているわけですから──、一部解除した制裁をそのままにしておいて、その後に出た安保理決議に則って国際社会と足並みを揃えて制裁をする、日本の独自制裁は一部解除のまま保留しておくという選択肢もあったのではないかと考えると非常に残念です。

 日本の独自制裁というのは、北朝鮮側に直接影響を与えるようなものではありません。どちらかと言うと在日コリアンの方々に影響を与える、朝鮮総連もそうですが、国内向けに影響を与えるようなものです。安保理決議を見ますと、例えばジェット燃料の供給を制限するなど非常に理に適ったものですので、私は日本の独自経済制裁はどういう性格で、どういう意味があるのか疑問を持っています。非常に残念な状況で、もう少しやり方があったのではないか、これからどうするんだという気持ちでいます。本当に先が見えない。

 安倍さんは「私の在任中に拉致問題を解決する」と言いますが、在任中とはいつまでなんでしょうか。2年後か、或いは再選して東京オリンピックまでやるのかということを考えますと、もうその頃には多分、家族はもちろん被害者もひょっとしたら生きてはいないのではないかという心配をしているこの頃です。

 私は安倍さんのやり方を批判して、鬱憤ばらしをするつもりで本を書いたわけではありません。もちろん、拉致問題で一番悪いのは北朝鮮ですが、日本側にも間違った政策がなかったどうか検証してみるべきではないかという意味で──10何年も経っているわけですから──、問題提起や注意喚起をして、警鐘を鳴らすという意味で書いたのですが、タイトルが故にマスコミには無視されて、なかなかうまくいかない状態が続いていました。

 今年初めの国会で旧民主党の議員が私の本の内容を取り上げて、「安倍さんは拉致問題を政治利用しているのではないか」と問うたわけですが、安倍さんは「嘘をついていたら議員バッチを外す」とまでおっしゃっいました。更に中山恭子参議院議員は私のことを北朝鮮の工作員呼ばわりまでしました。

 免責特権があるとはいえ、参議院議員が一介の市民を名指しで北朝鮮の工作員呼ばわりするのはいかがなものかと私は思いまして、自分の意見とは違う者は排除するというやり方に非常に窮屈な思いをしております。「完全に名誉毀損、人権侵害だから訴えろ」と言う方もたくさんおられたのですが、もう面倒臭いのでやっていないというのが実情です。

 私は、安倍さんが「拉致被害者が一時帰国した時に必死に引き止めた」とおっしゃっているのは全くの嘘だと書いたんです。安倍さんは「そんなことはない。私は止めた」とおっしゃるんですが、その後いろいろ出てきました。朝日新聞が当時の福田官房長官にインタビューした記事に安倍さんとのやりとりがあって、その中で5人を返さないという決定をしたのは5人の意志に基づくものですが、その意志を確認した日が、私が弟から「北朝鮮に戻らない」と聞いた日時と完全にずれているということがあります。

 それから、ある札幌市議のブログでは安倍さんを囲む会の中で安倍さんから聞いた話として、安倍さんは地村保志さんに一度北朝鮮に帰るように勧めたということがネットにアップされ話題になっています。そもそも私が嘘を書く必要は全くないので、その辺は非常に残念です。

 それ以降、安倍さんは拉致問題については全く発言されていません。確かにいろいろな問題があるのかもしれませんが、拉致問題は最優先課題であるとおっしゃって、青いバッチを常につけておられるわけですから、政治利用して総理大臣になって、それも2度もなったわけですから、少しは恩返ししてくれないかなと考えています。

 安倍さんが今までやったことですが、国会で旧民主党議員から追及された時に安倍さんは「あなたは何年やっているんだ。私は昔からやっているんだ」とおっしゃいましたけれども、それも嘘なんです。家族会が出来たのは1997年です。小泉総理が訪朝したのが2002年です。その5年間、安倍さんは全く顔を出していないんです。2002年に小泉元総理に同行して以降、安倍さんが表に出てきたということです。

 安倍さんがやったことは経済制裁と、拉致問題担当大臣及び事務局、いわゆる拉致問題対策本部の設置の2つだけです。経済制裁に効果があったのかと言うと、2006年の発動以来、もう10年経ちますが、その効果は全く無いと言っていいと思います。

 経済制裁というやり方は一つの方策と考えましたけれども、やはりやるのであれば本当に被害者の救出に繋がるような戦略的なやり方が必要なわけです。

 しかし、全く戦略的ではありませんでした。そもそも核とミサイルで経済制裁を発動して、その後で拉致問題もあるからということで拉致問題の後付けをやったからです。それが戦略的かというと私は全く戦略的ではないと思います。

 安倍さんは「あらゆる手段を尽くす」とおっしゃいます。これは日本政府の常套句ですが、その点について今年3月にアントニオ猪木参議院議員が安倍首相に質問をしたんです。アントニオ猪木さんは40回近く訪朝して、北朝鮮のナンバー2と言われている金永南(キム・ヨンナム)氏と面識があるということで、「私の持っているスポーツ外交というルートを活用する気はあるか」という質問をしたのです。安倍総理は「二元外交はダメだ」と一蹴しました。「あらゆる手段ということで、経済制裁以外に何かやっていますか」という質問に対しては、「経済制裁はリビアやイラン等で非常に功を奏している」と矛先を変えたような答弁で終わってしまいました。 最後に猪木さんが加藤勝信拉致問題担当大臣に「今度一緒に平壌に行きませんか」と誘ったら、加藤さんは「今はその時期ではございません」という答弁をされました。

 あらゆる手段を尽くすと言いながら、ほとんど経済制裁だけに頼っていて、経済制裁をやっていれば北朝鮮は苦しんで日本に助けを求めてきて、拉致被害者を出してくれるんじゃないかというような幻想に囚われたまま、もう14年が経ってしまったというのが現実であると私は考えています。

 私は北朝鮮の労働党大会に非常に注目をしていました。2002年に小泉さんが訪朝して国交正常化を目指そうということで平壌宣言を締結したということは、北朝鮮側も日本の方を向いていたということが言えると思います。日本を交渉相手として十分利益がある、合法的にお金を取れるのは日本からだけだというような考え方が金正日総書記の頭の中にはあったと思います。

 30数年ぶりに開かれた今度の労働党大会で、もし金正恩委員長が「もう日本は相手にしない」と言ってしまったら、本当に拉致問題は取りつく島がなくなってしまうということを心配していたんですが、そういう発言はなかったものの、外交面に力を入れている布陣にしたことは見受けられますが、日本と積極的にやっていこうという感じではなかったように思います。やはり眼中にあるのはアメリカで、日本は過去の問題について謝れ、南北統一の邪魔をするなというような程度の話しか聞こえてきませんでした。残念だったのが、金正恩氏の口から「日朝平壌宣言」という言葉が出てこなかったことです。それだけ日本との交渉や外交を積極的にやるという姿が見えない中で、日本政府はどのように北朝鮮とやりあっていくのか、非常に心配を抱いているところです。「日本側の扉は開いている」というような言い方は、北朝鮮だけではなく中国や韓国に対してもずっと言い続けてきた言葉ですので、それで果たしていいのかということを私は考えています。

 北朝鮮の党大会では「核の先制攻撃はしない」「非核化を目指す」ということを言っていましたが、日本のメディアは「核保有は断じて認められない」というようなことを報道していました。今まで北朝鮮は「先制攻撃も辞さない」と言っていたのですが、「先制攻撃はしない」と言ったのは、今までとはちょっと違うんじゃないのかなと感じたのです。

 アメリカは「核を放棄しなければ対話に応じない」と言っているし、北朝鮮側は対話に応じさせるために核実験を繰り返しているというすれ違いですので──今、アメリカは大統領選ですが──、米朝はもう少し接近して今の休戦状態から平和協定へとシフトしていくような努力が必要なんじゃないか。いつまでも北朝鮮を門前払いしていていいのかという気がしてならないんです。

 私は仮にこれから日朝間が交渉を再開した場合には、過去の問題とセットでやるしかないと考えています。つまり過去の清算ということですが、それによって北朝鮮側に見返りがあるということで乗ってくるという、そういう考え方です。

 見返りに対してはアメリカから小泉政権時代以上の干渉があると私は思っていますので、アメリカからの干渉を蹴飛ばしてまで日朝間の交渉を進めることが出来るのかを考えると今のような安倍政権が対米従属の姿勢を見せている以上、それは叶わないなと感じて残念です。やはり「北の脅威」と言いますが、私は北の脅威を煽って──拉致問題も脅威の一つです──、そういうツールにされているような気がします。

 最近、安倍さんは核・ミサイルと拉致問題を包括的に解決するとおっしゃっていますが、今までの六者協議の結果を見ればわかるとおり、セットではなかなかうまくいかないと思います。日朝間固有の問題として拉致問題を早く──早くしないと皆さん死に絶えてしまいますので──、やってもらいたいと思います。

 北の核はアメリカを向いていると思うので、私は日本に対してはノドンで十分だと思います。日本海側に並んでいる原発を狙えば立派な核兵器になるわけですから。

 その問題は国会でも話題になりましたが、「そういう仮定の話にはお答えできない」という答弁でした。私は東京電力に勤めておりましたので、当時「原発にミサイルが飛ん出来たらどうするんだ」という質問がありまして、当時の通産省から答えを考えるように言われて──すぐ通産省は電力会社に投げてきますので──、いろいろと答えを考えたんですが、実際にミサイルが飛んできて命中したらアウトです。なんとかうまく乗り切る方法はないのかということで、結局出た結論は「日本は法治国家だからありえない」という答えでした。それがいろいろな質問に対する標準模範解答としてずっとまかり通ってきた現実があります。

 いろいろ申し上げてきましたが、北朝鮮の非核化は難しいと思います。来週、オバマ大統領が広島に行きますが、北朝鮮側は欺瞞だとか偽善だとか言っていましたけれども、私はその辺はちょっと一理あるのかなと思います。自ら核兵器を廃絶しようとする姿勢を見せないアメリカが核の被害地であるヒロシマを訪れて、誤りだったとか謝罪だとか無しに、プラハ演説の延長として最後の花道を飾るということでは、私はあまり意味がないように思います。そこに同行してパフォーマンスをする安倍首相の姿を見たくはありません。

 時間がなくなりましたが、私はこのままだと難しいと思います。なんとか北朝鮮とパイプをつなぐような民間外交とか議員外交とか、そういうものに頼るしかないという段階に来ています。もう家族としてやれることはありません。

 後は政府がどうするかです。民間外交や議員外交を否定しているのであれば、どうするのか、本気になって欲しいと思います。金正日の料理人と言われている藤本健二さんが金正恩氏と面会して3時間も話をしたということがありましたが、そういうことが出来るのは藤本さんだけだと思います。藤本さんは総理大臣の親書を持って行って渡したいとおっしゃっていましたが、そういう道を使うのも一つの方法なのではないかと思っています。

 金正恩委員長は粛清を繰り返していますから、ボトムアップするシステムは今の北朝鮮では全く機能していないのではないかと私は考えています。自分が気に食わなければすぐに粛清してしまうようなタイプですので、小泉政権時代に対応したミスターXというような全権を担った外交官の出現はなかなか難しいと思います。そういう厳しい状況の中でどうやってこの拉致問題を解決していくのか、私は難しいと考えています。

 最後に、「私は立法府の長である」とか、「日本の最高責任者である」とか、自衛隊を「我が軍である」というようなことを安倍首相は口にされておりますが──単なる勘違いとおっしゃる方もおりますけれども──、私は確信犯的な、或いは本当にそう思っておられるのか、これは本当に独裁政権に近づいてきた、だんだん日本の世相も北朝鮮と同じように窮屈で息苦しくなってきている。そういう状態では拉致問題の解決はできないと考えています。


