2017.12.25シンポジウム 北朝鮮の核・ミサイル問題にどう臨むか

シンポジウム

北朝鮮の核・ミサイル問題に
どう臨むか

2017.12.25(月)
13:45〜

参議院議員会館101会議室

主催/自衛隊を活かす:
21世紀の憲法と防衛を考える会


国民の多くはどうすれば解決の道筋をつけられるのか見いだせないことに強い不安を感じている。
政治、外交、軍事、経済の専門家が集まり、問題を徹底的に討論し、解明したい。


報告

冨澤 暉 元陸上幕僚長

冨澤 暉
元陸上幕僚長

太田 昌克 共同通信編集委員

太田 昌克
共同通信編集委員

今村 弘子 富山大学教授

今村 弘子
富山大学教授

柳澤 協二 元内閣官房副長官補

柳澤 協二
元内閣官房副長官補

討論

伊勢﨑 賢治 東京外国語大学教授

伊勢﨑 賢治
東京外国語大学教授

加藤 朗 桜美林大学教授

加藤 朗
桜美林大学教授


冨澤 暉(元陸上幕僚長)防衛の現場から北朝鮮問題を考える

太田 昌克(共同通信編集委員)北朝鮮の核問題に解決の道はあるか

今村 弘子(富山大学教授)北朝鮮経済をどう考えるか

柳澤 協二(自衛隊を活かす会代表)政治と軍事の両面から問題を捉える

報告の後、当会の伊勢﨑 賢治、
加藤 朗を加えて討論します。


2017.12.25シンポジウム 北朝鮮の核・ミサイル問題にどう臨むか

司会/松竹伸幸 自衛隊を活かす会事務局長 それでは開会したいと思います。私は本日の司会を務めます「自衛隊を活かす会」事務局長の松竹と申します。ご協力よろしくお願い致します。

 自衛隊を活かす会は3年半前の2014年6月に結成致しまして、今回が4回目の冬になりますが、その4回のうち3回はクリスマスの時期にシンポジウムを開いております。

 この年末も北朝鮮の核・ミサイル問題が大変大事な問題になっておりますけれども、それを技術的な面からではなく、より大きく政治的に問題を捉えようということで、政治、経済、外交、防衛などいろいろな方々にお声をお掛けしまして、本日の催しと相成りました。最後までよろしくお願い致します。

 4人の方々に25分ずつ、それぞれのテーマでご報告を頂いて、伊勢崎、加藤両名のコメントを受けて討議するという形で議論を進めて行きたいと思います。それではまず1番目の報告者として冨澤暉さん、よろしくお願い致します。


冨澤 暉

防衛の現場から
北朝鮮問題を考える
冨澤 暉

元陸上自衛隊幕僚長

 トップバッターを仰せつかりました冨澤と申します。本日の主題は北朝鮮の核・ミサイル問題というテーマでございますが、軍事の立場から申し上げます。

 私は今年の春まで陸上自衛隊の幹部学校で、幹部学生を相手に教育をしておりました。そこで、「現在、日本の自衛隊の正面にはいろいろな軍事的脅威があるけれども、端的に言って北朝鮮問題と、中国問題とどちらが重要ですか」と質問するんです。そうすると、なんと7割ぐらいが「中国の方が重要だ」と言うのですね。それはちょっと違うのではないか、ということで話をするのですけれども、考えてみると当たり前で、現在、陸・海・空自衛隊は防衛力整備の重点を南西諸島に置いています。南西諸島に置いているということは、主要対象は北朝鮮ではないですね。中国が南西諸島、特に尖閣列島にやってくるのではないかということを考えて、尖閣諸島でもし日本領土が取られたならばどうやって奪回するかということをいま、彼らは一生懸命に考えているわけです。北朝鮮の方は何かあるらしいけれども打つ手なしなので、自衛隊はあまりやっていませんよ、ということで関心がないのですね。今日、皆さんは北朝鮮の核・ミサイル問題について興味を持たれてこの会場に来られおられますのでその前提でお話ししますが、そういうことだということです。

 最近の軍事的脅威は特定国ではなく「核拡散とテロ・ゲリラ」です。昔は軍事というと仮想敵を決めて、あの敵が怖いから、あの敵が来たならばそれにどう対応するかということを考えたわけです。ご承知の通り、日露戦争の頃はロシアが来るのが怖いから、ロシアに対して陸海軍が一緒になってやったのですが、日露戦争の後は仮想敵が海軍と陸軍で変わりまして、陸軍は引き続きロシアだということで北を向いていたわけですが、海軍はロシアの艦隊をやっつけたわけですから、ロシアの方、大陸の方は何も心配ない、これからの敵はアメリカだということで、アメリカ海軍にどう対応するかということを考えて、防衛力を整備し、訓練をして、いざとなったらどうするかということを考えていました。一つの国の陸軍と海軍で仮想敵が異なるというのは実におかしな話ですね。昭和20年に日本はいろいろな国に対して仕掛けていた戦争に負けたわけですが、その大元は全部そこに来るわけです。ですから自分達の脅威が何であるか、自分達は一体何をしようとしているのか、そういうことを決めることが大事なんですね。それで今の自衛隊は何を考えているのか、ということなんです。

 昭和20年には私は7歳で国民学校2年生だったのですが、その頃と現在では時代が全く変わりました。現在はどの国も「この国が我が国の敵国、脅威である」ということは言いません。最近、久しぶりにトランプ大統領が悪漢国家、ローグ・ステイツという言葉を使いました。「悪漢国家は懲らしめないといけない」、「悪漢国家はアメリカの敵だ」とは言ったけれども、「アメリカの敵だからあいつをやっつけないといけない」とは言っていないのですね。「世界秩序を乱す悪漢国家だから懲らしめないといけない」ということは言っていますけれども、「アメリカが彼らに襲われるからアメリカを守るためにあいつをやろう」ということは言っていないのです。

 それから、アメリカが久しぶりに中国とロシアをリビジョニスト、修正主義国家だと言いました。修正主義国家というのは今までもいろいろなところで使われて、いろいろと意味合いが違うのですが、アメリカの政治学者のフランシス・フクヤマがソ連崩壊を以って「歴史が全て終わった」と言ったあの時代、特に核を持った5大国は一緒になって、これからは平和に暮らそうと内々に約束したはずなんですが、そのような歴史を今、変えようとしている。ロシアはソ連崩壊にも関わらず、昔のようにウクライナを攻めてみたりするので、アメリカはリビジョニスト、修正主義だと言っているわけです。

 現在の日本は特定の国家を軍事的脅威と言ったことはございません。現在、日本は日本国家安全保障戦略という、4年前の2013年に出来たばかりの国家戦略を持っているのですが、日本の軍事的脅威は北朝鮮であるとか中国であるとか、或いはフィリピンであるとか、そういうようなことは一切言っておりません。

 安全保障戦略に脅威、threatという言葉を使うことはあまりないのですが、日本の場合はたまたま使っています。それが「核拡散とテロ・ゲリラが脅威である」ということです。特定の国ではなくて、軍事的には核がどんどん増えていくことが脅威であり、テロ・ゲリラも我々にとっての脅威であるということを言っているわけです。これは実は2010年にアメリカがQDR(Quadrennial Defense Review)、4年毎の国防計画の見直しで言っていることを真似しているのです。2010年のアメリカのQDRに、「現在のアメリカ及び世界にとっての脅威(実は米国も脅威という言葉は使用せず、脅威認識と優先順位という表現なのですが)は核拡散とテロ・ゲリラである」と明確に書いてあるのです。それを3年後の2013年に日本が全くアメリカのQDRからコピーして、日本或いは世界にとっての脅威は核拡散とテロ・ゲリラであると言っているわけです。

 なぜそんなことになったのかと言うと、1945年までの世界は基本的に国家間決戦をやったわけです。日本をぶっ潰すということで、わざわざアメリカの総司令官であるマッカーサーが東京に乗り込ん出来て、今の第一生命ビルの所にGHQを作って、日本を占領して軍政を敷いたのですね。つまり、相手の国に行ってそこで政治をするということをやったわけですが、それ以降、大国間においては外国へ行って首都を取り上げて政治を全部壟断(ろうだん)する、自分で政治をやるというような戦争はなくなりました。今は国家間決戦のない時代ということなんです。それは核兵器が出来てしまったからです。核兵器を投げれば向こうも投げる、そうすると自分と相手どころか世界中が死滅してしまうから戦争は出来ない。従って、核兵器を持っている国がリードすることは確かですが、絶対に国家間決戦はやらないということになったのです。

 では、核兵器を持たない国同士は決戦が出来るかということですが、超大国というものが出来てしまったのです。超大国というのは核兵器を持った国ですが、核兵器を持っていることによって世界をリードしていく——良い意味でも悪い意味でも——、自らの勢力圏にある国同士が戦うと、超大国がコントロールしてしまう。具体的に言うと米国とソ連が核兵器のほとんどを持っていたわけですね。だから、バチバチが始まるとそれをある程度コントロールしながら、代理戦争、限定戦争みたいなことはやらせるけれども、ある程度のところで適当に向こうの親分と話し合って、小さい国同士の喧嘩を治めてしまう。そういうような時代になったということです。

 ですから、国同士が戦って、相手を潰して、昔は城下の盟(ちかい)と言ったのですが、相手の首都のお城まで行って、「これ以降、お前は俺の言うことを必ず聞くんだぞ」と約束させて、相手の国の政治を壟断する、傀儡政権を作ってやるという様な国家間決戦がなくなってしまったのです。

 今、一体何が世界の秩序を壊しているのかというと、一つは核の拡散です。最初はアメリカだけが核を持っていたのですが、ソ連が持って2カ国でなんとかやっていた。その後、イギリスが持ち、フランス・中国が持ち、だんだん増えてきて、インド、イスラエル、パキスタンが持ち、今は北朝鮮が持ってしまった。小さな国が核兵器を持ち始めて核兵器が乱立してきますと、核兵器の秩序維持が非常にアンバランスになって危なくてしょうがない。小さな核でも核は核ですから、世界中が混乱してしまう。それでこれからは現在、核兵器を持っている国が、力を合わせてこれ以上核兵器を増やす国を無くそうということを始めたわけです。

 ところが相変わらず北朝鮮のような国が出てくるので、これをまだ大きくならないうちに摘み取ってしまわないと世界秩序が大変になるということで、一つの世界秩序の方向が決まっているということです。表向きは喧嘩をしながらもその点では大国はみんな一致していたのです。ですから、こういう時代には良くも悪くも一国平和主義というのは成り立たないのですね。

 世界秩序を維持するために、秩序というのは平和という意味ですから、皆さんの家庭が平和であるのはそこに何がしかの秩序が——奥さんの方が強い家庭もあるでしょうし、いろいろあるでしょうけれども——、そこに規律があって、秩序があって、その秩序の下に平和があるわけですね。秩序がなくなると平和ではなくなるということはごく自然の論理です。

 そういう中にあって、日本という国は面白いことに、アメリカとソ連が喧嘩をしていたりするけれども一国平和主義で行こうと。ともかく我が国が平和であれば良いと。他で戦争をやっていても良いよと。核戦争なんて多分ないと思うけれども、やるならやっても良いよ、というような感じでいたのですが、そういうものは今はなくなったというわけですね。

 ですから、「核拡散とテロ・ゲリラの防止」というのは、日本の考え方だけではなくて、世界秩序、現在のアメリカを中心とする世界秩序を認める人にとっては、これは必要なものなのです。けしからんという人はたくさんいます——ここにもたくさんおられると思います。俺にも権力の一部を寄越せという人もいれば、俺は権力を持たないけれども、みんな我々と同じように核兵器も無くして、武器も無くして、みんな多極でもって、話し合いでやったらいいじゃないかというご意見もあるのですが、これは世界のある種の無政府主義みたいなものです。そういう考え方は当然あるのですが、今だに成立したことはないし、私はこれからもおそらく成立しないだろうと思っています。

 今、日本においては、先ほど言ったように陸上自衛隊の学校あたりに行くと、「冨澤さん、北朝鮮は僕らと関係ないですよ。現実的には中国の方が恐ろしいですよ」という人が多いのですね。しかし私個人ではそれは違うと思っています。彼らとも議論するのですが、中国は核を保有している5大国の一つです。ですから核拡散は絶対に反対のはずなのです。たくさんの核があると中国の核の能力が相対的に下がってきますから、核拡散は反対で、そういう意味ではロシアやアメリカと平仄を合わせてくるわけですね。ですから、そういうことはしない。中国にはテロ・ゲリラの能力はありますが、今、日本にテロ・ゲリラを仕掛けてくる公算は非常に少ないと思っています。その理由は後で述べます。

 やはり現在、日本に武力が及ぶとすれば、北朝鮮の武力の方が及ぶ公算が高いという意味で、私は自衛隊の人達に「南西諸島ばかり見ているわけにはいかないよ」と言うのですが、一方で無理もないのは核拡散に対する武力的な対応というは日本には取りようがないのです。核兵器を持っていないわけですから。そしてヒロシマ、ナガサキを抱えていますから。日本は核兵器を無くして欲しいということは言っても良いのですが、一方でアメリカの核の傘の下にある以上、あまり言えないということもあって、核に対しては武力の対応としては何も出来ません。

 テロ・ゲリラについては非常に大きな問題で後で詳しく申しますが、テロ・ゲリラについては日本では警察がやることになっていて、自衛隊はやらなくて良いことになっています。自衛隊法の中に間接侵略というものがあって、これがテロ・ゲリラかなと思うのですが、本格的な戦争ではない、防衛出動の出ない範囲のものは治安出動ということで、治安出動では自衛隊は警察の予備なのです。それこそ警察予備隊で、警察が持て余した時に警察と同じ権限でもってやるということになっています。全国には警察官が29万〜30万人いると思いますが、それに対して陸上自衛隊は14万人ですから、警察の半分ぐらいの予備兵力に過ぎません。そこで武力行使も出来ないわけですから、そうするとテロ・ゲリラ対策ではあまり大したことは自衛隊には出来ないということになっています。

 自衛隊にもっとやらせろという話もあったのですが警察に断られまして、それではテロ・ゲリラは警察さんにお任せするよということで喧嘩別れしたのですね。そういうことで先ほど言ったように、自衛隊の人達は「北朝鮮と言ったって、俺たちは関係ないでしょう」ということになるのです。

 さて、核・ミサイル対策ですが、結論から言うとミサイル防衛機器、ミサイルディフェンスは無いよりはあったほうが良いが、万全は期せないと言うことです。一番の理由はミサイル防衛機器は基本的に待ち受け兵器で局地防衛は出来ても広域防衛は不可であるということです。待ち受け兵器である理由というのは図で説明します。

