第3回シンポジウム「護憲」を超えて③ 防衛のプロが語る15事例のリアリティ

第3回シンポジウム「護憲」を超えて③

防衛のプロが語る15事例のリアリティ

2014.10.5 千代田区立日比谷図書文化館・大ホール

主催/自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会(略称:自衛隊を活かす会)

柳澤協二 元内閣官房副長官補

15事例の分析─その軍事的・政治的リアリティー
柳澤 協二

元内閣官房副長官補、国際地政学研究所理事長

 本日は大雨の中をお越し頂きまして、ありがとうございました。臨時国会が始まって、あまりこの分野の議論がない状態のようですけれども、できるだけ私どもも関心を持ち続けて発信をしていきたいと思っております。

 いうまでもなく「15事例」というのは、こういう事例に際して集団的自衛権を行使するのだとして、自民党と公明党の与党協議に出されたものです。今回お話しする資料の元になったのは、その協議に参加していた公明党の議員に対して、こういう論点があると説明するために作ったものが最初です。

 ではなぜ、特に「軍事的・政治的リアリティー」を問題にしているのか。具体的な事例を並べて議論する目的がどこにあるかというと、そもそも憲法解釈を変えなければいけないという一種の立法事実を確認する作業が不可欠だからだと思うんですね。その点でまず、ここで言われている想定そのもののリアリティーがどうなんだろうかという検討が必要です。そして、仮にそういうことが一定の蓋然性をもって予測される時に、政府として全体の対応方針はどうであるのかを検討しなければならない。もちろん、その対応の中には外交的なものも、軍事的なものも入ってくると思いますが、その中で特に自衛隊の活動に対して法律的な不足があるのかどうかということが大事です。法律的な不足があるのだというところまで来てようやく、その次の段階で、その法律を追加するためには憲法解釈の変更なしには不可能なのかどうか、あるいは憲法解釈の範囲でやることでは不足なのかどうか、そういう議論を緻密にしていかなければいけないんだろうと思います。

15事例のおかしさ

 ところが、実際の与党協議では、最初の2〜3回は大分詰めて議論をしたのですが、その後、一気に閣議決定の文言調整に入ることになりました。7月1日の閣議決定に至るプロセスの不透明性の一つの表れでもあると思っております。

 15事例といっても、ご存じのように大きくは3つに分かれております。最初のグループは「武力攻撃に至らない事態」ということで、いわゆる「グレーゾーン事態」と言われています(3事例)。次が「国連PKOを含む国際協力」(4事例)、最後が「武力行使に当たりうる活動」(8事例)ということで、これが集団的自衛権だということになります。順に要点をかいつまんで申し上げます。

離島への武装勢力の上陸

事例1 離島への武装勢力の上陸

 最初は「離島への武力勢力の上陸」です。与党協議では、「これは尖閣のことか」という話に対して、政府は「尖閣ではない」と言っていました。下甑島(しもこしきじま)や北海道など、警察力が非常に貧弱なところでいきなりこういうことがあったらどうするかということだとされていました。

 しかし、尖閣ではないとすると、はたしてそこに蓋然性があるのかが問われなければなりません。また、政府の説明資料によると、海上自衛隊の船が武装勢力を見つけるような形になっているのですが、海上自衛隊というのは、かなり遠い沖に出なければ本格的な訓練はできませんので、真面目に訓練している船が日本のこういう島の近くで武装勢力を発見するという事態そのものがあまり現実味のないことです。

 仮に蓋然性があった場合にどうするんだという検討も必要です。基本的にこれは相手が国ではない、軍隊ではないということを前提にしているわけです。軍隊でなければ、それは我が国への侵略、武力攻撃と認定できないわけですから、自衛隊が対応するならば治安出動ということになってきます。

 治安出動については、自衛隊法第90条第3項という規定がありまして、これは自衛隊の治安出動時の武器使用権限を書いたものです。自衛隊法90条第3項「前号に掲げる場合のほか、小銃、機関銃(機関けん銃を含む)、砲、化学兵器、生物兵器その他その殺傷力がこれらに類する武器を所持し、又は所持していると疑うに足りる相当の理由のある者が暴行又は脅迫をし又はする高い蓋然性があり、武器を使用するほか、他にこれを鎮圧し、又は防止する適当な手段がない場合」には、90条の本文にある「その事態に応じ合理的に必要と判断される限度で武器を使用することができる」とされています。つまりやっつけてよい、制圧ができるということなんです。