司会 ありがとうございました。自衛隊を活かす会も13回のシンポジウムを続けてまいりましたが、新安保法制や自衛隊をどうするのかという議論をする時には、やはり具体的にそのことを通じて解決しなければならない問題があるわけですね。我々は北朝鮮の問題や拉致問題を忘れて安保法制や自衛隊のことを議論してはならない、そういう見地で今日は蓮池さんにおいで頂いて、ご報告を頂きました。

 続きまして、渡邊隆さんより弾道ミサイルと邦人救出問題についてお話を頂きます。


渡邊隆 元陸将 東北方面総監 第1次カンボジア派遣施設大隊長

弾道ミサイル防衛について、邦人救出について
渡邊 隆

元陸将・東北方面総監

 渡邊でございます。私は元自衛官ですが、退職を致しまして、一般企業に勤める傍ら柳澤先生をはじめとする方々と安全保障のいろいろな研究にも関わっておりますし、週に1回、とある大学で安全保障を教えるようなこともやっております。

 本日、私に頂いたのが、弾道ミサイル対処と在外邦人の救出について話をしてくれということですので、私が知り得る範囲でご紹介申し上げたいと思います。

 この弾道ミサイル対処と邦人救出の問題は、どちらも我が国、国家、国民にとって喫緊の課題だと思っておりますが、他の問題と比較してあまり話題となることが少ないという気がしております。集団的自衛権や憲法の問題と比べても、国会でこの問題が大きく取り上げられて議論が噴出するということではなく、時々出てくるというようなものなのかなと思います。

 その原因の一つは、どちらも専門的な知識が必要だということもございます。一部の専門家の方は別にして、実はそれほど難しいものではありません。むしろ、この種の問題を見ていく上で必要なのは、その背景や見方、視点の問題なのかなと考えております。

 我々は普段、安全に暮らしていて平和な状態ですが、実は国際社会はそのような状態ではないということを認識する必要があります。よく言われるのが国際社会は基本的にアナーキーである、すなわち、誰かが何か悪いことをしても、それを警察のような形で取り締まる存在は国際社会には無いということを、まず大前提として考えておく必要があろうかと思います。

 パワーポイント資料を準備致しましたので、それを中心にご紹介申し上げたいと思います。

北朝鮮の核・ミサイル開発

 弾道ミサイルはいわゆるロケットです。人工衛星を打ち上げることもできます。弾道ミサイルとロケットは実はどちらも同じことです。弾道ミサイル対処というと、真っ先に北朝鮮のミサイルをどうするのかということを思い浮かべるのですが、実はそれだけではありません。

 喫緊の課題である北朝鮮の核・ミサイル開発を時系列で並べました。1993年のノドンミサイルの発射に始まり、2016年の今年まで北朝鮮は活発に動いております。写真は2009年4月5日のテポドン2の発射の写真です。

 1993年にノドンミサイルを発射した後、北朝鮮はNPT(核拡散防止条約)という条約機構から脱退することを発表しました。米朝枠組み合意がなされ、軽水炉というプルトニウムを出さない発電施設を作ることを前提に、NPTから脱退・保留を致しました。

 1998年にテポドン1が日本の上空を飛来して太平洋まで飛びました。2003年には北朝鮮はNPT、核拡散防止条約から正式に脱退を致します。以後、2005年に核保有宣言をし、核実験が2006年。2009年にはテポドン2の発射と核実験を致します。こう見ると、ミサイルの発射と核実験というのはほぼ同時期、同年に行われていることがよくわかると思います。

 2016年、人工衛星打ち上げ用と称するロケットが打ち上げられて、人工衛星が軌道に乗りました。アメリカのNASAが確認をしているので間違いはないと思います。また、核実験と称する実験が4回目になりますが行われています。これがざっと見たこの10数年の北朝鮮の動きです。

北朝鮮の主な弾道ミサイルの発射例

 1998年、2006年、2009年と図のような形でミサイルは飛んでおります。一見、日本の上空を通過するようにミサイルを発射しているように見えます。したがって、北朝鮮から日本を通過してアメリカまで行くんだと思われる方がいるかもしれませんが、実はそうではありません。東に向かってミサイルを飛ばすのは、地球が西から東に回転をしていて、回転の力を利用すると打ち上げが非常に楽になるという科学的な原因に基づくものです。2012年には北朝鮮は南に向けてミサイルを発射しています。

世界地図 北朝鮮の主な弾道ミサイルの発射例

 世界地図です。皆さんの頭にある世界はこういう世界だと思います。ミサイルは図のように飛ぶんだと思われているかもしれません。

世界地図 北朝鮮の主な弾道ミサイルの発射例

 しかし、北極から見ると世界はこのようになっています。ですから北朝鮮からアメリカに脅威を与えるようなミサイルを撃とうとすれば、アラスカやワシントン、ニューヨークには北極海経由でミサイルを撃ちますので、日本上空を通過するようなミサイルはないということです。ハワイだけが日本上空を飛ぶわけですが、非常に小さな点目標である島に向かってミサイルを撃つというのは、それなりの脅威はあるかもしれませんが、戦術的、戦略的にはいかがなものかなという感じはします。

 今回も前回も北朝鮮は南に向けてミサイルを撃ちました。北に向かっては撃てないんです。北にはロシアや中国がありますから、南に撃つわけです。南に撃ったミサイルをそのまま180度向きを変えてやれば、そっくりそのまま北に向かって撃つということが分かる、これが北朝鮮のミサイルの基本的な知識であるということをおさえておいて頂きたいと思います。

テポドン2 ムスダン テポドン1 ノドン スカッド 射程

 ノドンの射程は約1,300kmで上図の青色の枠です。北朝鮮は相当数、ノドンを持っております。蓮池さんが言われる通りノドンだけで日本全国ほとんどカバーできておりますので、ノドンこそが日本にとって最大の脅威だと言えると思います。実はテポドンが脅威なのではなく、ノドンが脅威なのです。

 一方、アメリカにとってはノドンは脅威ではありません。届かないわけですから。アメリカが脅威なのは、一番上の射程1万キロのミサイルです。北朝鮮のテポドン2は図の真ん中のピンクのライン、射程6,000kmぐらいではないかと言われています。

 ここで、我々の現状認識、脅威認識を明確にしておきたいと思います。北朝鮮が射程5,000km以上の中距離弾道ミサイルを所持していることは確実です。ミサイル開発と核開発は不離一体のものです。ミサイルに核弾頭を積めるかどうか──ミサイルにつけて飛ばさなければ本物の脅威にはなりませんから──、すなわち、北朝鮮が核ミサイルを持っているかどうかですが、ここのところは実は分かりません。それは核を小型化するという極めて高度な技術が必要だからです。核を持っていることと人工衛星を打ち上げるだけの力があること、これが国際社会における力、パワーなのです。

 日本や世界がどのように対応しているかということですが、日本の対応は──はっきり言ってあたふたしているというところかもしれませんが──、日本政府は北朝鮮のミサイルをこのように言っています。「北朝鮮の人工衛星打ち上げ用ロケットと称する事実上の長距離弾道ミサイル」──、これが日本政府の正式な言い方です。単に北朝鮮の弾道ミサイルと言っても、人工衛星打ち上げ用ロケットと言っても同じことですからいいのですが、日本政府はこのように持って回った言い方をしています。これが日本の対応をよく象徴していると思います。

 国連安保理はもっと積極的な施策を打っています。2006年7月5日に北朝鮮が行ったテポドン2など7発のミサイル発射を受けて、弾道ミサイル計画に関するすべての活動を停止しなさいという安保理決議1695が出されています。北朝鮮はこれを無視をして、更に10月に核実験を行ったものですから、安保理決議1718で、いかなる核実験または弾道ミサイルの発射もこれ以上実施しないこと、過去のことはさておいても、これ以上そういうことを行ってはいけないということを、国連安保理は決議しているのです。これに伴い、北朝鮮への贅沢品の禁輸などの制裁措置もあわせて行っています。これが現在の北朝鮮に対する国際社会の対応と言えると思います。

ミサイル防衛システム:BMD

 次に、我が国の弾道ミサイル防衛(BMD)を簡単にご説明申し上げたいと思います。

 我が国はそれまでミサイルに対抗する有効な手段を持ち得ませんでした。なんとかしなければいけないということで、平成16年に弾道ミサイル防衛(BMD:Ballistic Missile Defense)システムの整備を開始しました。平成17年には自衛隊法の所要の改正を行って、安全保障会議と閣議により、弾道ミサイル防衛用能力向上型迎撃ミサイルを日米共同で開発するということを閣議決定致します。これに基づいて今の具体的な自衛隊のいわゆるミサイル防衛システムは作り上げられております。

 システムの概要は上図のようなものです。弾道ミサイルが北朝鮮と言わず、どこかの国で撃ち上がったならば、アメリカの早期警戒衛星が探知をします。

 日本に落ちるかもしれないという状態になると、日本国内にある専門のレーダーを使ってミサイルの探知をします。ミッドコースと言いますが、ミサイルというのは成層圏を抜けて軌道に乗ります。まずその軌道に乗っている状況で、イージス艦から発射したミサイルによってこれに当てようとします。もしこれを逃れて、日本の大気圏内に再突入をした時は、航空自衛隊のPAC−3(ペトリオット)というミサイルで撃ち落とそうとします。もしそれも逃れて実際に落ちた場合は、自衛隊を使って災害派遣で被害を復元する活動をします。これが全体のミサイル防衛の仕組みです。

ガメラレーダー:J/FPS-5

 これがミサイルを探知するレーダーです。怪獣のガメラのような甲羅を乗っけているので、通称ガメラレーダーと言います。弾道ミサイルの探知と追跡を目的としたレーダーと思って下さい。これは東京近辺ではなかなかありません。

イージス艦

 これがイージス艦です。赤い丸のところからミサイルが発射されます。多くのミサイルが一列に並んでいます。発射するとこんな感じになります。日本では発射するところはほとんど見られません。これはアメリカの写真です。5発がほぼ同時にあっという間に発射されます。いくらミサイルを撃たれても、それぞれのミサイルが個々のミサイルに向かって飛んでいくというシステムになっています。非常に高額なシステムです。

PAC-3(ペトリオット)

 上の写真は航空自衛隊が持っているPAC-3(ペトリオット)で、これもミサイルです。写真の後ろにあるのが防衛省で、防衛省の敷地の中にあるグラウンドに展開をしたPAC-3です。つい最近の写真です。

J-ARART(ジェイ・アラート)

 その他にJ-ARART(ジェイ・アラート)と言いまして、皆さんの生活に直接影響するような、例えば「今から北朝鮮のミサイルが落ちるかもしれませんよ」などという放送が日本全国で一斉に流れるようなシステムを総務省が作っています。J-ARARTというシステムはミサイルだけではなくて、大規模地震が起こった場合などにも自動的に作動するようになっています。

 いろいろな問題があるわけですが、自衛隊法も改正されました。自衛隊法第82条の3の1項、「防衛大臣は、弾道ミサイル等が我が国に飛来するおそれがあり、その落下による我が国領域における人命または財産に対する被害を防止するため、必要があると認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に対し、我が国に向けて現に飛来する弾道ミサイル等を我が国領域または公海の上空において破壊する措置をとるべき旨を命ずることが出来る」。ということになっています。

●自衛隊法第82条の3(弾道ミサイル等に対する破壊措置)