 ミサイルディフェンスが問題になったのは今から15年ぐらい前です。石破茂さんが若くして防衛大臣になって、アメリカに行って、日本もミサイルディフェンスを持たなければいけないということで帰ってきて、彼が頑張って平成15年にミサイルディフェンスをやるという閣議決定をして、平成16年に16大綱という防衛大綱を決定したのですが、そこでミサイルディフェンスを本格的に入れるということが正式になって、中期計画にのって、皆さんご承知のように海上自衛隊のイージス艦にSM3というものを積もうという動きが出て、航空自衛隊のパトリオットを弾道ミサイルに対応するPAC―3に逐次変えていこうということになった。ということです。

 その頃、今から15年ぐらい前に、一体このミサイルディフェンスというものは当たるのかという疑問があって私どもで議論しました。日本防衛学会という学会で専門家をお呼びして、当時の防衛大学校の副校長で馬場順昭さんという私よりも10年ほど後輩の航空工学の専門家と安江正宏さんという有名な東大の航空工学を出た人で技術研究本部長をされた人をお呼びしました。その2人が航空工学的な観点からミサイルディフェンスは当たるんだと言って、その時に書いた絵が下の図です。

比例航法の図・プロポーショナルナビゲーション

 兎が右に走っていき、犬が下の方から走って行くとします。そして、いつも図のような関係(目標への相対方位角)を保っていけば必ず未来交会点というものがある。何処かでぶつかる、だから必ず当たるんだとこう言うのですね。これは古い理論で、私が防大の学生の時、今から50数年前に防大の応用物理で習ったプロポーショナルナビゲーション(比例航法)です。常に一定の比較した速度で走っていけば、必ず未来交会点で会うということです。図では兎よりも犬の方が足が速いことになっているのですね。速ければ未来交会点で必ずぶつかる、だから当たるんだという理論なのですね。

 ところで、これは兎よりも犬の方が足が速いという前提です。だからいつかは未来交会点でぶつかる。そこで、犬がスピードの遅い亀だったらどうなの?と聞いたのですよ。亀だったら兎が途中で居眠りでもしない限り絶対に追いつかない。だから未来交会点は永遠にないと議論していたら、いや一つだけあるんだと。兎が右のほうに行かないで、亀の方に向かって走って来ればいいんだと。そうすると亀はじっと待ち受けていて、兎が近くまできた時に鎌首をグッと持ち上げてパクッと食いつけば、亀が兎を食うことはできる。こういう話なのですね。つまり、右に行く兎に犬をぶつけるためは双方の速度が非常に問題だということです。ところが、こちらに向かって来る場合にはこちらの速度が遅くても当たるということになるのですね。実際に、飛んでくるミサイルの速度とこちらの打ち上げるミサイルの速度の差が問題なのです。

 現在、いろいろなミサイルが出来て来ましたが、北朝鮮のミサイルはまず空気のあるところを真っ直ぐ上に上がるわけです。途中から斜めになるのですが、ともかく空気のないところまで上がる。これには結構時間がかかります。空気抵抗もあるし、重力に逆らうので当然です。専門家に聞いたら3分ぐらいかかるだろうと。空気の全くないところというのは高度80キロです。何段ブースターかは知りませんが、高度80キロを超えたところでブースターを離すと弾道に変わる。弾道というのはフリーになる、増速しなくなるのですね。前の図の前提は加速度が一定または加速度がゼロ、等速行動をやっている時にはこういけますよという話ですから、途中で居眠りをしたり、右に行ったり左に行ったりされたのでは、この論理は基本的にはあわないわけです。ホーミングというものがありまして、途中から自分から相手の位置を確かめながら行くということもあるのですが、それは目標まであとほんの少しのところであって、大きくは図の論理でいくと。

 そして現在、例えばこの前、襟裳岬の上を飛んで3,700kmとか飛んだミサイルがありましたよね。そこで問題になるのは速度なのです。人工衛星になるぐらいの速度です。人工衛星というのはいろいろあるのですが、地球の周りを飛ばすわけですから、遠心力と引力も働いていて、遠心力と引力のバランスが取れると地球の周りを回転するのですね。地球の周りを回転するためには地球の比較的近くでは秒速7.9kmぐらいないとぐるぐる周りません。遅いと引力の方が強くて地上に落ちてしまう。早いと他の星の方に行ってしまう。最初の頃、北朝鮮はミサイルではなくて人工衛星を打ち上げるためだったと言っていたわけですから、秒速7キロ近くの速度で跳んでいるわけです。

 この前聞いたら、襟裳岬あたりを通っていく中距離の弾道ミサイルは1秒間に5.数キロの速さで飛ぶんです。これも高度80kmの上空まで上がるためには3分ぐらいかかる。イージス艦のミサイルも高度80kmよりも高いところまで上がるのに3分ぐらいかかるわけです。

 問題は向こうのミサイルの方が速いということです。今、イージス艦の新しいミサイルで本当かどうか分かりませんが、秒速4.何kmと言われています。北朝鮮のミサイルは秒速5.何キロで、向こうのほうが速いわけですから、絶対に追いつきません。

 もっといい方法はないかというと、もっと左側の遠いところでロックオンして待ち受ければいいのですよ。ところが、イージス艦についているレーダーというのは、見える範囲がだいたい170kmから300km先までの間だと言われています。300km先よりも遠いところはイージス艦からは見えないわけです。

 そこでエックスバンドレーダーというものが北の方は青森県つがる市の車力分屯基地に、南の方は経ケ岬通信所(京都府京丹後市丹後町)にあります。これは強力なレーダーで、だいたい1,000km先まで見えるということになっています。しかし、いろいろ聞くと1,000km先まで見えるけれども、自分が撃ったミサイルをコントロールするのは500km以内であると一般的にはされているそうです。この辺は軍事機密ですからよく分かりません。

 つまりどういうことかというと、自分の真上にくる手前の500km先のところでロックオンできる。秒速5kmですと100秒、1分40秒ですね。その間に見つけて、動きを確定して、直ぐに発射したとして1分40秒後に弾道ミサイルがイージス艦の真上に来た時、要撃ミサイルは未だ空気中にあり高度が届かないということになります。

 日本から500km先というと日本海のど真ん中あたりです。全部で1,000kmほど跳ぶのですから、半分ぐらいの500km先のところで掴んで、発射地点側に向かって撃っても間に合わないわけです。その場合には前を向いて撃つのではなくて、後ろを向いて撃って、弾道ミサイルに追いつかれて当てるという打ち方もするわけです。

 いずれにせよ、米海軍と海上自衛隊は90何%とか、80何%とかで当たるんだと言っていますが、どういうシチュエーションでこの実験をやっているのかは私達には分かりません。しかし、私の乏しい理科の能力で考えると、そう簡単に当たるものではないということです。

 ですから、ミサイル防衛兵器は待ち受け兵器であるということです。SM3がイージス艦に搭載されていていますが、SM3の最初の目的は国土を守るために出来たわけではありません。航空母艦はミサイルと潜水艦に弱いものですから、航空母艦の周りに潜水艦をやっつける対潜能力とか、ミサイルをやっつけるイージス艦で囲んで、航空母艦を守るためのものなのですね。しかし、これは比較的大きなエリアで、半径200kmまでは大丈夫だと。半径200kmということは直径400km。私が海上自衛隊の人に聞いたら、「直径400kmということは、3隻浮かべれば覆域の長径1,200kmです。南西諸島は別にして、日本本土はほとんどカバー出来るんですよ」と言っていました。

 ですが、これで以って万全を期すということは言えないと私は断言致します。万全を期せないからこそ、ミサイルディフェンスに100%頼ることはとても出来ないからこそ、小野寺五典さんが2回目の防衛大臣になる前に「敵基地攻撃能力を持たなければいけない」と言っていたのです。そういうことが理由であることだけはおさえておいて頂く必要があると思います。

 PAC3に至っては半径20〜25kmぐらいのものですから、どうしようもありません。

 上がっていくミサイルの高度の差も問題になりますが、かつて私が聞いたところでは、SM3の高度はせいぜい200〜250kmと言われていました。最近では500kmとか、800km、1,000km上空まで上がると言われています。ただそれも直上に上がって1,000kmということで、1,000km離れた高度1,000kmの標的まで全てカバー出来るというわけではないようです。

 敵基地攻撃能力が出来るかというと、これはアメリカでも手こずっています。なぜ手こずっているのかといえば、目標が分からないのです。向こうが撃ったらすぐに打ち返せばいいじゃないかと言うのですが、打ち返すまでの時間に向こうは必ず隠れてしまう。目標情報がアメリカでも取れない。日本が敵基地攻撃能力の火器を持ったとしても、目標情報が取れないから基本的に難しい。となると、ミサイルに対して打つ手はないと言うことです。

 じゃあダメかと言うと、私はアメリカの核に頼るしかないと思います。アメリカの核がある以上、滅多なことでは撃ってこないと思います。韓国やアメリカに撃つよりも日本に撃つ公算の方が高いことは確かですが、いかに金正恩が困っても日本に核兵器を落とすということは、やはりアメリカからの報復抑止があるということを考えなければいけませんから、そう簡単には撃ってこないと思います。いかにアメリカの抑止を受けるように日本が努力するかというのは正に現在の難しい問題ですけれども、いろいろなことを考えていかなければいけないと考えています。

 テロ・ゲリラについてですが、一番問題なのはこれは警察がやることになっているのです。私はとてもじゃないけれども警察ではお手上げになるだろうと思います。

 日本と中国の軍隊の違いを考えますと、中国はだいたい13億の人口があって日本の10倍ですね。軍隊が220万、日本が22〜23万人おりますから10分の1です。ところが、中国には150万人の武装警察と800万人の民兵がいるのです。だから、中国と同じ比率で持つのだとしたら、日本は15万人の武装警察を持たなければいけない。私は警察の人に、「テロ・ゲリラをやると言うのだったら武装警察を持ちなさい。武装警察を持たないとやりきれない」と言うと警察の人は嫌な顔をするのだけれども「警察のあなた方がやらなければしょうがないでしょう」と言っているのですね。

 テロ・ゲリラをやる時に一番大切なのは情報です。「この付近に村の人でない人間がいる」そういうことを知るには地元に詳しい民兵が必要です。今、日本には消防団が80万人います。せっかく80万人の消防団員がいるのですから、それを民兵にしてテロ・ゲリラ対策をとるというのが良いと思います。

 時間が来ましたので、結言だけ読み上げます。それで終わります。

  • 北朝鮮が核ミサイルを最も使用しやすい国が日本であることに違いはない。しかし、核兵器は使われぬ時にのみ意味のある兵器。いかに孤立した金正恩でも日本にファーストストライクをかけることはない筈である——ファーストユースとファーストストライクは違うのですね——。これに対する抑止力は米国核の報復抑止しかない。
  • ミサイルディフェンスは無いよりあったほうが良いが、既に述べたとおりである。新装備を米国から購入することは外交のためにある程度必要だが、実質的な費用対効果を十分に検討する必要がある——バイアメリカンといって今売り込ん出来ていますよね——。これら輸入兵器のために、より大事な基盤的防衛力を落とさないように着意すべきです。
  • 敵基地攻撃能力を検討するのは良いが、常に目標情報収集手段を確保しつつ事業を進めなければ、意味がない。
  • 核シェルターを作ったら良いと思います——、核シェルター問題については、まず国民に世界の現況をよく知らせ、国民がそれを進んで要求するようにしなければならない。そうなった時に初めて押し付けでない避難訓練ができるようになる。
  • これまでの自衛隊の南西諸島重視の防衛力整備は間違っているとは言えないが、もう少し、民防、武装警察を支援し、いざとなれば国内警備から防衛出動への変換に耐えるものとする必要がある。
  • PKO活動が低調になってきているが、こうした自国防衛の背景として、これら国際協力はなお必要である。国連の意向に沿い、武力行使を含めたものにも積極的に参加させるようにすべきである。目的・目標は日本一国防衛ではなく、あくまでも世界の秩序(平和)維持なのである。

 ということで結言を終ります。また後でいろいろな議論になれば良いと思います。


司会 どうもありがとうございました。冨澤さんはこれまで何回も自衛隊を活かす会に登場して頂いておりますが、続くお二人は初めてということになります。まず太田昌克さん、最近もノーベル平和賞の授賞式を取材をされておられましたが、核問題に大変詳しい方です。よろしくお願い致します。


太田 昌克

北朝鮮の核問題に
解決の道はあるか
太田 昌克

共同通信編集委員

 ありがとうございます。クリスマスの日に本当にお疲れ様でございます。皆様の貴重な午後のお時間を20分ほど拝借致しまして、拙い説明ではありますが、「北朝鮮の核問題に解決の道はあるのか」というタイトルで話を進めさせて頂きます。

 私は冨澤先生のようなその道のプロでもありませんし、この後、登場される今村先生のように経済の道を極めていらっしゃる専門家でもなく、一介の新聞記者でございます。ただ、これまで取材した話、6カ国協議取材での現場体験なども踏まえお話しして参りたいと思います。6カ国協議は北朝鮮、米国、韓国、日本、ロシア、中国の間で2003年夏に始まり、ブッシュ政権が終わるまで続いたのですが、オバマ政権になった2009年以降は一度も開かれていません。2005年に6カ国協議の共同声明がまとまります。この合意にもう一度戻れば良いと思っているのですが、私はこの6カ国協議の初会合から2005年9月に共同声明がまとまるまで、ずっとワシントンと北京を往復して取材をし続けた経緯がございます。

 核問題がどうしてこんなに深刻度を増してしまったのか。なぜここまで大変な現実的な脅威になってしまったのか。10年前には思いも寄らなかったわけです。2006年10月に北朝鮮は最初の核実験を行ったわけですが、この当時はまだプルトニウムの量が限られていました。プルトニウムの量はこのころ30キログラム程度と言われていました。核実験を続けていればそのうち手持ちのプルトニウムがなくなって、北朝鮮は核を持てなくなるだろうと、そういう楽観的なことをおっしゃるアメリカ政府の高官の方もおられました。その頃とは今はもう全然違っており、核問題は全く様変わりしたのです。

 北朝鮮は今どのくらい核兵器を持っているか。これは推定するしかないのですが、オバマ政権に入ってから北朝鮮は高濃縮ウラン——核兵器の原料ですね——、高濃縮ウランの製造を始めたと考えられます。それから寧辺にある原子炉から取り出した使用済み燃料棒を再処理してプルトニウムを抽出する、こうした推移を勘案しますと、現時点で20発ぐらい持っているのではないかとの試算がアメリカの専門家によって行われています。実態が全く掴めていないのですが、これからプルトニウムを増やす、さらにウラン濃縮活動によって、2020年の東京オリンピックの頃までに最大で60発を保有するとの見立てをする専門家もおられます。