 もともと治安出動というのは、第90条第2項に「多衆集合して暴行若しくは脅迫をし」とあるように、大勢の人間が集まって暴動のような状況になった時を想定して作られていた法律です。しかし、北朝鮮の工作船の事件以来、工作員が上陸してくるのは少数と決まっておりまして、だから「多衆集合」にはならない。

 一方、第90条第3項は、少数だけれども強力な武器を持っている相手がいれば、制圧してよいとして、その後に追加された条文であります。これを使って、自衛隊は治安出動であっても相手に危害を加えて制圧することができます。そして警察機関との間では、特に北朝鮮の工作員の場合は自衛隊が制圧をし、海上保安庁が警察官として身柄を拘束するという共同関係が既にできあがってきております。おそらく離島に上がって県警と連携する場合も同じ要領になるだろうと思います。

 政府の説明資料は、閣議決定をしていては間に合わないから、新たな法律がいるということを言っているものです。しかし自衛隊というのは──陸上自衛隊は非常に有能であると思いますけれども――、相手が何人位いて、どんな武器を持っているということが分からないまま闇雲に出動するということは、私の経験上ありえません。やはり情報の分析をし、出動準備をし、どんな持ち物を持っていくかを決める。そして現場到着までには一定の時間がかかります。そういう情報分析と出動準備の情報などを現場の部隊と共有しながら進むわけですから、私は自分が官邸にいた経験からも、その間に閣議決定は十分可能であろうと思います。

 一方でこれは、相手の意図によっては拡大していく、エスカレートしていく可能性がある事態です。ですから、こういう場合こそ現場の判断に任せるのではなく、きちんと政治が関与しなければいけないのです。つまり、閣議決定をむしろしなければいけないケースだろうと思います。そういう意味でこの事例は、蓋然性も低いし、対応する政策方針の問題としてもおかしいのではないかと思っています。

武装集団の民間船への攻撃

武装集団の民間船への攻撃

事例2 武装集団の民間船への攻撃

 武装集団が民間船を攻撃するという事例2についても、こんなことが日本近海であったということを聞いたことがありません。その意味で蓋然性があるのか疑問です。

 通常の武装集団であれば、軍艦が出てくれば逃げるわけです。逃げないとすれば、強力な国としての意志を持った行動ということになりかねない。そうなるともう防衛出動の問題になってくると思うんです。

 こういう場合にどうするか。海賊行為への対処は当然可能です。海賊対処法は、今ソマリア沖などでやっていますから、その程度の法改正は必要かもしれません。従来の対応では、自衛隊の船が間に割って入るんです。そして相手が攻撃してくれば「武器等防護」という規定がありますので、反撃してその場を治めるという手順になっています。ですから、事例2も法律が絶対的に不足している問題ではないと思います。

武装集団の民間船への攻撃 蓋然性の問題 政策の問題

ミサイル観測中の米艦防護

事例3 ミサイル観測中の米艦防護(平時・攻撃の意図が不明な場合)

 これは、ミサイル観測中のアメリカの船に向かって攻撃があった場合、しかも平時であって相手に攻撃の意図があるかどうか不明な場合だとされています。実際、2009年4月に北朝鮮がハワイの方へ飛んで行く「人工衛星」を打ち上げたのですが、アメリカのイージス艦が日本海にいて観測をしていた時に、北朝鮮の戦闘機が上がってきたそうです。官邸にいた私に報告はなかったんですが、そういうことがあったらしい。そういう場合、イージス艦はミサイルを監視するためにレーダーのビームを絞りますから、周りの航空機の目標が見えなくなるという特性があるので──最近のイージス艦は両方出来るようになっているようですが──、自衛隊が出て行って助けなければならないという問題意識だと思います。

 ただこれは、平時であって相手に攻撃の意図があるかどうか分からない、そういう前提を立てている話です。戦闘機が飛んでくる、ミサイルで攻撃してくるということなら攻撃の意図は明白なんですが、そういう事態ではない。意図が不明な場合ということです。そもそも北朝鮮のミサイルに対して、移動目標、特に空母などは高速で移動するので、それに対して当たるのかという問題もあります。そういうことを考えると、どうもこの想定には無理がある。