防衛大臣は、弾道ミサイル等(弾道ミサイルその他その落下により人命又は財産に対する重大な被害が生じると認められる物体であつて航空機以外のものをいう。以下同じ。)が我が国に飛来するおそれがあり、その落下による我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止するため必要があると認めるときは、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に対し、我が国に向けて現に飛来する弾道ミサイル等を我が国領域又は公海(海洋法に関する国際連合条約に規定する排他的経済水域を含む。)の上空において破壊する措置をとるべき旨を命ずることができる。
 防衛大臣は、第一項の場合のほか、事態が急変し同項の内閣総理大臣の承認を得るいとまがなく我が国に向けて弾道ミサイル等が飛来する緊急の場合における我が国領域における人命又は財産に対する被害を防止するため、防衛大臣が作成し、内閣総理大臣の承認を受けた緊急対処要領に従い、あらかじめ、自衛隊の部隊に対し、同項の命令をすることができる。この場合において、防衛大臣は、その命令に係る措置をとるべき期間を定めるものとする。

 これはあくまでも「破壊をしなさい」という命令です。日本では国会の承認が無ければ戦争をすることが出来ません。あくまでも防衛出動が下令されていない普通の状態で、このミサイルを落とすために、なんとか知恵を絞ってこういうことを考えたんです。これは破壊措置命令と言われています。

 ただし、ミサイルが飛んでくるまではほんの数分ですから、ミサイルが発射され、大臣の許可を頂いて、総理の承認を得て、などとやっていたらもうミサイルがどこかに落ちていることになりますので、緊急の場合における我が国の領域における被害を防止するために、あらかじめ自衛隊の部隊に対して同項の命令をすることが出来るという但し書きが付いています。先ほどのあったPAC-3(ペトリオット)の配備や日本海側にイージス艦が展開をするというのは、この命令に基づいているわけです。

 北朝鮮の弾道ミサイルは撃つ前に液体燃料を注入しなければいけません。液体燃料は非常に不安定な燃料ですので、入れてしまうともう撃つしかないんです。したがって、燃料を注入すると近々間違いなく撃つだろうということが分かります。これは偵察衛星で分かるようになりますので、そういう事態になると自衛隊法第82条の3(3)にある「あらかじめ、自衛隊の部隊に対し、同項の命令」を発して、部隊が待機体制に入ります。これが今、実際に行われているミサイル対処の実態です。

課題

  1. 技術的な実効の可能性
  2. 費用対効果
  3. 集団的自衛権
  4. 敵基地攻撃
  5. 武器輸出三原則
  6. 宇宙の平和利用
(引用)国立国会図書館 調査と情報 第643号「日本のミサイル防衛政策の現況」http://www.ndl.go.jp/jp/diet/publication/issue/0643.pdf

 課題がいくつかございます。これは国立国会図書館「調査と情報」第643号から引用したものです。

 1つ目は技術的な実行の可能性があるかどうか、飛んでくるミサイルをミサイルで撃ち落とすということがそもそも可能なのかどうかという問題です。それは不可能ではないと申し上げたいと思います。非常に技術が発達して、飛んでくるミサイルを撃ち落とす為のシステムが作られていることは事実です。日本もこの実験に参加をしております。今まで18発中、14発成功したとアメリカが言っています。ペトリオットに至っては、29発中、20発が成功した。これを命中率に致しますと78%と、68%です。裏を返せば、10発撃ったら3つぐらいは外れるということです。100発100中ではありません。それはご理解頂けるだろうと思います。だんだん精度が上がってはきているにしろ、いずれにせよ飛んでいるミサイルを撃ち落とすというのは非常に技術的に難しいということは言えるだろうと思います。

 2つ目は費用対効果です。このシステムを開発するために日本がどのくらいお金を使っているか。実は既に1兆5,800億円を使っています。日米共同で使っているこの兵器のシステム開発に日本側だけで1兆5,000億円以上のお金が使われているということです。今はTHAAD(サード)ミサイルという地上型の弾道弾迎撃ミサイルもどうかという話がありますので、この予算はどんどん大きく膨れ上がるだろうと言われています。そもそも、それだけのお金を投入してやるだけの価値があるのかどうかという、その辺の議論が今まで詳細になされているのかどうか。あまり議論にならなかったという感じがします。

 課題の3番目と4番目は、集団的自衛権と敵基地攻撃(個別的自衛権)が焦点です。また、5番目の武器輸出三原則は、日本が開発した武器は他国に輸出してはいけないというものです。当然、日米共同で開発したこのシステムが第3国に流れることは、この原則に基づかないことになるわけですが、実は内閣でこれを対象外にするということを決めています。

 6番目は宇宙の平和的利用です。宇宙の軌道上にあるミサイルを撃ち落すわけですから、日本が基本的に定めている宇宙を平和的に使うという原則から外れています。これも宇宙開発基本法という法律で、純粋な防衛的なものであれば許されるのだという法的な枠組みが最近になって出来上がっています。したがって、課題の5と6は解決をされています。

 安全保障法制の改正の中で、今問題になっていますのは、アメリカに向かっているミサイルを日本が撃ち落すことが出来るのかどうかという、まさに集団的自衛権の問題と、ミサイルをミサイルで撃ち落とすようなことをする前に、そもそも敵のミサイル基地そのものを攻撃して潰してしまえば良いのではないかという問題です。これは、敵基地攻撃と言います。実はこの問題は個別的自衛権の問題です。今回の安全保障法制の改正に基づいて、存立危機事態というものが出来上がりました。いわゆる国民の生活、安全を根底から覆すような事態があれば、それは個別的自衛権が対応するというのが政府の解釈です。これはまさにこの事態に当てはまります。

 ただ、現実問題として、敵基地に向かって行ってこれを潰すことが出来るかどうかというのは、純粋な軍事的な技術の問題です。その能力が我が国にあるかというと、我が国の防衛大臣は国会でこのように答弁しています。「誘導弾等の基地を叩くことは、法理的には自衛の範囲で可能であるが、一方で、我が国は現時点において、敵基地攻撃を目的とした装備体系は保有していない」。防衛大臣は言外に「アメリカにここの部分は期待をするんだ」という言い方で答弁をされております。

 私の意見で大変恐縮なのですが、このような全般的な背景を押さえた上で弾道ミサイルを考えていく必要がありますし、北朝鮮のミサイルが喫緊の課題であるにしても、これはかつて脅威であった昔のソ連、現在のロシア、或いは中国も同じなのだということを考える必要があります。

在外邦人救出(在外自国民保護)

 今日のもう一つのテーマは在外邦人救出という問題です。これは自衛隊が実際に訓練をしている写真です。

 さて、「在外邦人救出」という言葉は世界的には通用しません。世界的には「在外自国民保護」という言葉が普通の用語だろうと思います。アメリカはでNEO(ネオ・Non~Combatant Evacuation Operation)、戦闘員ではない者、非戦闘員を安全にエバキュエート(evacuate)避難させるという軍事オペレーションを「非戦闘員退避活動」という言い方で軍事的に区分しております。

在外邦人、海外渡航者の現状

 在外邦人の救出する上で我々が認識しなければいけないのは、昔と今ではだいぶ変わったということです。そもそも在外邦人がどのぐらいいるか、実は意外と多くおられます。129万人の方々が在外邦人として数えられています。在外邦人の定義は国外永住者+長期滞在者です。ですから、ずっと外国にいる日本人、もしくは永住を決意された方、日本国籍は持っているがその国の国籍になった人は含まれません。日本国籍を持って長期的に海外で生活をされている方が129万人おられるということです。地域的な区分は北米37%、アジア29%、西欧19%、その他という形ですが、安全ではない地域でも多数の方が生活をしておられます。これがまず第一です。

 在外邦人の129万人以外に、旅行をされている方がいます。年間1,690万人が海外旅行や出張などで短期的に海外に出られているわけです。5日以内59%、10日以内26%、2週間5%、その他という区分なのですが、5日以内、10日以内が8割を占めます。

 1,690万人と言うと日本人の13.3%、7.5人に1人が海外へ出ているということになります。1日あたりに換算すると4.63万人の方々が毎日海外へ出ているということです。これは非常に大きな数です。この数の方々を保護するといいますか、ケアをするのが外務省の在外公館と言って、トータルで207、大使館は139です。この数が多いのか少ないのかは議論のあるところだろうと思います。

 その他に企業の海外進出は6万9千拠点ありますので、多くの企業が海外に活動拠点や生産拠点を持っておられます。その半分、48%は中国にあるわけですが、日本の資本、資産、アセットが海外に多くあるのだ、というのが実態です。

在外邦人保護に該当する事例

  • 1972 ダッカ日航機ハイジャック事件
  • 1985 イラン・イラク戦争時のイラン国内邦人救出215名
  • 1996 ペルー日本大使館占拠事件
  • 2013 アルジェリア天然ガスプラント襲撃事件(32(10)名死亡)
  • 2015 イスラム国日本人殺害事件

 在外邦人保護に該当する事例は過去に幾つかございます。1972年のダッカ日航機ハイジャック事件。1985年のイラン・イラク戦争時のイラン国内邦人215名の救出。1996年のペルー日本大使館占拠事件。これは日本大使館そのものがいわゆる過激派に占拠されて、100日ぐらい人質の状態になっていたという事案です。それから記憶も新しいのですが、2013年のアルジェリアの天然ガスプラントのあるイナメナスという地域でおこった襲撃事件です。32名の方々がお亡くなりになっていますが、そのうちの3分の1、10名が日本人です。つい最近ですが、2015年にはイスラム国による日本人ジャーナリストの殺害事件がありました。在外邦人保護に該当する事例はこれほど多く起こっているということです。

政府が想定する海外での邦人救出5事例

 政府は今回の安全保障法制の改正に伴って、この5つの事態が邦人救出に該当すると定義付けました。ハイジャックであり、大使館の占拠事案であり、救出する輸送経路がバリケードなどで妨害にあった場合、集合場所にいる途中で邦人が誘拐される、暴徒に取り囲まれるなど、まさに過去に起きた事例をそっくりそのまま当てはめているということです。

 ただし、在外自国民の保護に関する国際基準はありません。そのための具体的な行動を律するような国際的な取り決めや枠組みはないということをまず押さえておいて頂きたいと思います。

在外自国民保護の法的根拠と政府見解

 在外自国民保護の法的根拠の考え方は2つあります。①在外自国民の保護はその国の自衛権に基づくものだという考え方、つまり積極的に認める考え方と、②自衛権ではないが、それをやったところで国連憲章など国際法には反しない、つまり消極的に認める考え方の2つの考え方があります。我が国がどちらに立っているかご存知でしょうか。我が国は実は②の立場に立っています。

 政府の見解は、武力行使は国際法上の当否は別として、我が国の憲法上は自衛権の行使としては許されない。自衛権の行使としては、軍隊を送り込んで邦人を救出するということは考えないというのが従来の政府答弁です。

 在外邦人への攻撃は国家への武力攻撃には該当しない。すなわち、外国の地で日本人のいる場所が攻撃されたとしても、それは国家に対する武力攻撃に該当しないと解釈するので、それに対して自衛権は発動しないというのが従前からの政府の基本的なスタンスです。

領域国の同意に基づく邦人救出

 ただ、今回の安保法制では、アルジェリアの事案を受けて政府は何とかしなければいけないと考えたのだと思います。安倍首相の発言ですが「日本人がテロリストに捕らわれても、今の法体系では自衛隊は何もできない。完全武装した自衛隊が地元の警察を呼ぶことになるので、このような事案が解決出来るのではないか」。政府の解釈というのは、自衛隊による警察権の代行とみなし、憲法9条が禁じる海外での武力行使に当たらないと政府は解釈しています。

 ただし、警察権は海外には及びません。そもそも警察権は「統治行為」です。「統治行為」は自国の領域を超えて及ぶことはありません。テロリストが海外で日本人を誘拐したり、殺害したりすれば重大な犯罪ですが、日本の警察が入って取り締まることはできないということです。ただし、事前の協定や条約があれば別です。事前の協定や条約がない中で、警察が海外に行って在外邦人を保護する、犯罪を取り締まるということは基本的にできないということをまず頭に置いておいて下さい。