 核兵器を作る時に一番難しいのは、核爆弾の原料であるプルトニウムと高濃縮ウランの生成、つまり核分裂性物質の入手である。これが核専門家の常識です。北朝鮮は既にそれをクリアしています。だから核分裂性物質を増やせる、増産体制にあるということをしっかりと認識しなくてはいけないと思います。

 どうしてこんなに深刻な事態になったのか。1994年にはカーター元大統領が突如訪朝されて、これを受け、米朝枠組み合意が同年10月にできました。寧辺の核施設の活動を凍結する。その見返りにアメリカ、日本、韓国が資金拠出して軽水炉2基を北朝鮮に建造する。またその間に年間50万トンの重油を提供する。そして米朝関係の改善を図るいう合意でした。

 当時の北朝鮮は核爆弾とは一言も言いませんでした。これはエネルギーなんだ、寧辺の核施設は電気を作っているんだということを公然と主張していたわけです。だから発電施設を止めるには見返りが必要だという論拠で、米朝枠組み合意を結んでプルトニウムの増産をストップさせる補償として軽水炉2基と重油を提供する——。こんな外交的枠組みを作ったわけです。

 先週、カルフォルニアに行ってまいりました。スタンフォード大学の近くの街に行きまして、1994年にアメリカの国防長官でいらっしゃったウイリアム・ペリー氏に比較的長い時間インタビューしてきました。ペリーさんはもう90歳なのですが、記憶はものすごく鮮明で、非常に良い回顧録も書かれています。「My Journey at the Nuclear Brink」(私が辿った核の瀬戸際)という回顧録を2年前に出されました。自分は何度も核使用の脅威の場面に立ち会ってきた、自分のライフワークはナガサキ以降、核使用をどうやったら止めることができるのか、そこに人生を捧げてきた——。これが回顧録の趣旨です。

 1994年の第1次核危機で、ペリーさんは空爆攻撃を真面目に考えたと言うのですね。当時はまだプルトニウム抽出もどのくらい出来ているか分からないし、兵器化の能力もまだ全然備わっていませんでした。兵器化と言いますのは先ほど冨澤先生からもお話がありましたように、核兵器というのは核爆弾と運搬システムの2つの仕組みがマッチングしないと核兵器にならないわけですね。1998年にはテポドンを日本列島を超えて飛ばしたということありましたが、核爆弾については1994年当時は全く海のものとも山のものとも分からなかった。

 ペリーさんがおっしゃるに、核分裂性物質を入手する、獲得することが肝なのだと。だからまずそこを叩かなければいけないから、真面目に先制攻撃を検討した。寧辺の施設を限定的に海上発射のクルーズミサイルで叩く選択肢を検討したのですが、結局、クリントン大統領と協議した結果、まずは外交オプションを尽くそうということで、外交解決に集中することにしたとおっしゃっていました。

 お話を聞いていて、さすがだなと思いました。つまりペリーさんは核物質を入手することが肝であり、その動きを止めれば核開発を阻止できるということをよく分かっていらっしゃった。その芽を摘むためにどうするか。軍事オプションで行くか、外交オプションで行くか。クリントン政権はまずは外交オプションを選んだわけです。

 そして1994年6月、カーター元大統領の訪朝が幸い功を奏しまして、米朝枠組み合意が成立するのですが、アメリカの共和党に——今のトランプ政権の与党になりますが——、米朝枠組み合意に対して敵意を持つと言いますか、良い合意ではないと主張する保守系の議員や論客がいたのです。

 2000年はクリントン政権にとって実質最後の1年でしたが、とても大きな動きがいろいろとありました。ご記憶にあるかもしれませんが、オルブライト国務長官が平壌に行って、金正日と一緒にマスゲームを見る。それから金日成——革命の祖、建国の父ですね——、金日成と同じ革命世代の趙明禄という元帥がワシントンまで行ってクリントンとホワイトハウスで会談をしています。

 北朝鮮の軍のトップである趙明禄の訪米や、米外務当局のトップであるオルブライトの訪朝、この時に何をやろうとしたのですかとペリーさんにお聞きしたのですね。そうしたら、やはり米朝枠組み合意には大変政治的にも共和党から批判があったのだけれども、これを上書きする、より強力なものにして米朝国交正常化まで持って行くつもりだった、との趣旨のお話をされていました。

 オルブライトが北朝鮮に行く、趙明禄がワシントンに来る前段として、ペリーさんは1998年、平壌に行かれているのですね。その時は濃密な協議、交渉が平壌で行われたそうです。ペリーさんは直接、金正日氏に会うことはなかったのだけれども、話をするカウンターパートは必ず自分との協議の後に金正日に報告を上げて、金正日の決裁を得た上でまた翌日の協議に臨んできたそうです。ペリーさんの心象では、その時、既に金正日氏はアメリカと国交正常化を行う腹を相当程度固めていた。なおかつ、核兵器を諦めるという選択肢を真面目に考えていた。そういう話を聞いて参りました。つまり外交解決が、かなりいいところまで行っていたのです。もしこれが成功していたら今日のような事態はおそらくなかっただろうと思います。

 しかし、その後何が起こったか。趙明禄が来て、じゃあそろそろクリントンが平壌に行こうかという話まであったのですが、結局、2000年の大統領選で時間切れになってしまった。クリントン大統領の後任に共和党のブッシュ氏が当選する。ブッシュ氏は最高裁の判決で副大統領だったゴア氏「に勝つのですが、これでクリントン訪朝の可能性が消滅したのですね。

 それでもブッシュ政権の最初の国務長官だったコリン・パウエル氏、有名な軍人さんでアメリカの英雄ですけれども、彼はクリントン政権の置き土産をそのまま生かす形で外交解決で北朝鮮に核を諦めさせる、クリントン政権の外交成果を自分達が引き継ぎたいという意思がパウエル氏にはあったのですね。

 しかし、これを許さない勢力がワシントンにいた。当時、イラク戦争を主導したネオコンと呼ばれるいわば強硬な新保守主義者たち、さらにネオコンと連携するブッシュ政権の実力者、つまりだチェイニー副大統領です。当時、私がワシントンで取材した国務省高官がこんなことを言いました。「我々が『外交解決が良いですよ、大統領』とホワイトハウスにいくらアドバイスをしても、大統領の耳元で絶えず囁く男がいた」と。それは誰かと言えばチェイニー副大統領だった。チェイニー副大統領が何とブッシュに囁いたか?それは、北朝鮮は悪である、悪と交渉しても意味がないのだ、いずれ崩壊するのを待てばつほいいと。

 クリントン政権の成果をなぜブッシュ政権が引き継がなかったのか。端的に言いますと、北朝鮮がいずれ崩壊するという見立てをする人がいたからです。まともな交渉は行わず、制裁を強化していけば、金体制はいずれ潰れるだろう―。こんな楽観主義的な見通しがブッシュ政権の腰を随分重くしてしまった。交渉に臨む姿勢を鈍麻させてしまったのです。

 それから、これはペリーさんとも見解が一致したのですが、イラク戦争がやはり大きかった。アメリカはそれこそネオコンを中心にイラクに乗り込んでいくわけです。当初は楽勝で終わると思っていたのです。確かに戦端を開いたら楽勝だった。しかし、楽勝だったのだけれども、戦争がいつまでたっても終わらない。サダム・フセインに対する戦争から、フセイン政権を追い出されたバース党の連中らが武装化して、地場のテロリストがどんどん増えてしまった。そして米軍の手に負えなくなって泥沼に入っていくわけです。

 超大国のアメリカとはいえ、一つの政権が集中できる政策の数は限られています。9・11を体験したブッシュ政権。アフガン攻撃からイラクへと続く戦争にほとんどの外交資産、軍事的資産を費やした結果、北朝鮮がしばらくお留守になってしまったのですね。その間に北朝鮮は二兎を追いました。いずれアメリカが振り向いてくれるのではないかということでアメリカとの交渉に期待しながらも、寧辺の施設を動かしてウラン濃縮の計画を本格化させたのですね。

 これは北朝鮮の当局者に取材をしてみないと分からないのですが、やはりアメリカというのは政権が変わるたびに政策が変わる。趙明禄という革命第一世代のビックネーム、日本の植民地時代に金日成と一緒に戦った人がワシントンまで行っているのですよ。これは北朝鮮の大きな決断だったわけです。そして、これでいよいよ米国と国交正常化が出来ると思っていたらブッシュ政権が全く違う政策をやり始める。だから保険で二兎を追ったわけです。外交でアメリカが振り向くのを待ちながら、核の能力をどんどん蓄えていく。それをカードに使いながら振り向かせるということをブッシュ政権時代に北朝鮮はずっとやってきたと思います。

 明らかにアメリカの北朝鮮政策は外交的に失敗してきました。失敗の根源はどこにあるか。アメリカの対北朝鮮政策の一貫性の無さが非常に大きいと思います。北朝鮮の最高指導部に対して一貫したメッセージをアメリカは送ってこなかった。真意がどちらにあるのか、我々のレジームを潰すつもりなのか、自然死するのを待っているのか、それともクリントンのように本気で交渉する気があったのか。北朝鮮にはおそらく今も分からないのではないかと思います。トランプ政権になって、事態はここまで深刻化してしまった。1998年頃から資材を調達してウラン濃縮計画を進めた北朝鮮はもちろん悪いのですが、アメリカの政策的な一貫性の無さという要素も非常に大きいと思います。その一貫性の無さの背景には、「北朝鮮はいずれ崩壊する」との甘い見積もりがあったのではないか。

 金正恩氏はおそらく簡単に核兵器を手放さないと思います。金正恩氏はカリスマの無いリーダーです。革命世代でもなく、金正日氏のようにしっかりと軍部を掌握したわけでもない。党を頼りになんとか政権を温存させ、体制締め付けのために時に厳しい粛清をやる。これはカリスマ性の無さの表れだと思います。そのカリスマ性の無さを核兵器で埋めようとしているのが今の金正恩政権ではないかと思います。

 ここまで北朝鮮問題の根源について歴史的な経緯を振り返りながら話をさせて頂きました。これから今後のこと、未来のことをお話ししたいと思います。

 12月12日にティラーソン国務長官がアトランティックカウンシルというアメリカのシンクタンクで講演し、北朝鮮との初会合は無条件でやってもいいのではないかと発言しました。ただ、北朝鮮と話し合いをやるからには「クワイエットなタイム」が必要になるとも言明しました。つまり、北朝鮮がミサイルや核実験をバンバンやっている時に話し合いなんて出来るわけはない。とりあえずやめてもらいたい。そしてフリーズ期間を設けて対話をしましょうということで、ティラーソン長官の言っていることも、実は前提条件がないわけではない。「クワイエットタイムに話をしよう」と前提を設けているのです。要するに対話のための環境設定が必要だと言っていたのですね。

 しかし翌日、長官はこの発言を若干ですが後退させます。ティラーソン氏はいつ辞めるか判らないという噂が今年の夏ぐらいからずっとあります。私が7月にワシントンに出張した時も「ティラーソンはもう辞めるぞ」という話がワシントンでも渦巻いてました。トランプ大統領とウマが合わないのか。トランプ大統領が最初に行ったのが国務省の予算と人員のカットだった。ティラーソン氏は国務省内のそうした整理が終わったら、辞めるのではないかという噂が流れていました。ティラーソン氏のファーストネームはレックス。そこでRexと非常口のEXITをかけて、ブレグジット(Brexit)ならず、”Rexit”なんてワシントンで言われていました。

 ティラーソン長官は北朝鮮が暴発しないよう、「もう一つの道があるんだよ」というメッセージを一生懸命、発信されようとしていると思うのですね。だけど、すぐにトランプ大統領がTwitterで「レックス、それは時間の無駄だ、A waste of timeだ。北朝鮮と交渉しても意味がない」などど平気でつぶやいてしまう。こうなると外交が機能しなくなってしまう。外交当局トップが言った言葉がすぐに大統領自身によって否定されてしまう。これによって、アメリカ政府は対話の機会を自ら狭めているのですね。

 それからもう一つ、ティラーソン長官はこのアトランティックカウンシルの講演で気になることをおっしゃいます。原稿に無かったことを講演後の質疑応答でポロッと喋ったのですね。私もびっくりしました。どんなことを喋ったかと言いますと、ポイントは二つあります。

 一つは難民の問題です。北朝鮮が崩壊したら多くの難民が出る。中国はこれを大変恐れている。しかし、アメリカと中国はもう既に難民の問題について議論を始めていると言ったのですね。

 それからもう一つ、北朝鮮の政権が崩壊した後、今ある核兵器をどうするかという点です。核がテロリストや悪意を持った第三者に流れてはいけないわけです。北朝鮮が崩壊した後に核兵器をどう保全するかについて、既に中国と議論をしているのだとティラーソン長官は明言しました。

 私はこれまで米朝の交渉を何年か見てまいりましたが、質疑応答でそういうことを喋っちゃったことに面食らったんです。中国は、そうした機微な話をアメリカとしているなどということを北朝鮮当局には知られたくないはずです。中国は曲がりなりにも北朝鮮との同盟国です。同盟国である北朝鮮が崩壊した後のシナリオを、北朝鮮が最も敵視するアメリカと議論をしている。そのこと自体で北朝鮮に対する中国の外交的な影響力が下がるわけですよね。今の習近平体制を北朝鮮が信用しなくなってしまう。

 中国とアメリカが難民や核の問題まで議論しているということは何を意味するか。それは中国も本当に困っているということの現れだと思います。金正恩氏と十分なコミュニケーションが取れない。未だかつて首脳会談をしたことがない。外交当局をいろいろと取材していますと、中国やロシアも金正恩氏に直接コミュニケーションができるパイプをまだ築けていないという話を聞いたことがあります。中国も北朝鮮を抑えられない。これから制裁がどんどん強まって自壊するかもしれないし、暴発するかもしれない。だからいよいよ有事のシナリオをアメリカとも議論し始めたのかもしれません。

 ただ、米中の北朝鮮有事を巡る対話はまだ突っ込んだレベルになっていないと聞きます。それでも中国がこうした議論に応じるのはなぜか。その一因としてトランプ政権に本気で戦争をして欲しくないとの思いがあるからではないか。

 オバマ政権下でこうした議論に中国は応じて来ませんでした。先ほど申し上げたように、中国がアメリカと金王朝が崩壊した後の核の保全の仕方を協議するということは、中国が北朝鮮の今のレジームを見放したという印象を平壌に与えかねません。だから中国はずっとそういった議論をこれまで拒んできたのですね。

 それがトランプ政権になって、つい最近だと思うのですが、この前、トランプ大統領が中国に行かれた後だと思うのですけれども、中国も本気で戦争を止めてもらいたい。だから一定程度、アメリカの懸念にも応えるし、自分達が抱いている本当の懸念、やはり難民ですね。そこに対するアメリカの助力を求めているのかもしれません。

 これから戦争があるのかどうか。最近テレビに出させて頂くことがあるのですが、どのテレビ局に行っても「来年戦争があると思いますか?」とよく質問されます。私は「可能性としてはゼロではないけれども、そういったことがないようにあらゆる手段を尽くすべきだ」との説明を繰り返すしかないのですが、ここでイギリスの報道を二つ紹介します。

 一つは、マーク・セドン氏というバン・キムン国連元事務総長のスピーチライターが書いた寄稿原稿です。セドン氏は、”Have we got just three months to avert a US attack on NorthKorea?”(アメリカが北朝鮮を攻撃するのを回避するにはたった3ヶ月しかないのでしょうか?)という見出しで原稿を書かれています。実は最近、イラク戦争を主導したネオコンの一人であるジョン・ボルトン氏、かつてのアメリカの国連大使ですが、彼がイギリスを訪問して、イギリスの下院議員やスタッフと会いました。そこで、北朝鮮はあと3ヶ月でアメリカに届く核搭載のICBMが完成する、というCIAの見立てを説明した。「あと3ヶ月しかない」と。イギリス議会に伝わったこんな話を基にセドン氏は原稿を書いているのです。

 アメリカは既に、イギリスにこのような具体的な説明をしているのですね。

 今、ジョン・ボルトン氏は政府の役職にはついていませんが、トランプ大統領とも比較的近しい関係だと聞いています。トランプ氏が国家安全保障担当補佐官の候補の一人に挙げた人物で、今のマグマスター補佐官を選ぶ前にトランプタワーで面接まで行っています。そのボルトン氏がイギリスに行って、「あと3ヶ月だ」と言っているわけです。

 それからもう一つ、これは英紙デイリーテレグラフの報道なのですが、”US making plans for 'bloody nose'  military attack on North Korea.”、(アメリカは「鼻血作戦」と呼ばれる軍事作戦を北朝鮮に対して計画している)とのタイトルです。これもイギリスの新聞です。

 ニュースソースはどこかなと思って注意深く新聞を読んでいますと、最近、イギリスの駐在北朝鮮大使がワシントンに行ってマクマスター氏らと協議しています。そこでマクマスター氏はじめアメリカの安全保障当局者からブラッディ・ノーズ(鼻血)作戦、つまり北朝鮮がICBMを撃ちそうになったらそこを叩く限定的攻撃を行い、北朝鮮の士気を打ち砕くというシナリオをイギリス当局に相談をし始めているという報道です。

 アメリカの相談相手がイギリスというのは非常に注目すべき点だと思うのですね。日本ではなくてイギリスなのです。イラク戦争もそうでしたが、アメリカは戦争に突き進んで行く時にはまずイギリス政府に相談する。イラク戦争当時のブレア首相はブッシュ政権と一緒になって戦争に突入して行きました。アメリカが何か大きなことを行う時には、最大の同盟国であるイギリスにまず情報を流しながら、そのオプションの妥当性について、どういう反応があるか、また専門家の反応はどうか、イギリスがどう反応するかをまず見極める。イラク戦争はまさにそうでした。

 朝鮮半島での戦争シナリオはあってはならないと思うのですが、こういった情報をイギリスの新聞が報じているということは非常に危険な兆候です。気をつけないといけないと思います。

 クリスマス、まさに今日なのですが、2ヶ月ほど前、トランプ氏が日本に来るちょっと前の話ですが、アメリカ政府関係者から「クリスマスはみんな本国に帰って、朝鮮半島からアメリカ人がいなくなる。だからクリスマス開戦なんて言っている人がいますよ」と聞かされました。非常にビックリしました。人が少ないから攻撃できるのではないか。それこそクリスマスに鼻血作戦のような限定的な攻撃をやるかもしれない―。少し恐ろしくなって日本政府のある人に取材しました。

 僕が「日本政府は開戦の準備出来ていますか?」と聞いたら、「太田さん、なに馬鹿なことを言っているんだ。クリスマス開戦なんてあるわけがない。邦人待避計画なんて全然出来ていないよ」と言うのですね。

 韓国からどうやって日本人やアメリカ人を退避させるか。仮に日本に退避する場合、横田基地あたりに退避して来ますから、民間人に対しては検疫や税関をしなければいけません。そういうシステムはまだ全然出来ていない。だから、日本は戦争を受け入れる準備は全く無いのです。

 ただ具体的な準備はしていないのだけれども、そういう開戦の噂や情報については、日本とアメリカはあえて否定しないようにしている、ともこの日本政府の当局者から聞きました。どうして否定しないのか。なぜなら、否定しないことによってアメリカが本気だと、本気で攻撃をするかもしれないと北朝鮮に思い込ませること自体が抑止力になるからだと。米朝開戦の虚偽情報を否定しないのも、抑止力を高めるためだという説明なのですが、金正恩氏が勘違いすると、怖いシナリオがその先に浮上する恐れもあります。

 最後に平和的な解決があるのかという問題ですが、私はあると思います。少なくともトランプ政権になってから、本格的な外交オプションはまだ何一つ尽くしていません。ニューヨーク・チャネルで北朝鮮の国連大使と定期的な意見交換はしていますが、まだ交渉のテーブルの上に自分達が欲しいもの並べてすらいません。トランプ政権下において、真の外交交渉はなんら行われていないということです。

 少なくとも、外交交渉の術を尽くさない限りは、たとえ北朝鮮がNPTを脱退して国際法に違反する形で日本や韓国、アメリカを恫喝しながら核開発を進めたからといって、外交オプションを尽くさずにすぐさま戦争をすることに対して国際社会の理解が得られるかといったら、決してそうではない。国際社会が納得しないままの武力行使となり、それは逆にアメリカを孤立させることになるのではないか、と見ています。

 米国を中心に国際社会はこれから制裁を強化していきます。マクマスター大統領補佐官も言っていましたが、2018年の春頃だと思うのですが、制裁が効いているかどうか、効き目をいま一度検証した上で、それまでの政策を再評価。また平昌冬期オリンピックをヨーロッパ諸国や国際社会は心配していますから、ここで対話の機運が一度盛り上がるかどうか、にも注目したいと思います。盛り上がった機運が実際の交渉にどう繋がっていくのか。

 それから、北朝鮮がこの間、どれだけミサイルを撃つかです。北朝鮮は最も直近に可決された国連安保理制裁決議は戦争行為だと言っています。

 北朝鮮のキャッシュフローは年間20〜30億ドルと言われています。この後、今村先生からお話があると思いますが、これまでの国連制裁決議によって、年間のキャッシュフローの8〜9割を止めることが可能になったのですね。ただ、これは表の経済です。裏の経済がどうなっているか私には分かりません。いま、日本の政府内には制裁がかなり効いてくるという見立てをしている人が多い。だから、制裁の効き具合をしばらく見た上で次のオプションを考えていくということだと思います。

 今日たくさん言及したベリーさんですが、こんな話もしました。ペリーさんはマティス国防長官から相談を受けているそうです。「マティス現国防長官はどうですかね」とペリーさんに水を向けると、「マティスはよく分かっている」とペリーさんはおっしゃいました。

 ペリーさんは1994年に限定的な空爆オプションを考えました。1994年当時、寧辺の施設を叩いた時に韓国が被るリスクと、2017年現在において寧辺を外科的に攻撃したことによって浴びる「返り血」、つまり日本、韓国が被るリスクは桁違いだとペリーさんはおっしゃっていました。

 叩くのであれば、1994年にやるべきだった。今は出来ない。じゃあどうしますか?と聞いたら、「封じ込め」だとおっしゃいました。圧力を高め、抑止力を高めて、北朝鮮が変な挑発をしないようにする。同時に経済制裁を強める。アメリカが長い時間をかけてソ連を封じ込めていったように、北朝鮮を封じ込め続けて、北朝鮮の行動様式を変えていくしかないのではないかと。

 ここからは私見も若干入るのですが、外交オプションを尽くしていないということ。抑止力、圧力は大事なのですが、もう片方を忘れてはいけないと思います。それは何かと言いますと「核を諦めたら本当に道が開かれているんだ。別の生きる道が待っているんだ」という明確なメッセージです。トランプ大統領も韓国でこの点に少しだけ言及ました。しかし、こちらも口先だけではダメなのですね。本当に核を諦めた場合に何があるのかという、こちらで自分達が提供できる「ショッピングリスト」を用意して、中国も含めて日米韓でその辺をしっかり議論していく時期にそろそろさしかかっているのではないかと思います。そうした用意があるとのメッセージをきちんと平壌に送ることによって暴発や挑発を防ぐ。

 それから、北朝鮮はああいう体制ですけれども、平和的な解決を望んでいる高官の方がごく少数かも知れませんがいるかも知れないわけですね。そういう北朝鮮内の和平派に塩を送る外交工作もやっていかなくてはいけない。

 ずっと圧力一辺倒で来ていますが、マッチョ的で父性的と言いますか、力にだけ根差した方法だけではダメなのです。母性的なシグナル、「あんたそんな不良みたいなことばかりしていないで、今みたいなことをやめたら、こんないいこともあるからさ、考え直してみてよ」といった「安心供与」のシグナルも重要なのです。敵対的な勢力が戦略的な決断を行うにあたって、脅しと威嚇のメッセージに加えて、本当に態度や行動を変えた時に「大丈夫だよ」という安心供与。それをどう創出して具体的なメッセージを送っていけるか。そこが問題解決への出口戦略に結びつくはずです。

 残念ながら、今のところ安心供与のシグナルは見えません。先ほど申し上げたようにティラーソン国務長官が口を滑らせてしまった話、つまり米中間で北朝鮮崩壊に備えた協議をしているとの情報は安心供与を損なう行為で、「やっぱりあいつらは中国と一緒になって俺たちが潰れるのを待っているんだ」と心証を北朝鮮に与えかねません。その意味でティラーソン長官は外交コミュニケーションに失敗しているのですね。これもトランプ政権の外交政策に一貫性がなく、いわば支離滅裂な側面があることの表れだと思います。不要な武力衝突とその先にある核戦争だけは絶対に避けたい。これが結論です。まだ外交オプションは尽くされていません。

 最後に私の本、「偽装の被爆国」(岩波書店)の宣伝です。北朝鮮情勢を背景に日本はどんどんアメリカの提供する核の傘への依存を深めています。8月22日にアメリカのB52戦略爆撃機が日本海上空に飛来して、航空自衛隊のF15と共同訓練を行いました。アメリカの核搭載可能な戦略爆撃機と自衛隊機が共同訓練を行なったことについて、安倍政権ははっきりと、これは必要なんだと言っています。核搭載可能な爆撃機とオペレーションするということはいったい何を意味するのか。8月の訓練では核を積んでいなかったのですが、実戦になり核を積んできたらどうするのか、日本はどう対応するのか。核戦争のシナリオに空自が間接的にでも加担する可能性が将来的にひょっとしてゼロではないかもしれない。しかし、それは避けなければいけません。

 この本ではオバマ政権が進めようとした核の先制不使用政策の採用にどうして日本政府、安倍政権が反対したか。被爆国の政府が核兵器禁止条約になぜ反対しているのかについて詳説しています。原発の話も、どうしてもんじゅをやめたのかというと、選挙目的の側面があったのです。そういった話を書いていますので、ぜひご覧になって頂ければと思います。ありがとうございました。


司会 ありがとうございました。今日のシンポジウムをやろうと決めたのは、秋に沖縄で自衛隊を活かす会のシンポジウムをやった時なのですが、このテーマでやるのだったら根本的に分かるためには北朝鮮の経済が分からないとダメだよねという議論になりまして、私の頭に浮かんだのが今村弘子先生で、10年ぐらい前に集英社新書から出された「北朝鮮、虚構の経済」という本に大変衝撃と言いますか勉強になりましたので、ぜひお呼びしたいということで、いろいろなツテを使ってお呼びすることになりました。今村先生よろしくお願い致します。


今村 弘子

北朝鮮経済をどう考えるか
今村 弘子

富山大学教授

 ご紹介頂きました富山大学の今村と申します。私は太田先生とは違って高官にお会いしたことはないのですが、様々な事象、統計や公式発表されたものを見て、公式発表の裏にはどういうことがあるのだろうか、と考えています。私はもともと中国経済を研究していたのですが、改革開放前の中国経済の見方については何が書かれているかも重要だが、何が書かれなくなったかがより重要なのだと教わりました。北朝鮮経済についてもその見方はあてはまり、その観点からも北朝鮮経済をご紹介していきたいと思います。

 北朝鮮経済とは何かということですが、北朝鮮は核開発と経済発展を並進するという路線をとっていると言っています。ただ、核やミサイルの方が先行しているように見えます。来年からは経済発展に力を注ぐのではないかと言う人もいますが、本当にそうなのかということを見ていきたいと思います。

 先ほどご紹介頂きましたように私は『北朝鮮「虚構の経済」』という本を2005年に発表しましたが、その時と比べて今の金正恩時代の北朝鮮経済はどうなっているのか。

 1980年代から1990年代の北朝鮮経済について、私は「計画なき計画経済」「”被”援助大国」「ボーダー”フル”エコノミー」というこの3つをキャッチフレーズ的に使いました。

 「計画なき計画経済」とは何か。北朝鮮も一応、社会主義国ですので、計画経済体制をとっていました。貧しい国だからこそ少ない資源を分配するには計画が必要だというわけです。しかし1984年を最後に北朝鮮は長期計画を発表しておりません。計画すらも立てられなくなっていました。昨年(2016年)には長期計画を作ったと言われていますが、目標数字などは公表されていないので、どんなものかは分かりません。

 「計画なき計画経済」の中で何が起こっていたのか。1990年代半ばに北朝鮮は「苦難の行軍」を強いられました。「苦難の行軍」とは何か。1990年代半ばから、日本のテレビでも北朝鮮動の動静が放映される回数が増えてきましたが、その中にはコッチェビと呼ばれる浮浪児達が、道端に落ちている食べ物を口にするという衝撃的なニュースなども流れていました。いかにして生き残るかが重要な課題でした。