外務省 たびレジ

 では、在外邦人の保護は誰が責任を持つのか、所掌するのかというと、外務省が所掌します。外務省何をやっているかというと、具体的な保護施策は何もありません。ただ1つだけ、在外邦人の安否確認も外務省の仕事なのですが、「たびレジ」というシステムをご存じないでしょうか。海外旅行に行こうとすると、外務省が「たびレジ」に登録して下さいと言います。

 実は、アルジェリアで10名の方が亡くなった時、そこにどなたがいるのが分からなかったのです。それまで外務省は3ヶ月以上の長期に滞在する旅行者は登録させていたんですが、短期の旅行者は登録させなかったのです。それはそうです。年間1,000万人以上が海外に行くのに、いちいち登録していたら大変なことになります。しかし、アルジェリアの事案以降、「たびレジ」というシステムを作って、短期であっても外務省に登録して下さい、登録がないといざとなった時に安否確認が出来ませんよ、ということになりました。外務省の仕事は安否確認なんです。在外邦人を助けることは外務省の仕事ではありません。

 在外自国民保護に関しては、世界各国も独自に行動しています。ヨーロッパはEUという共同体をつくっていますので、共同的に対処することもありますが、基本的にはそれぞれの国が独自に行動しています。なぜかというと、国際的な基準がないからです。

 アメリカなどは事前通告なしで軍を派遣します。イランのアメリカ大使館がテロ集団に占拠されて、大使館職員が多く人質になった事案がありますが、アメリカは事前通告もなく軍を差し向けました。途中で失敗をしたことで初めて世界中が知ったのですが、そういうことを軍事大国は行います。イスラエルという国は、ウガンダのエンデベという空港に軍を派遣して、ハイジャック事件を解決したことがあります。これも事前通告はありませんでした。そういうことが行われています。

自衛隊法の改正 自衛隊法第84条3項

 今回の安全保障安全法制では、自衛隊法の改正が行われています。従来、在外邦人等の輸送は自衛隊法第84条3項に記載されていました。これは輸送するだけです。しかも飛行機と船だけしか使いませんよということでした。

 今回、トラックなどの陸上輸送もやりますよ、という改正がなされて、「輸送」という言葉が「保護」という言葉に変わりました。生命または身体に危害が加えられる恐れがある邦人の保護措置を自衛隊の部隊等が実施出来るようにする、という改正がなされております。先ほどお話ししたように、所掌は外務大臣ですから、外務大臣の要望、依頼に基づいて、邦人の警護、救出その他の当該邦人の生命または身体の保護のための措置(輸送を含む)、そのようなことが法的に出来るシステムになりました。

在外邦人保護の条件 自衛隊法94条の5項

 在外邦人の保護には条件があります。
①権限ある当局、つまりその現地の国の警察などの機関が、秩序の維持に当たっていて、戦闘行為が行われていないこと
②当該国が同意をしていること、受け入れを表明していること、
③予想される危険に対して、外国の権限ある当局との間の連携及び協力が確保されると見込まれること、
 外国の権限ある当局との連携とは何かと言うと、同盟国や国連などのことを言っています。

 自衛隊法84条3項の改正に伴って、自衛隊法94条の5項の武器の使用についても新たな項目が付け加わりました。保護措置において、自衛官はその職務を行うに際し、自己若しくは当該保護措置の対象である邦人もしくはその他の保護対象者──日本人だけではなくて、そこにおられる外国人の方も当然助けます──、もしくは身体の防護またはその職務を妨害する行為の排除のため、やむを得ない場合には武器を使用することが出来るという項目が付け加わりました。

「では、自衛隊はどんどん海外に出て行って、武器を使って邦人を救出することが出来るようになりましたね」ということではないのです。いわゆる正当防衛・緊急避難以外では、相手に危害を加えてはいけないという但し書きが付いています。ですから武器は使いますが、自分が撃たれない限り相手に向かって撃ってはいけないという非常に厳しい制約が付いています。

いわゆるA・Bタイプの武器使用

 今まで我が国の武器使用は、A・Bタイプと言われていますが、自己防衛のための武器使用は認めるというスタンスでした。今回の法律改正で初めて、任務遂行のため業務を妨害をする行為を排除するためにやむを得ない場合には武器を使っても良いということを法的に決めましたので、任務遂行のために武器は使えるようになりました。ただし、※印があるように正当防衛・緊急避難以外では、相手に危害を与えてはいけません。

 私はいろんなところで話をするのですが、狙った相手を撃つよりも、わざと外して撃つ方が非常に練度が高いのです。狙って外れるのではなく、相手に当たらないようにして武器を使うことは非常に多くの訓練を要します。しかも、相手がそれで撃たれたということが分からなければ、排除できないわけですから、相手が脅威を感じる、恐怖を感じるぐらいの範囲の中で、しかも相手に直接当ててはいけない射撃、これが普通の射撃と比べて実に難しい射撃になるということはご理解頂けるはずだと思います。いずれにせよ、今回初めて我が国は、いわゆる国際標準の武器使用の概念を手にしたというになります。

在外自国民保護の課題

 問題は、具体的にこれが出来るかどうかです。安倍総理もおっしゃっていますが、法律で出来るようになったからといって、すぐにそれが出来るわけではありません。海外で人質になった方、拉致された方を実力で救いに行く行為は、非常に難しいオペレーションです。何よりも国際的な枠組みが必要です。対テロネットワークだとか、条約や地位協定というものを事前に相手の国と結んでおく必要があります。

 一番肝心なのは、どこに何人おられるのか、道路はどうなっているのか、その建物はどういう建物なのかなど、微に入り細に入り具体的な現地の情報が手に入らなければ、この作戦はなかなか実行できないということです。これを今日本は持っているでしょうか。ほとんど持っていないと思います。衛星情報はアメリカに大きく依存しています。地球全体をカバー出来るような衛星情報を持とうとすると相当な努力が必要となります。現地の細かな情報が手に入るかというとこれも非常に難しい。「法律が出来た、さあ君たちやれ」と言われて、「はい分かりました」というわけにはいかないというのが実態です。

 在外自国民保護を担任する部隊の能力や権限の検討もこれからの問題です。海上自衛隊も陸上自衛隊も特殊部隊を持っていますので、その能力はありますが、権限がありません。ここはひとつのポイントだと思います。

 輸送部隊の能力はどうでしょうか。今日本が持っている軍事用の航空機、輸送機というのは、僅か6,500kmぐらいしか行動半径がありません。例えばアルジェリアのイナメナスに行こうとすると、4泊5日ぐらいかかります。途中で燃料を補給しながら、5日後ぐらいにようやく現地に到着して、それで状況に間に合うのかという大きな問題があります。能力的には非常に制限をされているということです。

 さらに世界各国の上空を飛んでいくわけですから、そのような権限が与えられているのかも非常に大きな疑問です。法は出来たけれども、それを自衛隊に命ずるためにはまだまだ解決しなければならない問題はたくさんあるということをご理解頂きたいと思います。

 安倍総理も「法的要件を整えてもオペレーションが出来るのかという大問題もある」とおっしゃっています。一国の総理が「大問題もある」と言っているわけですから、そうなんだろうと思います。総理は「どの国もテロの脅威から逃れることはできない。関係国や組織の内部情報を収集することが死活的に重要だ。しかし、こうした国や組織は閉鎖的で内部情報の収集には相当の困難が伴う」ともおっしゃっています。その辺は安倍総理も認識をされています。

国会審議における安倍総理の発言
「法的要件を整えてのオペレーションができるのかという大問題もある」
「どの国もテロの脅威から逃れることができない。関係国や組織の内部情報を収集することが死活的に重要だ。しかし、こうした国や組織は閉鎖的で内部情報の収集には相当の困難が伴う」

シミュレーション

 したがって、やってみなければ分からないのです。しかし、ぶっつけ本番でやるわけにはいきません。だから訓練やシミュレーションをするのです。訓練はいつもシミュレーションです。実際にその行動をとった時に、どんな問題点があるのか、枠組みや行動(作戦)の問題点を明らかにすること、これを検証訓練と言います。これをやらなければ、その法律が有効なのかどうかということがなかなか分かりません。平素からの共同訓練や多国間訓練が必要になります。今、多国間訓練をやり始めたところです。これは防災訓練や避難訓練と全く同じような性格を持っています。実際やってみなければ、それがいいのかどうか、その計画が正しいのかどうか、マニュアル通りやっていいのかどうかということは分かりません。

 自衛隊がそういう訓練をやると非難されることが大変多いのですが、訓練それ自体を非難することは、最も危険で無責任な行為ではないかと私は思っています。

コブラゴールド

 アメリカが主体的に行っている多国間の訓練に、「コブラゴールド」というものがあります。これは戦争の訓練ではありません。平時におけるいろいろな活動の訓練です。

 コブラゴールド2016には、これだけの国(左上の写真)が参加するようになりました。日本は従前、アメリカとしか行動訓練が出来ませんでしたので、日本はつい最近ようやく正式なメンバーとして参加を致しました。それまではオブザーバーでした。

 実際に何をやっているかというと、上の写真は日本の自衛隊です。タイにいる日本人学校に通っている生徒さんと実際に邦人救出の訓練をします。飛行機はアメリカの輸送機ですが、それに乗り込んでいくような訓練です。

 そこにおられるいろいろな国の方々を飛行機に安全に誘導する訓練もします。こういうことを実際にようやく今やり始めたところです。これは武器を持ってはいますが、使ってはいません。例えば、この集団がテロ組織などに集団的に拉致されたり、或いは誘拐された時に、力を持ってこれを救出に行く、奪回をするというのは、まだ我が国は一度も訓練をしたことがありません。

結局、現場が責任を取る

 私が言いたいことは「結局、現場が責任を取る」ということに尽きます。法の執行段階における曖昧さが未だに法律的に残ったままです。過去に事例がないので、これを検証することは出来ません。グレーゾーンはいつまでたってもグレーのままです。一回何かが起こらないと問題点は見えてこないということです。明日にでも何か起こって、何か対処しようとした時に、実は現場が判断するしかないというのが実態です。

 ここからは個人的な意見になるのですが、武器の使用がもし自衛官個人の責任になるとするなら──政府はそのように答弁しています──、武器の使用はそれぞれの自衛官が個人で判断をするのだというのが政府答弁です。

 しかしながら、新しい法律では国外犯規定といって、自衛官が国外で犯罪を犯すと日本の法律で裁かれます。もしかすると国際刑事裁判所で(ICC)で──これは戦場などで兵士が起こした具体的な犯罪を裁くための裁判所ですが──、裁かれるかもしれません。個人の判断で武器を使っているのですから、当然、個人として裁かれます。でも、本人は命令で行っているのです。

 個人に非があるならば当然のことだとは思うのですが、問題はアメリカもロシアも国際刑事裁判所(ICC)を批准をしていないことです。いろんな国と一緒に行動した際に何か問題が起こって、結果的に日本の自衛官が捕まったら、アメリカの兵士は批准をしていませんから関係ありません。日本の自衛官だけが裁きを受けることになります。

 それは当然必要な措置だとは思いますが、ここにおける格差というか、整合されていない部分をどうやって国際的に正していくのかということも我々はしっかりと考えていく必要があると思います。


司会 ありがとうございました。深いところまでよく分かったと思います。最後に柳澤さんからお願いします。


柳澤 協二 元内閣官房副長官補、自衛会を活かす会代表呼びかけ人

北朝鮮問題に日本はどう対応すべきなのか
柳澤 協二

元内閣官房副長官補、自衛会を活かす会代表呼びかけ人

 今日は大勢ご参加頂きまして、ありがとうございます。私からは私の切り口で北朝鮮の問題を考えたいというところで申し上げます。

 その前に、今の渡邊さんのお話は私も基本的に全く同意なのですが、「訓練していることを非難することは無責任だ」というのは、それはそうなんだろうと思います。ただ、そうだとすれば、訓練してみなければ分からないようなことを法律に作ってしまうことこそ、危険で無責任だということで、今回の安保法制の本質はそこにあると思っています。