 2つ目の「”被”援助大国」と言うのは、1980~90年代にかけて日本が援助大国と言われていたので、援助を多く受け取る国ということで「”被”援助大国」と言ったわけです。援助を供与していたのはソ連や東欧、中国などの社会主義圏です。ところがソ連・東欧が崩壊すると、北朝鮮が受け取る援助が激減しました。それも経済面のつまずきの1つでした。

 また1990年にソ連が、1992年には中国が韓国と国交を結びました。1970年代後半のデタントの時代に日米が北朝鮮と国交を結び、中ソが韓国と国交を結ぶというクロス承認が唱えられていたことがありましたが、日米はまだ北朝鮮と国交を結んでいないのに、中ソが韓国と国交を結ぶ状況になったわけです。さらに追い打ちをかけるように1994年に金日成が亡くなり、1990年代の半ばには自然災害が続き、「苦難の行軍」の時代になりました。

 そうすると何が起こってくるか。物がない、物がないから計画も立てられない、計画を立てられないから統制ができない。統制できなくなったことによって何が起こってきたか。自然的、なし崩し的に市場が発生してきたわけです。

 それは、マーケットエコノミー、つまり市場(しじょう)経済というよりは、市場(いちば)経済、バザールエコノミーと呼んだほうが、相応しい状況でした。北朝鮮経済は統制できなくなったわけですが、反対に統制をしようとすると経済状態が悪化してしまう状況になってしまいました。

 1990年代半ばには北朝鮮の経済は非常に悪かったわけでが、2000年代になって少し回復して来ました。回復すると統制を強化しようとする。例えば2005年には配給制を正常化しようとしました。北朝鮮は配給をやめたわけではなく、正常に行えなかっただけなのだということです。配給制を正常化するために、市場の機能を抑えようとしました。ところが思っていたよりも物資が集まらなくて配給が出来なかったので「配給の正常化」の試みをやめざるを得なかったわけです。

 また2008年には市場を不活発にするために、市場で店番を出来るのは45歳以上の女性だけにしました。男性や若い女性は生産現場に行って働きなさいということです。でもそれが出来ないほど市場はすでに活発化し、配給はできなくなっていました。2009年にはデノミをやったわけですが、これもうまくいかなくて最終的には経済を統制しようとしなくなっています。金正恩は統制しようとしないので、ある意味では経済が自然発生的にうまくいっています。制裁の効果はまた後でお話しします。

 3つ目の「ボーダー”フル”エコノミー」については、当時、ボーダーレスエコノミーという言い方が盛んに言われていたので——今はグローバル経済と言っていますが——、それと真逆にあるので「ボーダー”フル”エコノミー」という言い方をしました。

 北朝鮮は1984年に外資導入のための法律を作っています。中国から遅れることたった5年で外資導入法を作っていたわけですが、中国のように豊富な労働力があるわけでも無いし、広大な市場があるわけでも無い、何より1970~80年代の債務未払い問題が解決していない状況では、北朝鮮に投資をする国はほとんどありませんでした。それでも中国が1990年代後半から少しずつ、2011年になってから以前より大規模に対朝投資をはじめました。また南北朝鮮の関係が良かった時には、韓国が開城工業団地を作ったり、観光客を送り込んだりというようなことで多少はボーダーが開いたのですが、今は貿易相手の9割が中国という状況になっています。

 先ほど太田先生から、これから経済制裁の効果を見極めていこうという話がありましたが、何を以って効果があったと言うのか。確かに貿易は減り、表向きの外貨収入は減少しています。それに対して、ハッキングをしてセキュリティの弱い銀行から外貨を移動させる、あるいはもっとセキュリティの弱い仮想通貨を移動させているようです。

 何のために経済制裁をやるのか。一義的には核・ミサイル開発を止めさせるためということであれば、制裁の効果は上がっていないように見受けられます。現在の制裁で最も影響を受けているのは北朝鮮の一般の人々です。先ほど言ったように、なし崩し的な市場が起こってくる状況で、今、何が起こっているかというと、金主(トンジュ)という人達が出てきました。金主は何をしているかというとブローカーです。そういう人達が密輸や中国からの親戚訪問などによって市場で売るモノを手にする。市場でモノ少なくなればなるほど需要と供給の関係で儲かるわけです。だから最も困っているのは一般の人達ということになってきます。

 また制裁の中に航空機の燃料、石油製品などがあります。そうすると航空機を飛ばすことが出来ないので、ますます核・ミサイルに頼らざるを得ないことになる。つまりますます核・ミサイル開発に資金を集中するということが起こってきたのではないかと思います。

 10月初めには金正恩が「核が完成した」と言ったと伝えられています。素直に読めば「核は完成したから次は経済を中心にします」と読めるのですが「完成したから次は使う」とも読めるわけです。

 先ほど言ったように、一般の人達の生活が一番影響を受けると思いますが、一般の人々は1990年代の半ばの苦難の行軍を生き延びた人達ですので、いろいろな手段で生き延びるための術を知っている人達です。ただ、金主と呼ばれる人達がいるということは、貧富の格差が大きくなっているのではないかと思います。

 西側の我々からしますと、虐げられて貧困にあえいでいる人達の不満が体制を揺るがすことになるのではないか、なぜそうならないのかと思われるかもしれません。不満を持っている人達はその日を生き抜くことだけで精一杯ですので、なかなか不満を上にぶつけることが出来ない、あるいは監視体制がある中で横の連帯ができないので、大きな力にはなっていかないという状態だと思います。

 もう一つ、皆さんの中には中国やロシアは制裁をしているのかと疑問に思われている方もいらっしゃると思います。私は中国は制裁を実施していると思います。中央は少なくとも実施しています。でも中国の「山高ければ皇帝遠し」あるいは「上に政策あれば下に対策あり」という言葉が示すように、地方に行けば行くほど中央の命令を聞きません。また遼寧省や吉林省は北朝鮮と国境を接しているのですが、朝鮮族の人達もたくさんいますので、北朝鮮と取引をすることを生業にしている人達もいます。その人達に北朝鮮との取引をやめろと言っても、生活の保障をしてくれない限り生業をやめるわけにはいかないのではないでしょうか。

 ロシアはもともと取引量が非常に少ない。ソ連時代には北朝鮮の貿易相手の半分以上がソ連でした。ところが、ソ連が崩壊した後はほとんど貿易がありません。新聞などで「石油製品が去年に比べて何十倍も増えた」というような報道がされましたが、貿易統計をみるとたかだか4,000トンにすぎません。その石油製品もコールタールにしかならないような瀝青油です。北朝鮮は重油からガソリンを作る技術を持っているというような報道がなされたこともありますが、そんな非科学的なことがあるはずがありません。原油からガソリンなどの軽油を精製して残ったのが重油ですから、実験室レベルではあり得るかもしれませんが、必要量を賄えるほどではないのが現実でしょう。もう一つ、ロシアの対北朝鮮の重油価格は他の国への輸出価格と比べて2倍になっています。そうすると、確かに重油などが輸出されていますが、北朝鮮の経済を決定的に良くするには程遠いことがわかります。

 日本の北朝鮮研究者の中には「今、金正恩は瀬戸際外交をしている。」という人がいます。確かに金日成や金正日は瀬戸際外交をしていました。自分でハードルを上げて交渉して、要求が通らなければ少しハードルを下ろす。そうするとハードルを元に戻しただけに過ぎないのですが、すごく妥協したように見えます。しかし、金正恩はまだハードルを上げ続けているのではないか、瀬戸際外交をするつもりはないのではないかと感じます。

 それでは中朝関係はどうか。以前、中朝関係は「特殊な関係」と言われていました。社会主義国同士の党と党の関係がある場合を指します。ただし中韓国交樹立以降は、中朝関係も「普通の関係」になりました。今は「普通の関係」よりもっと悪くなっているのかもしれません。

 実は特殊な関係の時代にあっても中国の文革中には両国の駐在大使が自国に引き上げたこともありました。1980年代に北朝鮮は核開発を決めたと言われていますが、なぜ北朝鮮は核開発をしようとしたのかといえば「大国主義の干渉を排除するため」でした。先ほど冨澤先生のお話にもありましたが、修正主義者というのはソ連、大国主義者というのは中国のことを指します。1980年代の両国関係が「良かった」はずの時代に、北朝鮮は中国の干渉を排除するために核開発に着手したわけです。

中朝の経済関係

 それでは中朝の経済関係はどうなっているのか。(図)に示したように、一見すると1990年代になって中国の輸出が増加しています。このため「中国は北朝鮮に特別の配慮をしていた」と唱える方がいますが、それは反対です。1980年代までの清算勘定方式がハードカレンシー決済になったことによって中国の輸出額が増えているにすぎません。清算勘定方式というのは帳簿上で輸出入のバランスが取れるようにするもので、そのため中朝間ではある意味貿易額を操作していました。例えば、中国から北朝鮮への原油の輸出価格は国際価格の1/7から1/3と非常に安い「友好価格」で、食糧も「友好価格」で輸出していました。こうすることで貿易額のバランスを取っていたのです。

 それがハードカレンシー決済になって、友好価格も廃止されたことによって、原油や食糧の価格は国際価格になり、額だけが増えました。原油の輸出量は1980年代には100万〜150万トンぐらいで推移していましたが、徐々に減少し50万㌧台にまで減少しました。

 1990年代から2000年代の初めにかけて、中国の北朝鮮への輸出額が入超額より多いという状況でした。この状況が変わったのは中国が国家プロジェクトとして吉林省に長吉図開発開放先導区を作ってからです。長吉図開発開放先導区というのは、吉林省を中心として、モンゴルや北朝鮮も含めた開発計画を作っていくというものです。北朝鮮との関係でいえば鉄鉱石や石炭の開発輸入をする、或いは繊維製品の委託加工を行うプロジェクトがあり、トラックや採掘機械、ミシンなどが北朝鮮に輸出され、北朝鮮で採掘された石炭や鉄鉱石、縫製品が中国に輸入されていくことで、貿易額が急激に増えました。しかし国連の経済制裁で、開発輸入や委託加工貿易が減っています。

 先ほど6カ国協議の話もありましたが、2003年に中国は6カ国協議の議長国になりました。中国は改革開放後「韜光養晦政策」をとっていました。「韜光養晦」は本来の意味は「才を隠して現さない」という意味ですが、鄧小平は「中国が実力をつけるまでは、国際社会で目立たないようにする」意味で使っていたのですが、その方針を変えてまで中国は6カ国協議の議長になりました。ただし、先ほど太田先生のお話にもあったように、それがうまく機能していないという状況です。

 その後、中朝関係がすぐに悪くなったのかというとそうでもありません。胡錦濤政権の時代には「先経貿」すなわち「経済貿易関係を優先させます」ということで、2009年には北朝鮮が核実験をしたにも関わらず、中朝の国交樹立60周年ということもあって、温家宝総理(当時)が訪朝して、鴨緑江(おうりょくこう)に架かっている橋を新たに建設するなどの大型援助を約束しました。

 それが習近平時代になって「先非核」になっています。このためもあるのか、習近平は訪朝よりも先に訪韓しましたし、常任理事国・中国は国連の制裁決議については棄権ではなくて賛成票を投じています。

 北朝鮮にとっては対外貿易の9割が中国だと言われています。しかし、中国にとっては北朝鮮との貿易は全体の1%にも満たないような相手国ですので、中国にとっての経済的な重要性はほとんどありません。ただし先ほども言いましたが、遼寧省や吉林省には北朝鮮との取引を生業としている人達もいますので、その人達にとっては重要な相手国となります。

 中国が本当に制裁をしているのかどうか。実は2014年から中国の貿易統計では北朝鮮への原油輸出は計上されていません。実際に輸出しているのを隠すために統計に計上しないのではないか、つまり制裁していないのではないかと疑われていますが、ゼロにはなっていないかもしれませんが、多分減らしているのではないのかなと私は思います。石炭の輸入停止はきちんと行っています。

北朝鮮の核に対する中国の反応

 習近平政権になってから、北朝鮮の核実験に対する中国の拒否反応が非常に強くなっています。中国は北朝鮮をかばっているのではないかという言い方をする方が多いのですが、かなり強い調子で北朝鮮を非難しています。その例として「中国の拒否反応」一覧をみて頂ければと思います。

 北朝鮮にとって経済制裁はどうなのか。本来、制裁は軍事面に効かなければいけないのですが、ここがなかなか効きにくい。

 私は中国は北朝鮮に対して経済制裁をしているのではないかということを申し上げてきました。でも「なぜこう生ぬるいのか」と思われるかもしれません。中国にとって北朝鮮というのはある意味で非常に重要な問題なのです。昔から「中国は在韓米軍がいる韓国と国境を接したくないから北朝鮮を擁護しているのではないか」とよく言われますが、経済の面から見る限りにおいて、中国は韓国と国境を接しても何ら問題はありません。

 2000年代の初め頃、吉林省のある方が「朝鮮半島の北と南が反対の位置にあってくれれば、つまり韓国と中国、吉林省が接していれば、吉林省は中国経済のスターになれたのに」という言い方をしていました。現在中国は経済的にさらに自信をつけていますので、韓国資本や韓国人がいくら来てもびくともしません。もしかすると、THHAD設置をめぐる攻防でもわかるように、完全に中国は上位にたっていると思っているのではないか。中国は利用できるものは利用してやろうという状況です。だから在韓米軍がいる韓国と国境を接しても中国にとってほとんど問題ありません。

 ただ2つ大きな問題があります。民族問題と核物質・核技術の拡散は大きな問題だと思います。

 民族問題というのは単に難民が来るというだけの問題ではありません。中国は非常に厄介な問題を抱えています。それは少数民族アイデンティティーの問題です。はっきり言って普段中国の朝鮮族の人達は北朝鮮の人達に対して「上から目線」で接しています。しかしそこに第三者、即ち漢民族がからんで来ると、たちまち朝鮮民族アイデンティティーが生まれます。北から難民がやってくると朝鮮民族の人達と結びつく可能性がある。下手をすると韓国の人達とも結びつくかもしれません。そうすると、これは朝鮮民族だけの問題にとどまらない可能性もでてきます。

 中国にはウイグル族やチベット族など55の少数民族を抱えています。少数民族が多く住む自治区の多くは国境付近にあります。朝鮮民族アイデンティティーは、他の少数民族にも飛び火して、少数民族アイデンティティーを掻き立てる可能性がありますので、なんとかして避けなければいけない。中国では「大一統(王者の統合を尚ぶ)」の概念があり、どこかで独立運動が起こるようなことは決して認めることはできないのです。

 核物質・核技術の拡散も問題です。もし北朝鮮が崩壊して誰も管理する人がいなくなった時に、例えば核技術が中央アジアなどに流出するかもしれない。もしかするともう既に核技術者の人達がどこかの国にスカウトされることで北朝鮮は外貨を得ているのかもしれませんが、中国にとって核技術が拡散することは到底容認できないわけです。

 北朝鮮が崩壊した場合、この2つのことが起こり得ます。そのため中国は決定的には北朝鮮を締め付けることができないわけです。


柳澤 協二

政治と軍事の両面から
問題を捉える
柳澤 協二

自衛隊を活かす会代表
元内閣官房副長官補

 北朝鮮問題については、岩波書店の月刊誌「世界」の2月号に、軍事戦略的な観点で私なりに言いたいことを全部書かせて頂いております。今は日本人が戦後70年で初めて戦争の恐怖に駆られている時期で、「やっぱり力がなくちゃダメだ」というのは気持ちは分かるのだけれども、やっつけなければダメだという議論は、議論そのものからして「戦争が嫌だから戦争をしてしまえ」みたいな議論になってしまっているのですね。

 やはり我々は軍事、戦争というものをきちんと理解した上で、何をどう恐れるのかということを考えなければいけません。今、皆がこの道しかないと思っている時に、私はどうも若干ひねくれて「そうじゃないんじゃないの」ということを言い続ける、そういうメッセージも是非必要だと思っていろいろやらせて頂いております。

 1つ目はアメリカの抑止力の話です。先程、冨澤さんのお話にもありましたが、ミサイルって100%防げないよね。じゃあ、敵基地を撃たれる前に撃てばいいじゃないか。でも、敵基地に先制攻撃のミサイルを撃ったとしても、特に巡航ミサイルなんて足が遅いから、敵基地まで飛んでいく前にミサイルを撃たれてしまうだろう。だから敵基地攻撃も100%じゃない。だから、アメリカの報復というものを考えないとこの話は完結しない話にならざるを得ないわけですね。

 去年の2月14日の予算委員会の冒頭の質問への答弁で、安倍首相がおっしゃったことはすごく大事なポイントだと思います。北朝鮮がミサイルを撃った時にはミサイル防衛をアメリカと一緒にやるんだ。しかし、万一撃ち漏らした場合にはアメリカが報復してくれる。それを確実なものとして北朝鮮が認識しなければ、北朝鮮は冒険主義に走るかもしれない。だから私はトランプと仲良くするんだと、こういうことを安倍首相はおっしゃっている。これは報復による抑止力の認識として、正しいことを言っておられると思います。

 ただこの理論はやはり抑止力ですから、いくつかの確からしさの上に成り立つ議論なのですね。1つは「日本が攻撃されたらアメリカが報復する」ということが非常に確からしいことでなければいけないわけです。もう1つは「アメリカの報復が怖いから北朝鮮は撃ってこない」という確からしさがなければいけない。

 この2つの確からしさが成り立つかどうかということですが、「アメリカが報復する」と言ったって、北朝鮮は自分が攻撃されればアメリカ本土にせめて一太刀、核をぶち込むぞと言って、アメリカに対して弱者の脅しをするわけです。アメリカは自分の本土の都市が一つ火の海になることを甘んじてまで報復を決意するかという、そこの確からしさが実は100%じゃないということになる。

 アメリカが報復するとしても、北朝鮮の全土を壊滅させるような報復になるのか、いくつかの核施設をやっつけるぐらいだよ、体制に影響ないよということを考えれば、北朝鮮は従わないかもしれない。だから、実は確からしさは100%ではない。論理的にはそうならざるを得ないのだろうと思うのですね。

 だから、アメリカと一体化しなければいけない。一体化すればその報復が確かになるのだろうということで、見捨てられないために巻き込まれるという方向にならざるを得ないのだろうとなんです。

 もう一つ重要なことは、万一撃ち漏らした場合ということは日本に着弾しているということですからね。それが核だったらどうするんですか。報復があるから安心していられるという話ではないのではないか。

 ということで、この報復による抑止力の話というのは決して平和な話ではないし、そのまま安心していい話でもないということを指摘しておきたいと思います。

 では、どうすればミサイルから守れるのか。先ほど申し上げたように、飛んできたミサイルを全部撃ち落とすことは出来ないわけです。だから、アメリカに楯突く弱小国がミサイルを持とうとする動機になっているという意味で、ミサイルというのは非常に厄介な代物ということなのです。

 敵基地攻撃も100%ではない。だからアメリカの核の傘、報復が必要になるということですが、しかし、それも理屈から言うと、どうも100%ではないのではないかと。

 そこに疑問を呈した場合には、これはもう防ぎようがなくなってしまうことになるわけです。

 そうすると、ここで発想を変えてみないといけないのではないか。

 脅威とは何か。脅威という言葉を軽々しく使うべきではないと思いますが、我々防衛に携わる者は、我が国を攻撃する能力を持った相手が、我が国を攻撃する意図を持った場合に、それを脅威と呼ぶことにしているわけです。

 非常に単純な発想の転換なのですが、「我が国を攻撃する能力を防ぐことが出来ない」ということが前提になるとすれば、脅威をなくすためにはどうしたらいいか。つまり、「我が国を攻撃する意図」をゼロにすれば、掛け算の答えはゼロということになるわけです。ただ、その意図というのは変わりうるので、「持つまでに長い期間が必要な能力に着目して防衛力を持つんだ」というのはそれはそれで間違ってはいません。

 しかし、意図は変わりうるけれども、物事は戦争ですから、何も問題がない相手からいきなり日本を攻撃する意図が出てくることはあり得ません。インドもパキスタンも核を持っていますが、我々が脅威と思わないのは何故か。そういう意図が生じないだろうと思っているからです。意図が生じないということは「日本と戦争をする動機がない」ということだと思うのですね。

 そうすると、北朝鮮が日本に撃ってくる動機とは何だ。北朝鮮が日本に撃ってくるということは、戦争を始めるということですね。北朝鮮は誰と戦争を始めるのか。それは日本を潰したいからではないですね。日本と北朝鮮の間に固有の戦争要因は多分ないと私は思います。そうすると、なぜ撃ってきたくなるのかと言えば、そこに米軍基地があるからです。米軍基地に対する恐怖から撃ってくる動機が生まれるのかもしれないねということですね。

 だから、先ほど太田さんもおっしゃっていたように、やはり安心供与が必要です。「どういうことをしなければ攻撃されないんだよ」「どういうことをすれば攻撃されるんだよ」という、安心供与が必要になってきます。そういう中で、米朝の緊張緩和——日朝の緊張緩和ではないのですね——、あくまでも米朝の緊張をどう緩和するかということが、日本にミサイルが飛んでくる恐怖を和らげる最大のやり方なのではないかということです。

 それでは、今やっていることは何だと言えば、北朝鮮に核を放棄させようとしていろんなことをやっているわけですね。圧力外交、あるいは戦争の威嚇によって、圧力を加えるような手法を取っているのだけれども、このやり方は何だと言ったら、「戦争をしそうだ」ということが本当に確からしくなければ、戦争による圧力は効かないわけです。

 しかし、「戦争をしそうだ」ということが本当に確からしければ、向こうは怖がって先に仕掛けてくるかもしれない。つまり、アメリカは今、非常に難しい戦術を取ろうとしているわけですが、実は私はその戦争はないと思っているのです。戦争するだけの動機と言うのか、戦争をしていいだけの条件がない。

 戦争をしていいだけの条件とは何か。1つ目にはまず戦争に勝てなければいけないわけです。多分アメリカは北朝鮮に勝てるでしょう。

 2つ目の条件は何か。戦争というのは相手は当然抵抗してくるわけですから、その抵抗によってこちらが被る損害が許容可能な範囲にとどまるのかどうか。戦争を始めてソウルが火の海になってしまったら許容可能ではないだろうということになるわけですね。そこのところがどうもはっきりしない。

 3つ目にもっと大事なことは、武力で体制を潰すことは出来ると出来ると思います。でも、体制を潰した後はどうするんですか?統治を失ってしまった2,000万の北朝鮮の人民をどうやって管理するのか。核の管理も含めて、とにかく大混乱になってしまう。つまり、戦争に勝つことは出来ても戦争に勝った後の秩序が展望出来るかどうかというのが、戦争の条件の1つということです。イラクでもアメリカはそこで失敗しているわけですから、この条件が出てこないと、いかなアメリカといえども戦争に踏み切ることは出来ないだろうというのが私の結論です。

 したがって、どんなに言葉で脅したって、間違いがない限り戦争になるということは無い。間違えない保証はないだろうと言われればその通りなのですが、戦争になることが無いと思えば、圧力をかけたとしても効かないだろうという話になっていくわけですね。ここはもうすごく難しい。

 もう1つ考えなければならないことは、戦争の目的は何なのかということです。政治目的は、北朝鮮に核を手放させることですね。それを戦争以外でやれないだろうかということです。太田さんから1994年当時の話を聞いて、やっぱり他の手段があったわけですよ。そういう時にリスクの大きい戦争というのはなかなか難しいだろうということを率直に考えざるを得ない。

 そういうことで、戦争とは何だと言えば、戦争とは相手の意志を変えるための究極の強制手段です。強制して意志を変えさせることが出来ないのであればどうするか。利益誘導するしかないだろうということになってきます。しからば、どういう利益を与えればいいのか。それは一言で言えば体制の保障ということなのですが、なぜそれが難しいか。今更そんなことを言えば外交的敗北になって、トランプ政権が持たないということになるからだと思うのですね。そこのところをお互いの外交的敗北にならないような交渉への持って行き方を巡って、今、いろいろな試みが行われているはずなのだろうと私は思っています。

 そうやってアメリカが交渉を始めてしまうと、日本にとって非常に厄介な問題が出てくる。それは核を持った隣国が新たに出てくるということですね。今までアメリカは第2次大戦後の戦争の中で核保有国と戦争をしたことってないんじゃないの、という心配が出てくるわけです。

 もう一つは北朝鮮が核をチラつかせて、日本にいろいろな無理難題を言ってくるのではないかという不安もあるわけですね。

 そこからどうするかと言えば、アメリカがあてにならないのであれば、自分で核を持たなければいけないのではないかという議論まで進んでいく。そういう主張も一部に出てくるのだろうと思います。それをどうするか。仮に唯一の被爆国である日本が核武装をしてしまえば核の道義的なマイナスの根拠がなくなってしまうので、「あの日本すら持つのだから」ということになれば、核の拡散を止められなくなると私は思っています。そうすると、核が怖いからといって核を自ら持った結果、世界中に核が拡散して、核に取り囲まれるという、こういう世界が目に見えているのではないかと思います。

 考えてみれば、今まで核を持ってお前のところに核を落とすぞと言って外交交渉をした例というのは無いと思うのですね。そんなことが成功するのだろうか。核は本当に自衛のための本当の最後の手段として存在すること以外の正当性が今は国際的にも認められていないわけですから、これを最初に外交のカードに使うというのは、私はそれは目的から合理的な手段ではないと思っています。

 やはりここはひとつ発想を変えて、核の傘に頼るということよりも、本気になって核の脅しに屈しないという覚悟が必要だけれども、核の違法化をもう一度日本が旗振り役になって進めていくということも必要なのではないかと思います。

 最後に、私はここでもう一度、専守防衛を見直したいと思っているのです。一つは例えば日本が敵基地攻撃能力を持ったり、戦術核を持ったりするというようなことで、日本自身が相手に恐怖を与える、それは相手にとって戦争の動機を作ることにもなるわけですから、自ら他国に脅威を与えて、自らが戦争の火種を撒くようなことはしないというのが専守防衛の中身の一つだと思います。

 もう一つの中身は、今の核の危機の問題というのは米朝の問題なんですね。主たる要因としては。では、そこに日本が当事者として入っていっちゃっていいのかという、つまり、専守防衛の第二の中身として、これは集団的自衛権にもつながる話ですが、他国の戦争に入って行くのかどうかということが問われてくるのだろうと。その二つをやらないというのが専守防衛の戦略論なのですね。

 確かに、守るだけでは戦争には勝てない。戦争には勝てないけれども、日本という国は攻めてきたやつを跳ね返すようなことを繰り返して相手の疲弊を待つのだけれども、戦争の技術としてはね。しかし、相手を滅ぼして戦争に勝つような政策は取らないということを宣言してきたということなんじゃないかということです。それをもう一回改めてこの北朝鮮の核の問題を契機に、やはり私は考えざるを得ないかなと思っているわけです。

 そこで、加藤さんと伊勢﨑さんにもコメントを頂きたいのですが、私から3人のゲストの皆さんにそれぞれ1問ずつお答えを頂きたいと思っておりますのは、冨澤さんには、私の言っている専守防衛というのは結局、一国平和主義ということになってしまうと思うのですが、しかし今、北朝鮮の核問題を巡って考えてみると、それはアメリカの主導する核秩序を守るということで、そのために米軍の基地が安保条約に基づいて日本にあるわけですね。日本の米軍基地というのはアメリカの世界秩序の維持ために非常に大事な役割を果たしていると思うのですが、だから日本が一国平和主義でないという選択は、米軍基地を守るためには多少のリスクを我慢しなければいけないということになる。良い悪いではなくて、そういう帰結になるということなんですね。ということをあえてご質問させて頂きたいということです。

 それから太田さんには、先ほど触れられていなかったのですけれども、日本が仮に核武装をする。もちろん核武装をすれば相手に対して核を放棄しろという主張はものすごく難しくなるのは当然なのだけれども、それは今の国際社会の中でどういう意味を持っているのか、あるいは核の傘は本当にどれだけの信ぴょう性を持っていると考えればいいのか。その辺を改めてお聞かせ頂きたいと思っています。

 今村先生に経済の立場からお伺いしたいのは、よく我々も北朝鮮はいずれ崩壊するのではないかと言われているようなことを考えていた時期があったのですね。それはカロリーベースで見た時の食糧の配分率がものすごく低くなっていることもありますが、ただそれって、ある意味で終戦直後の日本と同じぐらいですから、日本が生き残ったのなら北朝鮮も生き残れるんじゃないかという議論をしたことがあるのですが、北朝鮮が経済的に破綻するというのはどういう形で起きてくるのか。あるいは破綻はしないと考えたらいいのか、その辺を補足して頂ければと思っています。