 冒頭で蓮池さんがおっしゃっていた、安保法制の法律を通した与党の議員が「これで自衛隊が北朝鮮に行って、拉致被害者を取り戻してこれるようになった」と言ったということですが、自分らが作った法律をよく読めよということです。相手国の同意が必要で、地位協定も作らなければいけないわけでしょう。そんなことが出来るくらいなら、拉致問題なんてとっくに解決しているという話なわけですね。自分達が何をやっているか分からない政治家、どんな法律を作っているかも分からない政治家が、現場で本当に何をやれるか分からないような法律を作って、それで日本が安全になったという、これは客観的には政治的なコメディーなのだけれども、それが身に降りかかってくる人間にとっては非常に大きな悲劇ということだと思います。

 昨日からメディアを賑わせているニュースで、沖縄の20歳の女の子を米軍属が殺害したという事件がありました。私がすごく違和感を持ったのは、ニュースのコメンテーターが「これでオバマさんの広島訪問による日米同盟の緊密さの演出に水を差すことになるから、政府は早くアメリカに抗議したほうがいい」と言ったことです。そういう問題じゃないだろうと。この事件は誰がやったって、大変重大なその被害者の方に対する侵害、蹂躙であり、まず行為そのものが許せないという視点がなぜか出てこないわけです。なぜそのような視点が出てこないのか。

 「日本人だって同じような犯罪をたくさんやっているじゃないか。日本人の方がもっと残虐なことをやっているじゃないか」といった意見もあるようですが、それはその通りなのですけれども、なぜこれが大きな問題になるかといえば、私は拉致問題と非常に共通したところがあって、それは普通の民間人がやったって当然犯罪になることを国家がやっているということですね。ひいてはそれは主権が侵害されているという問題でもあるということで、実は共通しているわけです。

 ところが日本では、アメリカ軍人が起こした事件の場合は主権侵害とは言わないのですね。なぜなら、条約に基づいて適法にアメリカ軍が存在しているからなんです。勿論、北朝鮮による拉致を許す状況はありえないけれども、結局、根っこにあるのは、「自分の国の国民を他国の行為からどう守るか」というところの基本が本当に出来ているのか?というところが問題なわけです。国家の行為としての自衛権発動であれ、外交交渉であれ、そこをなんとかしなければいけないというところが浮き彫りになったと思います。国家の意志で、国家によって保護される立場で外国の軍隊が存在していて、その構造的な要因に基づく犯罪が起きるということについては、「国民の人権と国の主権の問題」という認識を共通して持つ必要があると思います。北朝鮮がやったことはけしからんから人権と主権の問題で、アメリカ軍がやったことは条約があるから人権と主権の問題ではない、というような、ダブルスタンダードで見ているところが、私は人として許せない感じがするんです。

 さて、北朝鮮の問題をどうトータルに理解するかということで、今私が考えている切り口をお話ししようと思います。

 伝統的な戦争がなぜ起こるかと言えば、古代ギリシャのトゥキュディデスの時代から「利益」と「恐怖」と「名誉」という3つの要因で戦争が起こると言われています。そこは大きくは変わっていないと思うのですが、現代の世界でどういう戦争が行われているのかについては、私は別の視点で3つの種類の戦争があって、それに日本が直面していると考えています。

 1つはアメリカ、中国、ロシアといった国々が対立して直面する戦争というのは「覇権のための戦争」ということになります。まさに「利益」をどちらが余計に取るかという戦争です。

 「利益」については国際的にいろいろなことを話し合いで解決するシステムができつつあります。

 「恐怖」は「軍事的に相手の方が強いのではないか」という恐怖ですが、これはお互いに軍事力の手の内を明らかにしていくことで、誤解(miscalculation)と言いましょうか、誤算による戦争は防ぐような状況が出来つつあります。

 問題はやはり「名誉」で、相互不信がある限り、恐怖に裏打ちされた戦争が起こりうるということですが、本当に戦争をしてしまったら世界が壊れてしまうわけです。覇権を通じてより大きな利益を得たいと思っても、その根っこにある世界が壊れるわけですから、なかなかそういう戦争には踏み切れないという現状があると思います。

 2つ目に、我々になじみのある話として、国境やある地域の帰属を巡る紛争の問題があります。これはウクライナもそうですし、尖閣なんかは典型的な例です。つまりこれは「主権の戦争」になるわけです。主権の対立というのはなかなか容易に妥協点が見つからないということになります。これは経済的な利益の問題でもなければ、直接に国民の生存と言いますか、国が滅んでしまうという問題でもありません。基本的に「主権の戦争」は「名誉」の戦争なんだろうと思います。つまり、ナショナリズムの戦争ということですね。島の争いだけに限定出来るのであれば、案外もっと戦争は起こっているのかもしれませんが、「それが広がっていったらお互いに困る」というところで抑制されている部分もあります。そして政治がナショナリズムを煽ったら、余計に戦争に近づくという性格の戦争もあると思います。

 3つ目は、国際テロや冷戦後にいろいろ出てきた宗教や民族間の対立、北朝鮮をはじめとした独裁体制と独裁に対する反乱の問題です。これは「国内の戦争」ということなのですが、これは共同体としては生存をかけた戦争になります。「相手の宗派を許さない」と、相手の存在を否定するという意味で、まさに生存の戦争です。お互いに生存が否定されるかどうか、或いは独立戦争のように承認を求めるという性格もあるわけですが、そういう戦争があるということだと思います。これは結局「やるかやられるか」という世界ですから、際限のない暴力のやりとりになる戦争です。ISILを見ているとよく分かりますが、宗派対立や民族対立でジェノサイドが行われているような現実は、そういう戦争の性格からきているんだろうと思います。

 同時に、相手が国でない場合には本格的な戦争をしようにも相手がいないのです。普通の戦争は相手の国をやっつければそれで終わりですが、やっつけるべき国がないというのがこの戦争の特徴です。

 北朝鮮の場合はやっつけるべき国はあるわけですが、北朝鮮をこの戦争観の中でどう理解するかということを考えていきたいと思います。

 北朝鮮はどういう戦争をやろうとしているのか。北朝鮮がやりたいことは非常にはっきりしています。現在の金正恩の独裁体制を維持することが最大で唯一の目的です。つまり、今お話しした3つの戦争の区分に当てはめれば、自らの独裁体制を国際的に認めてくれという、ある意味で「承認の戦争」ということになるのかなと思います。

 そのような戦争では、北朝鮮の中の共同体が「北朝鮮」という名の下にどこまでまとまっているかというところが問題になるわけですから、国内を統治する金正恩体制の正当性をなんとかしなければいけないということで、北朝鮮が自らやっている戦争は、まず「国内の戦争」だということですね。

 もう1つは、アメリカや韓国、中国に──日本も含まれるかもしれませんが──、経済的に依存しないと生きていくことが出来ない北朝鮮が、依存しているアメリカや韓国、中国に対抗することを打ち出しながら、依存しているということで、こういう国々から自分達が潰されるのではないかという恐怖があると思います。対外的には自らが感じる恐怖から来る戦争が行われていて、そこで強い姿勢をとればとるほど、国内の締め付けと言いますか、国内における自分の権力のための戦争をプラスしているという、こういう関係にあるのが今の北朝鮮の状況だと思っています。

 しからば、それに対抗するアメリカは、北朝鮮とどのような戦争をするのだろうか。

 先ほどのミサイルのお話にもありましたが、北朝鮮が何をしようと、アメリカにとっての生存が脅かされることはないわけです。アメリカの主権も脅かされるわけではありません。

 では、何が脅かされるのか。この地域におけるアメリカの天下が脅かされる、アメリカの覇権が揺らぐという戦争になるわけですね。

 もう1つは、世界全体の中で核を独占しているスーパーパワーとして、その一角が勝手に崩されてしまう、そういう意味での核独占を守るための戦争ということにもなるのだろうと思います。

 仮に北朝鮮が本当にアメリカに届く核を持ったならば、アメリカにとっては生存が脅かされる戦争になるわけです。私の定義によれば、生存のための戦争というのは際限のない暴力の応酬にまで至る戦争です。核の打ち合いになって核ミサイルがアメリカから飛んでくるという戦争になってくるので、まさにそこに北朝鮮の恐怖の源があるわけですね。

 しかし、北朝鮮としては、核を持っていかなければ、アメリカに対する交渉力が生まれないということになります。イラク戦争の時、金正日がしばらく雲隠れしました。北朝鮮はイラク戦争から「サダム・フセインは本当に核を持っていなかったからやられた。やられないためには核を持つ必要がある」という教訓を導き出しているわけですね。だから、そういうところからもしても北朝鮮は核を手放すわけにはいかない。しかし、やりすぎるとアメリカから潰されるかもしれない。その恐怖が故に、やはり核が必要だというジレンマがあるわけです。

 結局、この核問題をどう解決していくかということを考えると、アメリカは覇権の戦争をやろうとしている、北朝鮮は生存のために戦争を──戦争という言葉はちょっと良くないですが──、目標にしているということですね。対立点がずれているから蓮池さんのお話にもあったように一致点、落とし所がなかなか見えないのですが、お互いの生存に脅威を与えず、アメリカの覇権にも脅威を与えない限りにおいて、何らかの落とし所を見つけるために、アメリカにしてみれば「お前のところの体制の生存は保障してあげるよ」ということを言えるかということですね。体制の生存を保障する代わりに核を放棄するか、結局「どっちが先か」という話なんです。体制の生存を保障することと核を放棄することが一発で出来ればいいが、どういう手順でやっていくか、どうやって検証するかということを考えるとなかなかうまくいかない。その背景には相互不信があって、相手の言っていることを信じて様子を見ようという話にならないから解決が見えないのだと思います。

 ただ最近、私は楽観的にというか、なんとか解決をしなければお互いのためにならないという設定で考えれば、どこかに何かが見えてくるはずだということで、最近の動きを見ております。

 北朝鮮は核実験やミサイル発射を盛んにやっていました。今、北朝鮮が力を入れているのはICBM、アメリカに届くようなミサイルですね。或いは潜水艦から発射するSSBM(潜水艦発射弾道ミサイル)のようなもの、それから中距離ミサイル、グアムに届くようなもの。つまりアメリカを意識したミサイルを開発し、核を完成、作ろうとしています。

 一方で国内的には、父親の金正日は先軍政治ということでやってきたわけですが、資源を集中して核に集中してきている。これは父親と同じですが、その究極の抑止力を自分は完成させたということを金正恩は言いたいわけですね。それを国内にアピールし、もう1つは父親よりも更に偉い祖父の金日成と同じ役職、朝鮮労働党の委員長に自分もつくわけです。こういう形で軍事的にも、ポストとしても親父越えという形で体制をなんとかしたかった。そのための核開発でもあったし、アピールでもあったと思います。

 党大会の間にもっとやってくるという観測が結構あったので、何もせずおとなしいのが意外だという感覚も、私は正直に言えばなかったわけではありません。しかし、考えてみると、金正恩体制の体制固めをし、そして体制固めをした以上、ここから先は何も事を荒立てる必要はないという判断があるのだろうと思います。核がなければ交渉できないから核を持った。そして、核があれば外交や交渉で自分達のポジションが高く売れるという計算をしていたのだと思います。

 またにっちもさっちもいかない状態になれば、またいろいろやるかもしれませんが、アメリカが許容出来るハードルも高くなっているというか、低くなっているというのか、本当に核を持ってしまったら、この先これ以上挑発をすれば当然、相手からの反撃も考えなければいけないので、北朝鮮自身にとっても難しい段階に入ってくると思います。