 言いたいことと聞きたいことを全部申し上げた上で、加藤さんと伊勢崎さんにマイクをお渡ししたいと思います。


加藤朗

加藤 朗

桜美林大学教授
自衛隊を活かす会呼びかけ人

 それでは私の方から簡単に、非常に短く質問をしたいと思います。

 一番目に冨澤さんと柳澤さんに質問なのですが、今の米朝関係の対立の根本は、要するに柳澤さんは米朝の二国間関係だとおっしゃっています。冨澤さんのお話を考えてみると、これはある意味で国際秩序の問題だとおっしゃっています。国際秩序の問題ならば日本も係わらざるを得ないだろうと。このお二人の意見の違いをお伺いしたいと思います。

 それから太田さんには安心供与の問題ですが、安心供与は6カ国会議で失敗したのではないかという気がしております。それからもう一つ、経済制裁が効いたどうかですが、今村先生もおっしゃられるように効果の程は分からないと言うよりも、効果の程が出て来た時には戦争よりもひどいことになるということです。多くの方が勘違いしていらっしゃいますが、経済制裁って戦争よりもひどいですよ。非人道的です。これだけは覚えておいて下さい。湾岸戦争の時に1990年8月に経済制裁がかかりました。この経済制裁が解除されたのは2003年5月です。途中、1995年にあまりにも経済制裁がひどすぎたので、緩和したことがあるんです。イラクのフセイン大統領は経済制裁の最初の10年間で100万人が死亡したと言いました。これは多すぎるのですが、信頼できるNGOが計算したところ、10年間で10万人、しかも、女性、老人、子ども、弱者だけが死んでいっています。つまり、2万人程度しか死ななかった戦争よりもはるかに深刻なんですね。経済制裁というのはあまり軽々と使うべきものではないと私は思っているのですが、北朝鮮側から考えたら、そんなひどい経済制裁をかけながら安心供与もあったものじゃないだろうという気がします。

 それから、今村先生についてはもう柳澤さんの質問と同じです。

 最後に柳澤さんに是非とも聞きたい。我々は核の脅威に屈しない覚悟をどうやって作るのでしょうか。その覚悟さえあれば我々はもう全然問題ない。こんなことを論じる必要はないのですよ。という4点です。


冨澤暉

冨澤 大変良い質問を頂きました。加藤先生が間をとって頂いたのですが、柳澤さんは日米安保条約という集団的自衛権の関係においてどうかという話。加藤先生は冨澤が言うのはそうではなくて、国際秩序の話なんだと。まさにその通りです。

 まず日米安保というのは、よく誤解されているのは、アメリカが日本を守るためにやっているということがあるのですが、そんなことは最初から無いのですね。米軍が日本に基地を置いているのは日本を守るためではなくて、アメリカがリードして世界秩序を守るのに日本の基地が都合が良いから置いているわけです。

 じゃあ、日本の防衛のためには何にもならないから帰ってくれと言えるかというと、そうではないので、やはりアメリカが日本に基地をおいて世界秩序を守っているからこそ、日本が平和だというふうに私は考えるわけです。

 今、トランプという人が勝手にアメリカファーストと言っているのですが、私はそんなに気にしていないのですね。先ほどマクマスター大統領補佐官の話が出ましたが、なかなかのスタッフが揃っていましてね、勝手にトランプの言うようには出来ない。トランプは「メイク アメリカ グレート アゲイン」と言っていますが、私はグレート アゲインが成り立った時には必ずアメリカは世界秩序の維持に責任を取らざるを得なくなると考えています。アメリカはそれだけの力を持っています。今、多極化と言われていますが、全然違います。中国が逆立ちしたってアメリカには勝てません。

 これからはアメリカと日本が組んでやるのではなくて、今までもそうだったのですが、アメリカを中心に世界中が、中国やロシアなどの大きな国も口では悪口を言いながらも、時々かすめ取るような悪いことをしながらも、結局、アメリカ中心の世界秩序を守っていこうとしているわけです。

 それに対して文句を言っている国々があるわけです。5大国中心で何でもやっているのはけしからん。国連中心で——国連とはそういうものですからね——、けしからんという国はあるのですが、そういうのをアメリカはローグステイツ、悪漢国家だと言っているわけですね。

 じゃあ我々は悪漢国家になるのか。悪漢国歌になったって我々は生きていけないですよ。だからやはり、アメリカだけではなくて、アメリカを中心とするいろいろな国々と一緒になって、その世界秩序維持の機構の中で自分の出来ることを——嫌いなことまでやる必要はないと思いますが——、それなりに義務を果たして、私の本を読んで頂くと分かるのですが、集団的自衛権を大事にするのではなくて、集団安全保障——というと国連かと言われるのですが国連だけではありません。いわゆる有志連合も集団安全保障です——、そういう形で世界の国々と歩調を合わせて世界の秩序を維持していく。その跳ね返りが日本の平和に戻ってくる、という考えで私は一貫しております。


太田昌克

太田 ありがとうございます。お2人の大先生に質問を頂いて、一介の新聞記者の私が何をか言わんやという感じなのですけれども、加藤先生のご質問から。

 安心供与の問題ですが、確かに2005年9月の6カ国協議の共同声明は、とてもよく出来ている文章です。米国は核兵器でも通常兵器でも攻撃したり侵略したりする意図はないと宣言し、ニュアンスとして金体制の保証を示唆している。それに付随してエネルギー支援など経済支援の見返りも示し、検証可能な非核化の実現が明示されており、非常によく書かれている。ただ問題は、あの共同声明はあくまで基本原則なわけです。その後、どうこれを具体的にどういう手順で履行するかという点は次の交渉に委ね、これ以降、ま2006年の初核実験までどん詰まってしまったのです。

 この間、北朝鮮は二兎を追って、すぐに核開発をやめなかった。

 アメリカもアメリカであの時、二兎を追っていたのです。本当に北朝鮮を信用していいのかという疑念がブッシュ政権内にあり、共同声明が出されるのと同じタイミングで、北朝鮮と大きな取引のあるマカオの銀行への金融制裁に着手しますこれによって、共同声明がせっかくできあがったのにお互いが疑心暗鬼になっていくわけです。

 基本原則のいい文章が出来て、安心供与も書かれている。しかし、仏は作ったけれども魂が入らなかった。それが2006年の核実験に繋がる。そこに至って、ようやくブッシュ政権は、これではまずいということで、いよいよ非核化履行へのプロセスを具体化させていくわけです。

 オバマ政権が出てきて、それを引き継ぐという意思を表明していたにも関わらず、北朝鮮はオバマ大統領がプラハで「核なき世界」の演説をやる数時間前にミサイルを発射しました。これにオバマ政権非常に怒るのですね。

 さらに、2012年には「閏年合意」というものを作って、アメリカもある程度の支援を準備して、北朝鮮も核・ミサイル開発をフリーズする方向に向かいつつあったのですが、今度は指導者になったばかりの金正恩氏がミサイルを撃ってしまう。これでもうアメリカは「北朝鮮は信用出来ない」ということになり、以降「戦略的忍耐」、すなわち北朝鮮が性根を入れ替えるまではまともな交渉はしないという政策に固まってしまったのですね。それが現在の深刻な帰結を招いているわけです。だから、安心供与の理念は紙に書かれたのだけれども、その履行プロセスがいまだ出来ていないわけです。

 ここはやはり一度冷静になり、北朝鮮にはミサイル実験や核実験を止めて頂いて、2005年の6カ国協議の共同声明の理念に戻るということがまず必要ではないかと考えます。その上でお互いが履行プロセスをきちんと作って行く。そして非核化のプロセスはもちろん検証可能なものにしなくてはいけない。そこに問題解決へ向けた1つの突破口があるのではないかと思います。我々は決して2005年9月の共同声明を死文化する必要もないし、ことさらに圧力、軍事力を見せつけるのではなくて、「あの時の文章もあるんだよ」と、こまめに北朝鮮に注意喚起していくことが必要ではないかと思います。

 それから、経済制裁のお話も本当にそうですね。非人道的です。外交交渉をやっていくにあたって、セオリーとして多くのカードを持った方が、ポーカーゲームのように手札がおおい方がいいという戦術の原則があり、制裁もその一つの手札であることは間違いない。後に外交交渉をやるのに備えて手札を増やしておいて、こちらが欲しい非核化の見返りとして制裁を解除する、そうやって相手の譲歩を最大限引き出す。核やミサイルの削減、最後は撤廃交渉に持ち込むのが理想的なシナリオだと思います。

 だから手札を増やすという意味では外交のセオリーなのですが、加藤先生がおっしゃられた問題について、今村先生からもご指摘がありましたが、非人道的な帰結を招かないやり方はないのかという点にも留意する必要がある。韓国が今年9月の日米韓首脳会談の直前に国連機関を通じて800万ドルの人道支援パッケージを提案したら、日本とアメリカにボロクソに言われた経緯があります。タイミングとして今行うのはなかなか国民感情的にも難しいかもしれないけれども、普通の市民に制裁のしわ寄せがいってはならない。経済的な戦争によって何の罪も無い人達が死んではいけないわけです。

 それを防ぐための人道支援パッケージという選択肢もあるわけですから、最初からその道を閉ざすのではなくて、そこも選択肢として考慮に入れながら、北朝鮮の普通の市民には「悪いのはあなた達ではないのですよ。核・ミサイル開発をやっている上の人達が悪いんですよ」というメッセージを同時に出していく必要があるのではないかと考えます。

 柳澤先生のご質問なのですが、これは本当に壮大なテーマで、日本が核武装したらどうなるのかという話だと思うのですけれども、これは技術的な話と、倫理・哲学などの精神論の2つに分けて論じたいと思います。

 私は日本が核武装しても何のメリットもないと思います。北朝鮮にとっては核攻撃のターゲットが増えるわけですし、日本が第1撃をやられた後、第2撃で報復できる絶対的な抑止力が持てるのかといったら、疑問であります。

 まず技術的な話ですが、私は昔、1960年代にケネディ政権で核戦略をやっていたロジャー・ヒルズマンという戦略家と1回話をさせて頂いたことがありまして、その時に日本の核武装について議論をしたんです。ヒルズマンさんは「核武装というのは大国のゲームだ」とはっきり言われていました。どこかの都市が一つなくなったとしても、まだ核を投げ合えるというのは、過酷な、本当にシビアなとんでもない世界です。だから、日本みたいに狭いエリアに大都市が集中していて、例えば東京に水爆が飛んできたらそれで国家機能が壊滅してしまうような国が抑止力と称して核を持ったとしても、現実では通用しない。核を持った上での核抑止論とは大陸国のゲームなのだ、とヒルズマンさんはおっしゃられたんですね。

 だったら潜水艦で核を持てば良いかという議論もあるのですが、私はそうは思いません。仮に潜水艦で核を持ったとしても、そのコマンド・コントロールをどこが握るのかといったらやっぱり都市機能を備えた政治の中枢なわけですから、そこを敵が先に叩けば日本の核報服力を無能化できす。つまり日本が持っても逆に安全保障上の脆弱性が高まるだけで、技術論的には何の意味も無い。むしろリスクを高めるだけだと思います。

 次に倫理、哲学などの精神論の話ですが、私はこちらがもっと大事だと考えます。

 広島と長崎にかつて原爆が落とされました。1945年8月6日、9日から1945年12月31日までに21万人前後の方が亡くなりました。そして今も多くの被爆者の方が放射線の苦しみに耐えていらっしゃる。私には仲良くさせてもらっている被爆者のおじいさんがおられるんです。爆心地から800メートルぐらいにおられたんですね。広島一中というところで被爆されて、推定線量で4グレイほど浴びられたのです。血液を採りまして染色体がどう変化しているか、どう傷つけられたか、詳細に分析すと、だいたい放射線量が分かるんです。4グレイは半致死量です。

 この夏ごろから、造血機能が不全になられました。ガンでこれまでに十数回手術をされていまして、今回もガンの手術をしたいのだけれども、造血機能が悪くて血液を作れない、だから手術を受けられないというのです。この前も「わしはもう2年の命だ」と言われるのですね。そして「言いたいことを言って、核廃絶目指して頑張るから、太田さんもがんばってください」と広島弁で言われるのですが、その造血機能の障害も単にご高齢だからというわけではなくて、確実に放射線が影響していると考えます。被爆時に4グレイを瞬時に浴びていらっしゃる方ですから。そうした意味で、今も戦争被害が続いているんです。

 そんな核戦争被害を今も背負っている日本という国が「北朝鮮も核兵器を持ったから私たちも持ちましょう。いざとなったら抑止力が効くんです」なんていう議論をしたら、これまで72年間、核兵器が使われなかった「核のタブー」が一気に危うくなります。この国には原爆で苦しんでいる人がまだ多くいらっしゃる。国家予算で相当な手当をして、被爆者の方を国民全体でお支えしている。そのような国が核兵器を持つとは、一体どういう意味を持つのか。

 また核兵器を持つということは、核を使用する計画が必要です。通常、軍部が核作戦を作るわけです。日本ならそれはアメリカと一緒にやるかもしれませんが、つまるところ有事に日本が核を使うシナリオを想定するということです。

 核を持った被爆国が「核廃絶をしよう」とか、「核はダメだ」とか、そうしたことを国際社会で訴えても、どれだけの説得力があるか。「これまで被爆者が核攻撃の惨禍を世界で訴えてきたが、その国が核を持ってしまった。被爆者の話は何だったんだ。核はやっぱり使える兵器なのか」という間違えた新たな認識を国際社会に醸成する恐れがあるのですね。

 私も20年余、広島を記者生活の振り出しにして、ずっと核のことを追いかけてきたのですが、そういった日本の生き様と言いますか、日本のあり様と言うのか、朝鮮の方や中国の方もおられたけれども、無数の日本の民族、同胞が瞬時に殺戮されている。そんな原爆投下は許されるわけがない。まさに戦争犯罪です。

 そんな戦争犯罪、同じような過ちを繰り返すかもしれない道にわれわれ日本の民族が向かっていいのか。良識ある日本人がそれに同調するのか。それは、明らかな人道的な退廃、モラルの退廃以外のなにものでもないと思います。そういったモラルの退廃を世界に発信して、新しい核保有国を誘発するような事態は絶対に招いてはいけない。それも日本に課せられた人類に対する歴史的使命かと思います。少し感情が入りました。すみません。


今村弘子

今村 北朝鮮は経済破綻しているのかどうかですが、経済破綻をどうみるかだと思います。21世紀の近代国家という観点からすれば、もう経済破綻していると思います。国が国民の最低限の生活も保障できないという意味において経済は破綻しています。日本は第2次世界大戦後もなんとか乗り切れたのだから、という話がありましたが、私は北朝鮮の話をする時には、あまり自分達の基準で考えない方が良いと考えています。

 例えば、アメリカや日本の基準からしたら、すぐにでも崩壊するのではないかとの観測があります。私は「江戸時代だって『農民を生かさぬように殺さぬように』で260年続いたでしょう。今の北朝鮮が江戸時代だと思えば、まだ続くかもしれませんよ」と話しています。

 カロリーの問題の話がありましたが、北朝鮮の人達は明らかに体格が小さいです。だから今、南北統一したとしても、どの人が南出身でどの人が北出身の人かというのが一目で分かります。反対に言えば、基礎カロリーが少なくても済むようになっています。

 つまり、国家としては経済は破綻しているけれども、1995年を生き抜いた人達は自分達で生きる術をなんとか見つけ出しているという状況なのではないかと思います。


柳澤協二

柳澤 ありがとうございました。私に加藤さんからご質問を頂いたのですが、それと関連しますので、その前に先ほど冨澤さんに申し上げたのがすごく言葉たらずだったかなと思うのですが、私はこの際、集団的自衛権だからけしからんとか、そういう議論をしていくつもりは全くありません。

 集団的自衛権、あるいは米軍基地が存在すること自体がそうなのですが、それはアメリカの国際秩序、私の言葉で言うとアメリカの覇権の維持の為の手段として米軍基地があって、そのアメリカの覇権によって日本もずっと裨益し続けてきたわけですね。

 ところが、北朝鮮からミサイルが飛んでくるかどうかという話に限って言えば、その北が撃ってくる動機がアメリカ軍の存在であるとすれば、そこにズレが生じてしまっているのではないか。

 したがって、北の核・ミサイルのリスクは「日本の安全の為です」という説明は通らないので、だから、国際秩序を維持するという、その為のリスクだという説明をしなければいけないことになるのではないか、ということを申し上げたかったわけです。

 覚悟の話ですが、核でやられてしまったらそれは大変だと思うのですが、ただ問題はそういう国があるとして、しからば日本も核を持って、軍事的な力を持ってそれに対抗して、安心出来るかということなのです。軍事的な力で対抗しようとする政策で、本当に我々は安心が買えるのだろうかということを考える。軍事的な優越を追求することによって安心が買えないとすると、じゃあ何によってやるんだということです。

 それは、脅された時は耐えなければしょうがないだろうというだけの話であって、私自身もそんなに深刻に物事を考えないタイプなので、得な性格だとよく言われるのですが、結局それは、何か自分以外のもののためにリスクを負うことを我慢するのか。あるいは、ずっと受け継いできた自分自身のアイデンティティーのためにリスクを甘んじるのかという、そういう選択の話になるのだろうと思います。

 政策としては核の不当性を訴えて、国際世論を味方につけて——これは結構な力があると思います——、本当に撃ってみろ、撃ったらお前は末代に渡って——昔の日本がそうであったように——、自分が犯したことの罪にお前の民族は歴史が終わるまで苛まれるんだぞと。その苦しさをお前たちは分かっているのかと。

 そういうことを日本自身が忘れてしまったら、私は70歳を過ぎたから言えるのかもしれませんが、それはしょうがないだろうと。やられるときはやられるんです。戦争というのは。

 ただそれに耐えた上でどうするのか。こっちも核を落として報復するのか、あるいは「ホラみろ、やっぱりそんなことは意味がなかっただろう」と言い続けるのかという、そこの覚悟の問題が問われているのだろうと私は思います。

 答えになっているかどうかわかりません。私自身もよく分からないところでありますので、ここはそれぞれの方が今後どうするのか考えていただかなければいけないところじゃないかなと思っています。


冨澤輝

冨澤 今の問題に関連してですが、私はシェルターを作ったほうがいいと思います。お笑いになる方がおられますがスイスとスウェーデンはほぼ100%ありますし、アメリカもだいたい70%ぐらい、人口当たりのシェルターがあります。

 先ほど、太田さんはヒロシマ、ナガサキで21万人が亡くなられたと、当日亡くなった方は夫々8万とか6万とかということだと思うのですが、亡くなった方の8割はいわゆる熱線でやられているのですね。

 有名な話があるのですが、広島の何処かの校庭で体操をやっていたのです。体操をやっていて、こちらに向いている人は全員亡くなったのですが、体操を指導していた朝鮮半島出身の優秀な学生さんは建物の陰になっていたので、彼一人だけ助かって、その後、朝鮮に帰って将軍になって日本に訪ねてきたという人もいるわけです。ヒロシマの場合は地上600メートルところで爆発して、最初の大きな被害のほとんどが熱線で焼けただれて、爆風で飛ばされて怪我をして亡くなったという方がほとんどなのですね。その後、強烈な放射能で亡くなった方ももちろんおられるわけですが、そういうことになりますと、シェルターに入れば何万人が一挙に死ぬということは避けることができます。だからこそスイスもスウェーデンも真剣にやっていますし、アメリカですらやっている。日本は0.02%と世界で一番シェルターの数が少ない。最近少し流行っているそうですけれども。

 覚悟というのはいろいろあるのですが、みんな自分が亡くなると思ったら大変です。けれども、1億2千何百万の日本人が一挙に亡くなるということはないわけです。相当の人は助かる。そういうアクシデントはあるわけですから、それを行政を担当する人間はできるだけ被害を少なくするという方法をとっておくということなのですね。撃つなら撃ってみろということではなくて、そういうことがあっても、多くの人は助かるんだという方法を考える。そういうことが本当の覚悟だと私は思っております。


司会 ありがとうございます。伊勢崎さんよろしいですか。

伊勢﨑 はい。いいです。

司会 若干ですけれども時間がありますので、ご質問がある方は挙手をお願いします。


会場からの質問1 冨澤元陸上幕僚長に質問です。自分は元自衛官です。お伺いしたいのはイージス・アショアの陸自担当についてです。SNS上で一般の方と話し合ってみたら、皆さん共通して陸自は人員が余っているから担当させてもよいと言われるのです。現役の頃、自分の部隊の充足率は80%でした。教育時などは60%でした。その状態で任務についていました。それを考えれば一般の方との乖離が激しいのですね。人が多いから人員が余っている、だからイージス・アショアを担当させても良いだろうと言われるのです。ご意見があれば伺いたいです。


冨澤 私個人から言いますと、人間が余っているから陸上自衛隊に持たせろという論理は極めておかしいと思っています。イージス・アショアを導入するにあたってはいろんな雑音があって、ここでは説明しきれないぐらい、いろいろあるんですよ。

 確かに陸だけではなくて、陸海空とも人が足りなくて困っていることは事実です。海上自衛隊で言えば、だいたい船というのは1/3は海の上にいて、on the seaでいつでも対応できる体制、本当を言えば1/3は訓練をしていなければいけない。後の1/3はドックにいて、隊員を休ませるのですね。だから将来、イージス艦が8隻になっても、日本海におけるのは最大3隻というのが原則なのです。

 それにしても船乗りというのは船に乗って24時間いるわけですからね。ある程度交代はしているでしょうが、海上自衛隊の連中に言わせると、イージス艦を持って、しかも日本海に常時3隻貼り付けるということは大変なことなんですよ。イージス艦を増やせということを言われるともう勘弁してくれと。一番良いのは陸上自衛隊の定員枠をくれて、海上自衛隊員を増やしてくれという話です。これは大昔からあるんです。

 そういうこともあって、今回、陸上自衛隊に持たせろということになっている。たまたまイージス・アショアというのは陸上にあるんですね。同じ休むのでも船の上で休むのではなくて、時々は何人かは家にも帰れるとかね。だから陸上自衛隊が持ってくれよという話らしいですね。

 他にもいろいろあってですね、FMS(Foreign Military Sales 対外有償軍事援助)で買うのはけしからんとか、いろいろな問題があるのです。

 でも私は自衛隊を辞めてから22年も経つものですから、あまりそういう政治的な発言は出来ないんです。これは全く政治的な決断でございますので、それを陸上幕僚長以下が受け取りますというのであればしょうがないかなと思います。


宮川伸

会場からの質問2 立憲民主党から来ました宮川伸と申します。まず冨澤先生にご質問したいのですが、ミサイル防衛はあまり意味がないという発言だったと思うのですが、これからミサイル防衛の話がどっと出て来ます。今お話にあったイージス・アショアだとか、PAC3も増設しますし、SM3ブロックⅡAも入れるということですが、どのぐらい必要なのか、それとも全くいらないのか、どのように思われるかということです。

 もう一つ、柳澤先生にご質問したいのですが、戦争にはならないだろうというようなお話をされていましたが、別の軍事アナリストの先生のお話を聞いていたら、制裁がしっかり効かなかった場合にアメリカのとる態度は、北朝鮮の核ミサイルを容認するのか、それとも先制攻撃か、2つに1つになってくるだろうと。

 被害ももちろんあるのだけれども、今のトランプ大統領は読めないと。ですから、先制攻撃の可能性も否定出来ないというようなレクを受けたりしているのですが、そう言った中で、先制攻撃に対して日本がどこまで口を挟めるのかということです。ほとんど出来ないと聞いておりますが、そこに関してはもう少し出来るんじゃないかとかですね、コメントがあれば頂ければと思います。


冨澤 私は最初に申し上げたように、ミサイルディフェンスはないよりはあったほうが良いと、そういう表現をしたつもりであります。例えばPAC3というのは射程が20〜25キロメートルで完全な要地防空ですから、周りの20キロのところは結構当たるんですね。ただし、先ほども言ったようにどのくらいの数のミサイルが来るのかだとか、多弾頭化しているかしていないとかによって全部変わります。

 よく冗談で言うのですが、PAC3の場合は横須賀、千葉、埼玉と3つぐらいの部隊があるはずですが、その部隊を全部皇居前広場に持ってきて置いておけば、皇居、永田町、霞ヶ関、防衛省のある市ヶ谷辺りは結構守れるんじゃないかという気がするのですね。ただし、これも100%ということはまずあり得ない。

 私は横須賀の航空自衛隊の2等空佐によく会うのですが、君らはいよいよとなったら皇居前広場に行くんだろうと。横須賀の基地から撃てば私は横浜に住んでいるから20キロ圏内ぎりぎりで助けてくれるかもしれないけれども、東京に行っちゃったら40キロ離れるから助けてくれないよね、と言ってからかうんです。彼は嫌な顔をするのですが。その程度に効果はあると思うんですよ。だから、東京都心に置いておけば都心の国会議事堂とか偉い人がいるところは守っていけると思います。それは大事なことだと思います。

 先ほどヒロシマ原爆の話もありましたが、東京の空襲では10万人以上の人が同じように亡くなっているんですよ。残虐に焼かれて亡くなっているんです。でも意外と軍の人は助かっているんですね。軍の人で焼かれて亡くなった人というのはあまりいないんですよ。最後まで戦争続行とか大騒ぎしたぐらい権力を持っていたんですね。陸軍の人達がね。それはちゃんと防空壕を持っていたからだと思います。


柳澤 私は戦争の条件が無いということを申し上げているんですね。条件がないのにやったらどうなるか、それはやったほうが酷い目にあうんだろうね、ということです。

 いくらトランプでも、私はトランプ一人で戦争を決められるものではないと思っていますので、だから、物事の道理として戦争は出来ないと考えるのが普通の考え方だろうということです。しかし、何かのトリガーがあって、先制攻撃があるということはあり得ると思います。

 ただ、先制攻撃なら軽くて済むかと言うとそうではないんです。先制攻撃あるいは外科的な攻撃、斬首作戦にしたって必ず相手が反撃してくるという前提で考えなければ、それは戦争計画ではないと思うんです。そういうことを考えた時に、やっぱり出来ないんだろうと私は思います。

 問題はそこでどうやって交渉に入っていくのか。外交的敗北でない形で交渉に入って行く時に、大砲の出口まで弾が出かかっているくらいの危機を演出しないと——今日の太田さんの話でもなかなかとっかかりがないわけですから——、政治的に外交的敗北と言われるのを避けながら交渉に入るとすれば、もう一回、みんなが本当に「これは戦争かな」と思うぐらいの危機を演出しなければならないのかもしれないと思っています。

 ただ、戦争の理屈から言うと、戦争をするような条件は無いということなのだろうと私は思っています。繰り返しますが、要は交渉する時に何をエクスキューズ(言い訳)にするか。本当に誰もがそれを止めなければいけないと思うような戦争の危機というものを演出するということは、それは一つのやり方なので、その意味でアメリカのサージカルストライク(外科的攻撃)や斬首作戦とか、いろいろなことが取り沙汰されているのだろうということなのではないのかなと思います。

 軍事専門家は「やるかもしれない」と言うのです。テレビに出て「戦争をやらない」と言ったら、それで話が終わっちゃって次に呼ばれなくなっちゃうわけですから。そういう見解は大事だと思うけれども、しかし、本当に大きな条件で考えると私はそれは出来ないと思います。私の見方はそういうことであります。


会場からの質問3 今日は貴重なお話をたくさん聞かせて頂いてありがとうございます。今村先生にお聞きしたいのですが、核ミサイルの完成を宣言した後、「次は経済」なのか「完成したら使う」なのかとのお話でしたが、核技術を使って外貨を獲得しようと北朝鮮が考えているというのは、可能性としてどのくらいあるのでしょうか。


今村 金正日時代にもミサイルが発射された時に中東の某国の武官が来ていて、デモンストレーションのために発射したのだという話が伝わっています。北朝鮮は核技術をパキスタンから買ったという話もあります。その意味においては、核技術者の頭脳だけならば、技術輸出はしやすいと思われます。今は大ぴらには出来ないと思いますが、北が崩壊した時にはそれを止める術はないのだろうなと思います。


司会 ありがとうございました。今日はいつもより長い時間やったのですが、それでもたくさん聞きたいことがあると思いますけれども、時間になりましたのでこれで終わりたいと思います。ゲストの皆さん、今日はありがとうございました。この問題は大事なことですので、来年もいろいろなところで議論があろうかと思います。

 自衛隊を活かす会としましては、最終的にはまだ固まっていませんが、今日も議論の中でいろいろな方が言われていましたけれども、抑止力という問題を来年1年間かけて徹底的に深めたいなと思っております。

 抑止力とは何か、抑止力に変わる選択肢はあるかというようなことをテーマにして2ヶ月に1回ぐらい、シンポジウムとという形ではなくて、専門家の方々からご報告を頂いて、議論をして代替策を探っていくということが出来ればいいなと思っています。それらはいずれにせよホームページでお知らせしますので、来年もぜひ自衛隊を活かす会にご協力を頂ければと思います。今日は皆さん、ありがとうございました。