 党大会を終えて、これから交渉をしていきたいが、韓国では朴槿恵政権がレームダックになっている、アメリカも大統領選挙が秋に控えている状況です。あえて楽観的に予測すれば、来年の年明けに出来るアメリカの新政権が北朝鮮に対してどういう姿勢をとるかがはっきりするまで、北朝鮮はこれ以上の核実験など余計なことはしないのではないかと私は予測しています──外れるかもしれませんが──。

 北朝鮮の核は日本にとって脅威なのかどうかですが、私は一貫してアメリカ向けのカードだとおっしゃる蓮池さんと同じ意見です。

 例えば、2006年7月5日──私が官邸にいる時──、に北朝鮮はミサイルを何発か撃ちました。その日はアメリカ時間で言えば7月4日の独立記念日でした。その時はスカッドとノドン、失敗しましたがテポドン2の3つのミサイルを撃っていますので、撃った意味は何かと言えば、スカッドで在韓米軍基地を叩く、ノドンで在日米軍基地を叩く、テポドン2でグアムかハワイの米軍を叩くというデモンストレーションをやったということだと思います。

 そして2006年10月9日、小泉さんから第1次安倍政権に変わっていましたが、最初の核実験と称するものをやるわけです。ミサイルと核とセットになっている。私はこれは面白い、わかりやすいなと思ったのは、ミサイルは7月4日、アメリカ独立記念日に撃って、核は10月9日、コロンブスがアメリカ大陸を発見したアメリカ国民の祝日を狙ってやっているわけですね。非常にアメリカ向けのメッセージということがわかりやすい、父親の金正日の時はそういうやり方をしていたということです。息子の金正恩も、サンフランシスコもハワイ、グアムも、横須賀も我々のミサイルの射程内にあるということを言っています。アメリカ向けにはそういうカードがあった。

 2010年秋には韓国の延坪島(ヨンピョンド)に大砲を撃ち込んでいます。韓国向けには大砲でいいんですね。大砲を向けて「ソウルが火の海になるぞ」と言う、ソウルに届く大砲を持っているわけですから、それをカードに使っているわけですね。

 日本はどうか。日本向けにはノドンではないのです。日本向けのカードは拉致の問題だと思うんですね。

 拉致の問題をカードとして扱うようになったのが2002年9月の小泉訪朝だったわけですが、実はその後、アメリカは日本に対して、北朝鮮はウランの濃縮をやっているようという情報を国務次官補のケリー(ジェイムズ・アンドリュー・ケリー)がリークするとか、そういう形でちょっかいを出してくるわけです。

 日本側も小泉訪朝団で金正日が事実を認めて謝罪したのがすごく大きな転機になっていると思うんです。ところがアメリカは日本だけ先走られても困る。日本側にしてみれば、北朝鮮から非常に多くの方が亡くなったという回答を受けて、それはやはり国内向けにも納得できないという要素があって、そこでもっとたくさんの拉致被害者が一気に帰って来れば、状況はかなり変わっていたと思うのですが、そういう形で拉致については日本が独自に北朝鮮に働きかける状況になったわけです。

 日本の立場から見ても持っているカードは核実験に対する経済制裁ではありません。やはり、拉致の問題を通じて、ありていに言えば北朝鮮にどういう「ご褒美」を渡すことが出来るのか、相手を軍事的にやっつけて強制するのでなければ、ご褒美を与えて相手の意志を変えるしかないわけですね。

 核の方は、アメリカはどうやったって北朝鮮が核を作っていることを認める、認めたからご褒美を出すというわけにはいきません。今、日本はアメリカと同じ立場に立ってしまっているわけです。それは一般論として誤りではありませんが、しかし核とは別に拉致というイシューがあるわけで、拉致の問題をイシューとしてどう解決していくのかということを考えるという意味で、日本はカードを持っているわけですね。

 北朝鮮からの日本向けのメッセージは本当に少ないです。今度の朝鮮労働党大会でもホワイトハウスが炎上したり、韓国の大統領府が爆破されるような幼稚な動画をアップしたりしていましたが、日本の総理官邸がどうかなるような挑発的なことはやっていません。それは日本を無視しているからなのか、或いはどこかで何か話があれば、何か考えてもいいというメッセージなのか、今のところは分かりません。何れにしても、北朝鮮の体制自身が正念場に来ているということが、拉致問題を何とかするタイミングという意味でも正念場に来ていると思います。

 問題は、核開発と拉致問題をどう切り離すかということです。全てにおいて「これは主権の侵害だ、軍事の問題だ、北朝鮮の脅威だ」と言ってしまったら、もうこれは切り離せません。

 しかし、申し上げたように、核とミサイルはアメリカに対するカードで、大砲を撃つのは韓国に対するカードだと割り切れば、なんとか切り離せるのではないか。そこは知恵であり、政治の意図、意志が必要なのだろうと思います。

 最後に、「ミサイルは怖いよね」と思うのは当然のことです。渡邊さんのお話にありましたようにミサイル防衛は100%ではないんです。お金をかけても100%にはならない。相手だって撃ち落とされるような撃ち方はしてこないわけです。今年4月に韓国の国防省(国防部)が、北朝鮮がミサイルを発射してすぐに失敗したという情報を出したのですが、日本の自衛隊はすぐにはその情報を掴めていませんでした。そういう撃ち方をされた場合には、カタログ通りにミサイル防衛が出来るわけではないし、撃ってきたものを叩くというのは100%ではありません。発射基地を叩くという話にしても、アメリカですら「それは無理だ」と言っています。ミサイルを車に載せて動き回っているわけですから、どこにあるか100%補足するのはとても無理だということです。

 そうすると、「撃つなら撃ってみろ。撃ったら倍返しでアメリカがミサイルを撃ち込むぞ」という「報復による抑止」ですが、問題は報復してもらうのはいいが、既にその時点で日本にはミサイルが着弾しているということなんですね。

 だから自分達、日本国民は「何を安全保障の目標にしたいのか」ということを本当に考えなければいけません。安全保障の目標が「ミサイルが飛んでこないようにしたい」ということあれば、やり方はあるだろうと思います。

 私が北朝鮮の立場で考えて、なぜ日本にミサイルを撃ち込むかといえば、それは恐怖があるからですね。日本を無力化しなければ、日本から自分達に対する攻撃が加えられるという恐怖です。誰が攻撃するのかと言えば在日米軍です。在日米軍がひとっ飛びで北朝鮮を爆撃しに来る。だから本当に北朝鮮がアメリカと戦争をする気になれば、まず一番近い敵をやっつけますよ。中国だって同じ理屈です。だから、アメリカと一体化すれば安全になるという安保法制の基本的な思想が、ミサイル防衛に関する限り、北朝鮮に関する限り、それは多分違うということです。

 北朝鮮が日本全土を占領しに来る、或いはどこかの島を取りに来るという動機はないのです。なぜ北朝鮮が日本を攻撃するか。それは、攻撃しないと自分がやられるという恐怖が募った時に、それがありうるわけです。

 だから、トランプさんも折角、「守って欲しければ金を出せ」と言っている時に、ちょっと待てと。本当にアメリカ軍がいるからミサイルが飛んでこなくて済んでいるのか、アメリカの基地があるからミサイルが飛んでくるかもしれないのか、ということを我々も冷静に考えなければいけないと思っています。

 最終的に言えば、この北朝鮮問題で他国の生存や承認を巡る戦争に組み込まれて、乗っかっていってしまったら、こういう類の戦争は無制限な際限のない暴力の応酬ですから、どちらかが滅びるまでやるんですね。だから同じ戦争の論理で入っていってしまうのは、私は100%間違った戦略であると言わざるをえないと思っています。

 そういうことを考えれば、どこかで日本自身が進んでなんとかして、核・ミサイルと拉致をデカップリング、分離してやらないと交渉の余地はないのです。そうでないと自らで自らの手を縛るようなことになってきます。その意味で、今の方向性に凝り固まっている現政権で拉致問題の解決があるかと言えば、全くありえないと私は思っております。


司会 激しく意見が食い違って大討論になるとは思えませんので、若干の発言の後、会場の皆さん方からの質問を受け付けて、お答えするようにしたいと思います。


柳澤 ということで、司会が期待値を上げてしまったので、自衛隊を活かす会のメンバーの方からのコメントは10分以内でお願いできましたらと思います。


伊勢﨑賢治 東京外大教授 自衛隊を活かす会呼びかけ人

コメント
伊勢﨑 賢治

東京外大教授・自衛隊を活かす会呼びかけ人

 蓮池さんとは過去、拉致問題に関して対談をし、本も出ておりますから、1点だけ付け加えさせて頂きます。

 拉致問題のような袋小路に陥った人権侵害問題に関して、歴史的に国際社会には「和解」というオプションがあります。日本がやっている経済制裁は、相手が憎いから恨みを晴らすためにやる「報復」としか受け取れません。

 国際社会がやる「制裁」と、「報復」は違います。これは皆さんきちんと理解をして、共有して頂きたいのですが、国際社会がやる制裁は、まず当該国の民衆を助けるためにやります。

 そして、その当該国の政権が国際秩序に大きな影響を与える場合には、その秩序の維持のためという大義があって初めて制裁をやるわけです。決して日本人がひどい目にあったから、その恨みを晴らすために制裁しているように見せてはいけません。そうでないと世界の人権世論がついてこないのです。

 和解の話ですが、もっと深刻な人道侵害が起きた事件で、国家間で和解をした事例があります。和解というのは、その犯罪をナアナアにすることではありません。でもしかし、人道侵害をやった人間を罰するであるとか、それに対して補償をするとか、そういうことになるともう埒があかない。遺族も寿命が尽きてしまうわけですよ。だからそれを乗り越えるために、被害者、加害者の国家間でまず対話をするというケースがあるのです。

 僕が最近経験したのは、2006年のインドネシアと東ティモールの「真実と友好委員会」の発足です。補償をしろとか、悪い奴を罰しろとか、そういうことではなくて、「真実」を解明するということです。真実を解明するということまでハードルを下げて、そこでその国家間で前に進もうということです。これは東ティモールがインドネシアから独立する時に、インドネシアによって東ティモール人25万人が犠牲者になった大変な紛争があったのですが、それを乗り越えた事例です。

 もちろんこれにはリスクが伴います。罪を罰しないという風潮を作ってしまうおそれがあります。でもしかし、過去を乗り越えるために、未来のために完璧なものでないけれど、真実を解明するというところで、正義を一部妥協してコトを前に進めるという。僕はこれしか拉致問題の解決はありえないと思っています。恨みを前に立てた経済制裁というのは国際人権世論がついてきません。

 最後に追加もう1点だけ。メディアの話ですが、覚えていらっしゃいますでしょうか、2010年に韓国の哨戒艇「天安」の沈没事件がありました。韓国の哨戒艇が韓国の近海で沈んで46名の水兵が亡くなりました。あの時──後で意見が分かれるのですが──、海底から北朝鮮のものと思われる魚雷の破片が海底から見つかりました。ここで、スワっ報復だと世論が沸騰するわけです。ところが、韓国社会が粘りを見せたんです。一部の専門家達から哨戒艇の爆発の跡を見たら、どう見ても爆発物によるものではない、何かがぶつかった跡であるという意見が出されました。この原因は未だ決着に至っておりません。ある意味、意識的にうやむやにしたのです。日本の自衛隊の関係者に聞くと、キッパリと北朝鮮がやっていることになっているのですが。水兵が46名も死んでいるのにです──アメリカの原潜と衝突したという説もあるのですが。

 もし北朝鮮糾弾の世論が野放図になれば、停戦が破られて戦争状態になるということで、客観的な意見を求める世論が、好戦世論を抑えた。そして、北朝鮮の脅威を煽りに煽った当時のハンナラ党が、統一選挙で負けてしまうのです。戦争回避の世論の胆力が見事に備わっている、本当に天晴れだと思います。

 こういう「胆力」が日本に備わっているかというと…。

 僕の東京外国語大学のゼミで、この事件を各国のメディアはどう報道したかという比較研究調査をしました。面白いですよ。アメリカ、韓国、中国、日本の、それぞれの右・左、リベラルと保守のそれぞれの主要新聞のヘッドラインを定点観測したんです。この事件をどう報道したか。もちろん中国に右・左があるかどうかは疑問ですが、しかし少なくともアメリカと韓国、日本にはリベラルと保守の両方のメディアがあります。報道の仕方、ヘッドラインを比較したんですね。

 実は、4カ国の中で、最も好戦的、つまり「ゼッタイ北朝鮮に決まっている」と決めつけて「報復やむなし」という報道をしたのは、日本のメディアなのです。韓国のメディアが一番、保守も含めて冷静でした。日本の問題ではないのに日本のメディアだけが突出して舞い上がっていたんです。その日本メディアの中でもどこが一番、舞い上がっていたか。北朝鮮が犯人と決めつけて、報復やむなしと報道したかというと、朝日新聞です。産経ではありません。

 これを我々はどう考えるか。「胆力」の無さは、日本人の弱点だと思います。


加藤 朗 桜美林大学教授・自衛隊を活かす会呼びかけ人

コメント
加藤 朗

桜美林大学教授・自衛隊を活かす会呼びかけ人

 胆力というお話がありましたので、まず、邦人救出ということであれば、今日ここにいらっしゃる皆さんは、ほぼ安保法制に反対していらっしゃると思うので、そもそも邦人救出などということは皆さんの頭の中にはないだろうと思います。だから自力で帰ってきて下さいと。その胆力が必要だということです。間違っても自衛隊に救出を求めるなんていうことはやめて下さい。それだけのことです。

 それから2点目、弾道ミサイルです。おそらく北朝鮮が日本に核ミサイルを撃ってくることはないと思います。柳澤さんがおっしゃる通り、これはアメリカに対するカードですから。でも万が一、日本に対して弾道ミサイルが撃ち込まれたらどうするか。犠牲を引き受けて下さい。そんなに死にませんから。せいぜい40〜50人が犠牲になる程度です。なぜこんなことを言うかというと、湾岸戦争の時にイラクからサウジアラビアに対して大変な数のスカッドミサイルが撃ち込まれましたが、そんなに死んでいません。もっと言えば、1985年のイラン・イラク戦争の時にイラクがイランの首都のテヘランに1カ月近くにわたってスカッドミサイルを何十発も撃ち込んだことがあります。これでも全部あわせても200〜300人ぐらいしか死んでいません。

 だから皆さんは、何かあったら平和憲法のために殉ずるんだという覚悟を持てば、その胆力さえ持てば、なんということはありません。試されているのは皆さんの胆力です。本当に。憲法に殉ずることが出来るかどうかという胆力だけです。

 北朝鮮の問題に関して言うと、我々が持っているカードはありません。金正恩が日本に対してほとんど何も言っていないのは、北朝鮮にとって日本はもうパッシング(passing)なんですよ。日本は北朝鮮に影響力はありません。経済制裁は効いていないんです。

 では、これから効くものは何かと言うと、和解のために払う経済褒賞です。経済協力や韓国と同じぐらいの金額を出すぞというぐらいです。

 さて皆さんは、我々がかつて韓国に対して行ったことと同じぐらいの経済援助に耐えられるかどうかということです。これも皆さんの胆力です。おそらく数十兆円規模になると思います。それぐらい大変な額だったはずです。それに耐えられるか。

 要するに一言で言うと、憲法9条を守るということは、ひとえに我々の胆力が試されるということだろうと思います。


柳澤 ありがとうございました。まず最初のプレゼンと、今のお二人のコメントについて、蓮池さん、渡邊さんの方から何か追加なり、再コメントを頂けるのであれば手短にお話し頂いて、それから会場のご意見を伺いたいと思います。


蓮池 今、お話がありましたように、日本が北朝鮮に対して持っているカードはやはり、過去の清算──これをカードにしてはいけないという方もいらっしゃいますが──、現実を考えるとそれしかない。金正日総書記は合法的なお金が目当てだったと思っています。それをカードに使うにしても、アメリカからの干渉がいよいよ大きなものになると思いますので、そこを跳ね返す、言葉をお借りすれば胆力があるかどうかということだと思うのですが、その胆力は無いだろうなとも思います。

 私は今年、今回の北朝鮮の核・ミサイルというのは、安倍さんにとっては「渡りに船」だったのではないかと思います。というのは、拉致問題の停滞、遅延は核・ミサイルのせいだとしてその理由を正当化する隠れみのになりますし、かつ、安保法制や憲法改正、沖縄の米軍基地の存在の正当化の後ろ盾になると考えています。

 安倍さんが「在任期間中に解決する」と言っているのは、退路を絶った決断ではない、安倍さんには退路がたくさん残っていると思いますので、はっきり申し上げて期待はしておりません。本当はやらなければいけない話なのですが、それをやるようには見えていないというところです。


柳澤 先ほどは時間を睨みながらお話をされて、一番最後の結論部分をお聞きできなかった感じもありまして、今の追加のご発言でよりクリアになったと思います。渡邊さん、何か追加がございましたらお願い致します。


渡邊 特段ございません。


柳澤 それでは会場から、出来るだけご意見というよりもご質問を頂戴したいと思います。


会場からの質問① 蓮池さんに伺いたいのですが、軍事的な解決という道はないということで、今後どうやって拉致被害者を取り返していくのか、手段や目標はどのようにお考えでしょうか。

 それから、北朝鮮の戦争は恐怖の戦争であると、つまりは金正恩体制を生き残させる、いわば第2次大戦末期の日本が国体護持を掲げて陸軍将校が徹底抗戦を叫んだ時のような状態に近いのではないかと思います。そうである以上、軍事的なオプションを選べば、これはどちらかが死ぬまで戦うしかない。これは避けざるをえないわけです。そういう中で、今後、和解をしていくという提言がありまして、それには賛成なのですが、北朝鮮と和解するというのはどういうことか具体的なイメージがわかないのです。果たしてあのような独裁的な国と我々が和解出来るのでしょうか。これは皆さんに伺いたいと思います。


蓮池透 拉致被害者家族会元事務局長

蓮池 非常に難しいと思います。先ほど加藤先生が「北朝鮮はもう、日本をパッシングしている、バッシングではなくてパッシングだ」とおっしゃいましたが、そういった中で、いかにこの問題に対処していくということなのですけれども、これは渡邊先生がご説明なさったように、自衛隊がいくというのは無理です。ひょっとして自衛隊が行けたとしても、被害者の居場所といったようなインテリジェンスがあるかと言えば無いと思いますし、かつ、国を司っている人がやった犯罪ですから、当該国の了解も何も無いわけで、じゃあどうするのかということになるのですが、やはり私は対話と交渉を重ねるしか無いと思うのですね。

 そのために、まず「解決とは何か」ということをきちんと明確にしなければいけないと私は考えています。それは誰がやるかと言えば、安倍さんがきちんと「こうなれば解決なんだ」という方針を出すということです。全員帰ってくるのか、或いは安否確認が出来ればいいのか、亡くなっていると言うのであれば、信ぴょう性のある証拠があって、ちゃんと補償をしてくれるのかというところまで突っ込んでいく必要があります。拉致被害者も人間ですから、亡くなっている可能性もゼロではないわけですが、そういう情報を受け入れるのかということですよね。

 それは家族に対しては言いにくいことだと思います。そこまで判断して、そして、北朝鮮と合意した上で話し合いを進めて、日本側はカードとして過去の清算──それはもう分割で良いと思うのですが、何か出てきたらこういうことをやるという──、具体化をしていく。そこで例えばインフラ整備とか、そういうことをやった場合には、核・ミサイルに繋がるということで、必ず特にアメリカから妨害が入ると思うのですね。

 そういった支援ということで何が出来るのかを考えた場合に、農地の土壌改良での協力や、ケソンの工業団地のインフラ整備などを私も考えていたのですが、ケソンは閉鎖されてしまいました。何が出来るか本当に限られてきますので、そこは非常に難しいのではないかと思います。

 私も考えていますが、とにかく政府がきちんと戦略を練って欲しいのです。もうあんな国とは付き合わないというのだったら、これはISに対する菅官房長官の発言と同じになってしまいます。交渉する余地はないと言っていたら、これはもう未来永劫、解決しません。そこはきちんと戦略というものを練って欲しいのですね。

 例えば拉致担当大臣を作りましたが、拉致担当大臣と外務大臣との権限はどういう振り分けがなされているのか全くはっきりしていないのです。拉致担当大臣は外交をしなければいけませんが、外交をした場合に外務大臣との権限の振り分け、住み分けはどうなっているのかという問題も出てきます。まあ、拉致担当大臣はただお飾りに置いたような感じにしか私は考えていないのですが、本当に戦略を練って欲しいです。

 今、安倍さんがやっているのを見ますと、「北朝鮮はけしからん」と、先ほど伊勢﨑さんがおっしゃった報復のための経済制裁をやって、国内では何と言っているかというと、被害者が早く家族と抱き締めあえる日が来るまでと言っているんですね。どっちも感情的なんですよ。感情で政治をやってもらっては困ると私は思っていますので、もっと理性的になって、そして時には家族に対しては辛辣なことかもしれませんが、それが良いと判断したのであれば、家族会の顔色をうかがっているばかりではなくて、それを貫き通すようなところがあってもいいのではないかなと思います。

 旧民主党政権時代は北朝鮮とあまりつきあいがありませんでした。安倍政権が北朝鮮とつきあっているというのは、安倍首相だったら家族や国民を説得出来ると北朝鮮が踏んでいる節があるのではないかと私は思っています。金正恩委員長にそういうところがあるかどうかは分かりませんが、それを逆手にとるとか、とにかく戦略を練ってもらいたいですし、カードとしては過去の清算ではないのかと──セットにするなと言う方々がたくさんいらっしゃるのですが──、今は考えています。

 私は経済制裁というのは平和的解決と武力行使の中間で、極めて武力行使に近い行為だと思っています。昔、日本は武力行使をしないと言っていたのに、安保法ができてからはそうではなくなってしまいましたが、「経済制裁がダメなら武力行使だ」ということになると全く論外だと思います。

 とにかく交渉しなければ、埒があかないと思っています。そのためには、いろいろなチャンネルを使うべきだと思います。先ほども言いましたが、アントニオ猪木議員はナンバー2の金永南(キム・ヨンナム)氏と面識があるそうですし、料理人の藤本健二さんは金正恩委員長と3時間も話したと言われているのですから、そういう方に託すのも方法です。もし政府がやらないのであれば「我々家族で行きます、家族外交をやります」ぐらいのことを考えるところまで来ております。


柳澤 和解という言葉を使ったパネラーの方で、これが和解だというのがあれば一言だけ。


伊勢﨑賢治 東京外大教授・自衛会を活かす会呼びかけ人

伊勢﨑 お分かりだと思いますが、和解、和解と騒いだら、和解になりません。和解は、二進も三進も行かなくなった時の究極の選択ということ、少なくとも、そう見せない限りは、国民的な合意を取り付けられません。日朝そろって「真実の究明」に邁進するということで、両国の国民の言い訳としなければなりません。真実の究明であれば国際的な理解も十分得ることができます。「真実と和解」は、平和構築のための世界共通のフォーマットになっていますので。

 拉致による犯罪は前の政権のやったことだから、法的な制裁も補償も求めない。しかし、それと引き換えに、真実を解明するということです。

 日本は人道主義のリーダーにならなければいけません。国際人権世論を味方につけなければなりません。これには戦略が必要です。慰安婦問題への対処を含めて──日本側にどんな言い分そして正義があっても、今、日本は、国際人権世論の中で孤立しつつあります。報復としかとれない日本のやっている経済制裁が支持されることはありません。


柳澤 そういうことで考えていくと、韓国との間では慰安婦問題での不可逆的な合意なるものをやりましたよね。北朝鮮にも慰安婦になった方って多分いるのだろうなと思うのです。だから、国際社会が認める人道問題として、お互いにテーブルに乗っけていくようなやり方というのも一つの方法なのではないか。今の政権ではやらないだろうなと思うのですが、ただ国民がそういうところをどこまで共有するかということにかかっているのかなという感じは致しました。次の方いらっしゃいますか。


会場からの質問② 渡邊さんにお尋ねしたいと思います。陸上自衛隊の陸将をされていたということなのですが、ミサイル防衛について、結論的に必要だとお考えなのでしょうか。ミサイル防衛を完成させて、役に立つようなものにする必要があるとお考えなのかということです。

 先ほどのお話の中で、たくさんのノドンが日本を標的にしているとのことでしたが、その標的はおそらく米軍と自衛隊の軍事施設や基地ではないかと思うのです。それ以外のものはあまりターゲットにする価値がないのではないかと思います。そうすると、ミサイル防衛を求める必要があるのかどうか。米軍のMD体制の一翼を担って、お手伝いをするという意味はあるのでしょうが、日本の防衛や国民の社会生活において、そういう価値があるのかどうか。むしろ、弾道ミサイルを破壊する装置を日本に置くことは、ノドンの攻撃目標になるだけではないのか。こういう体制をなくすべきではないかと思うのですが、その陸将をされていてどうだったかということをお尋ねしたいと思います。


会場からの質問③ 渡邊先生のお話で、在外邦人保護に該当する事例や、政府が想定する海外での邦人救出5事例を挙げておられました。在外邦人保護に該当する事例は、いずれも個別的自衛権の根拠でしかないという理解でよろしいのでしょうか。

 もう1つは、渡邊先生の結論として、今のこの戦争法制はまだ不十分で、もっと隅々まで配慮の行き届いたものに整備する必要があるものなのかどうかということもお伺いしたいと思います。


会場からの質問④ 蓮池さんにご質問です。伊勢﨑先生は真実究明までハードルを下げて交渉をするのが良い案であろうとおっしゃられました。一つ気になるのは、北朝鮮の政権は世襲による正当性で保っています。金正日が、金正日の政権が犯した犯罪であることを、今の北朝鮮の政権が認めるでしょうか。ご家族としてどう思われますか。


柳澤 それでは蓮池さんにお答え頂いた後、渡邊さんにお願いします。


蓮池 金正日氏は一部の人間が妄動主義に走った結果、こういう拉致が生じたと言っていましたので、お父さん、お爺さんを神と崇める金正恩氏が、それを否定するわけがない、否定出来ないと考えています。

 伊勢﨑さんのおっしゃっている「責任を問わない」、金正日氏の責任を問うても仕方がない──と言いますか、もう亡くなっている方ですので──、そこはきちんと割り切るべきではないのかなと思います。そこをやってしまったらそれこそ戦争ということになってしまいかねないので、やはりそこは切り離してやるべきではないかなという気は致します。

 少しそれるかもしれないのですが、南北分断とか、核・ミサイルを北朝鮮がやるとか、拉致事件を起こすとかという、そのルーツは日本の朝鮮半島支配にあるのではないかと私は思うのですね。ですから拉致問題についても、昔は本当に小さな社会問題だったのですが、朝鮮半島との関係というものをきちんと見直す、振り返る必要があるのではないかなと考えております。


渡邊隆 元陸将 東北方面総監 第1次カンボジア派遣施設大隊長

渡邊 ご質問ありがとうございます。どちらも非常に答えづらい質問です。

 MD(ミサイルディフェンス)が本当に必要かどうかという問いに対して、もし私が制服を着た現職自衛官であれば、どのような立場であっても、絶対に必要ですとお答えをしただろうと思います。ただ、私は辞めてOBになっておりますので、本音と言いましょうか、それを言わせて頂くと、MDが必要であるかというよりも、MDが本当に具体的に実行出来るのかどうか、実行の信頼性について非常に疑問と言いますか、そこが大事なのではないかと思っております。

 ただ、MDの他に弾道ミサイルに対処する具体的な方策を我が国が持っているかと言われると、実はMD以外に何も持っていません。もし、例えば、我が国が特殊部隊を現地に送り込むことはいつでも出来るであるとか、いつでも爆撃機を飛ばして、相手の基地をすぐに叩いてしまうことが出来る能力を持っているだとか、そういういろいろなオプションの中の一つとして選ぶことが出来るのであれば、MDというのは非常にお金のかかるオプションだろうと思います。ただ、他のオプションが何も無い状況で、そのオプションしか選ぶことができないのであれば、いくら高かろうが、不確実であろうが、とりあえずそれに頼っていくというのが、今の1つのオプションなのかなと思います。

 むしろ、私は国民の前にいろいろなオプションを提示してみせることこそが、政治の役目なのではないかと思ったりもしております。お答えにならなくて大変恐縮です。

 北朝鮮のノドンが米軍基地を目標にするかというのは、おそらくその通りだと思います。その脅威を与えることが、対米交渉の窓口になるカードになるという意味では、その通りだと思いますが、別に米軍基地を目標にしなくても、例えば、東京のど真ん中であるとか、或いはこれだけ人口が密集している我が国のどこであれ、それなりのインパクトを与えることは間違いありません。ことさら、そこを強調する必要はないのではないかなと個人的には思っております。

 集団的自衛権のご質問がございました。私はこの安全保障法制が審議をされた当初から、全く同じことを考えておりました。これは現在、個別的自衛権と言われているものの延長線上で十分カバーが出来るのではないかと思っています。

 今の安全保障法制を一言で言うならば、集団的自衛権を一部限定的に容認をするという解釈なのかなと思います。個別的自衛権を拡大、延長するという考えと、集団的自衛権を限定的ではあるが、一部認めるというのは、実は立場の違いであって、実態はほぼ同じです。

 自衛官のような現場で働く者にとって、実は個別的自衛権も集団的自衛権も、自分のものとして考えた時に、実はほとんど違いはございません。それによって戦い方が変わるわけでもありません。私はそういう形でこの集団的自衛権の議論を見ておりました。

 私の立場として、今の法制は不十分なので、もっと先に進めるべきではないかと思っているわけではありません。従来、全く出来なかった分野、特にグレーゾーンのようなことに、一歩踏み出したことは個人的に大変評価をしていますが、一方で大きな問題点が現出していることも事実です。今の状況で抱えているいろいろな課題や問題点をしっかりと議論をすることが次のステップに繋がるのではないかと私は考えていまして、ことさらこれをどんどん拡大していく、不十分だからもっとやるべきだ、という立場に立ってはおりません。

 現状でもいろいろな問題点がありますので、これをしっかりと地道に議論をした上で、やれるかどうかを見極めていくこと、そのための理性的な議論、建設的な議論の方が実は大事なのではないかと個人的に思っております。


柳澤 ありがとうございました。安保法制は本当に適法に通っているかどうかと言ったって、今の政治の体制の中で、法律は出来てしまっています。法律は出来てしまっているけれども、中谷大臣も駆けつけ警護や米艦防護の任務は当面与えないと言っているわけですね。

 「憲法違反だから反対だ」という意味はもちろん分かりますが、自衛隊を活かす会の我々の発想というのは、「本当にこれをやったらどういうことになるの?」「そもそもこんな思う通りに出来るの?」というところを、自衛隊の知見を活かして、政治と国民が共有していかなければ、憲法に違反するかどうかだけ議論していてもなかなか先には進めないな、という問題意識でやっております。

 法律は出来てしまっているけれども、まだ使えていないわけです。そこに向けて国民が何を理解し、何を覚悟するか。そこが非常に大事なポイントではないかと思っております。


会場からの質問⑤ 拉致問題について、40年以上前に私がドイツにいた時にも北朝鮮による拉致が話題になっていて、スペインで若い日本人が拉致されたり、ドイツでも拉致された人が出たんですよね。当時のドイツでは、北朝鮮から出稼ぎの人がたくさん来ていたのですが、拉致の問題が出た時、ドイツ政府は拉致した人間を戻さないならば、お前らは帰れ、外国人の労働者は認めないという強硬手段に出たのですね。さすがに、北朝鮮は拉致した人を返したのですよ。当時の日本では、自分から何か誘われて、好きで北朝鮮に行ったというような新聞記事を読んだ記憶があるのです。その辺の脈絡で、日本の政府がきちんと戦略的に「返せ」という意思表示したことがあるのかどうか疑問です。


蓮池 1988年に国会で当時の梶山静六国家公安委員長が答弁していまして、その時は「返せ」という話には全くなりませんでした。24年経って、日朝平壌宣言でも「返せ」とは言いませんでした。日朝平壌宣言は日朝間で核・ミサイルまで踏み込んだということで評価しているのですが、拉致を排除してしまった。北朝鮮の言い分を鵜呑みにしたということが、今の膠着状況の元凶になっていると思います。40年前から変わっていないというのはその通りだと思います。「返せ」という強い意思表示は政府としてはありません。

 私は拉致によって被害者、被害国という政治のツールを手にした政治家がいる。ずっと加害国と言われていた日本が、被害国だと言えるツールが出来たので、そういうものは離したくない──これは少し穿った見方かもしれないですが──、そういう政治家がいるのかなという考えです。

 特に外務省は「返せ」と言うことはありません。「返せ」ではなく、早く国交正常化ということだけですね。そのためには拉致は邪魔だと考えているのではないかと私は考えています。


柳澤 私も正確には覚えていませんが、1990年に金丸訪朝団というものがありました。償いに行ったわけです。そのような政治の雰囲気だったのだと思います。 そういう視点で見ると、日韓は日韓基本条約を結んで国交を回復して、非常に大きな意味では過去の清算、戦争の清算という意味でも、北朝鮮との清算というものは確かに課題です。日本が加害者という立場がはっきりしているわけですから、償いという発想はあるわけです。

 国内に置き換えて、ドイツと日本が違うのは、日本には朝鮮総連というのか、まだ当時は韓国系よりも総連系の方が圧倒的に政治力もあった時代でした。当時のそういう政治のケミストリーからすると、北朝鮮による拉致という国家的な犯罪によって、人道問題が起きているなんていうことは、見たくない現実だったのだろうと私は思います。

 それが今はとにかく「返せ」ということになった。それが動き出したという意味では、2002年の小泉訪朝──私の昔の上司ですが──、は非常に大きな決断ではあったし、エポックメイキングでもあったと思います。ただ、その後のハンドリングについては確かにもっと検証されなければいけないということだろうと思います。

 ちょうど時間となりましたので、今日はこれで閉めさせて頂きたいと思います。蓮池さんにも渡邊さんにも御礼を申し上げます。ありがとうございました。


司会 今日はありがとうございました。自衛隊を活かす会の今後の予定ですが、暫くの間、参議院選挙もあるということもあるのですが、内部的な作業がありまして、次の大きなシンポジウムは半年後の12月24日に日比谷図書文化館で「自衛隊は尖閣を守れるのか」というテーマで朝10時から夕方5時まで、陸海空自衛官総出でやりたいと思っています。

 それまでの間にこの間のシンポジウムの成果を本やその他の形で表に出したり、ドイツにおける兵士の地位の問題なども研究した上で表に出すとか、「新日米安保論」みたいなものを打ち出すためのいろいろな内部的な議論などをしたいと思います。皆様方にお伝えすることや取り組みは引き続きホームページで公表しますので、注目をしておいて欲しいと思います。今日は本当にありがとうございました。