 仮にそういう想定がありえたとしても、政策の問題としてどうかということになります。北朝鮮が人工衛星と称してミサイルを撃つ時には、自衛隊も警戒を高めているわけです。そこへ自衛隊の飛行機が飛んでいって応戦するような体制を取れば、緊張がさらに高まっていくということになる。そういう状況でアメリカ軍は何もしないのか、黙って撃たれるのを見ているだけかというと、それは現実的にありえない。日本海にいるイージス艦が攻撃を受けるとすれば、三沢基地から米軍戦闘機が飛んで行くわけですから、米艦船が無防備だということはあり得ないのであって、それを前提として日本の政策のあり方が問われなければいけないだろうと思います。

 また、そういう想定においては、日本の近くに落ちるということです。ですから、日本の船も通るところに危険な落下物が来るということで、今の法律で警察権を使って対応できます。ミサイル破壊措置命令というものが自衛隊法にあるのです。これは日本の領域に落ちてくる場合を想定しているのですが、日本の領域+アルファにすれば、かなりのことが今でもできるのではないでしょうか。

ミサイル観測中の米艦防護 平時・攻撃の意図が不明な場合

(参考)領海内で潜没航行する潜水艦

「グレーゾーン事態」ということで議論されながら、どういうわけか参考事例になってしまった事例があります。それが領海内で潜没航行する潜水艦に十分な対応が取れないという問題です。

 そもそも軍事常識から言って、領海内というのは非常に狭く浅い海ですから、仮に何らかの目的をもって潜水艦が潜むのであれば、領海の中に留まるようなことはしません。領海12マイルの外にいればいいわけです。

 また、潜没航行する潜水艦に何かの対処をするということは、もう潜水艦を見つけているということです。潜水艦というのは隠密性が最大の武器です。見つかった潜水艦がそのまま居続けるというのは、相手に四方八方から銃を突きつけられているのと同じ状態になるわけで、軍事的には常識から外れたことです。

 2004年11月、私が官邸にいる時でしたが、沖縄の八重山諸島の領海を中国の潜水艦が通り抜けたのを取り逃がしてしまったことがあります。その時も発音弾やアクティブソナーで対応し、相手に浮上を促すことはしています。潜水艦が徘徊しているというだけで、相手に危害を加えるということまでは、応益のバランス上できないだろうと私は思っています。また、取り逃がした経験を踏まえて改善措置を採り、領海に入る前になんとか阻止することができるようにはなっています。

領海内で潜没航行する潜水艦

多国籍軍への後方支援

事例4 多国籍軍への後方支援

 次からが「国連PKOを含む国際協力」です。その最初が多国籍軍への後方支援です。

 政府の説明資料によると、自衛隊が多国籍軍の補給拠点に物資を輸送することを考えているようです。拠点間輸送だということです。

 つまり宅配便で言えば、東京23区で集荷したものを都内の集荷センターに集めて、大阪の配送センターに運ぶような仕事をするわけです。それを小型トラックに積み替えて小口に回っていくというのが、補給品を取りに来る戦闘部隊そのものの輸送任務になってくるんだろうと思います。拠点までの輸送ですから、戦闘現場まで行かないとできないということは常識的には考えられない。野戦病院で治療をすると言ったって、相手の弾が飛んでくる戦闘現場でそんなことをするわけがない、ということだと思います。

 ただ、政策の問題として言えば、戦闘現場に行かないということは、戦闘現場の限りなく近くまでは行くということを意味します。そういう場所では当然、弾は飛んでくるわけです。小銃の射程距離は200〜300メートルですが、飛ぶだけだったら1,000〜2,000メートルは飛んでくるわけですから、非常に危険な状況になる。そして、どうしても戦闘現場の近くまで持って行かなければならないような品物とは何かと言うと、弾薬が代表的です。前線の部隊が使っている弾薬がきれたから至急輸送してくれというような話です。そうなると仮に攻撃を受けたからといって、軍事的には中断する訳にはいかない。前線部隊が「自衛隊が弾を持って来てくれる。ああ良かった、これで戦闘が継続できる」と思っていたら、相手の弾が飛んできたら自衛隊が逃げちゃった、そんなことってあるのか、ということになるわけですから、これも政策的にも軍事的にも非常に説明しづらい。

多国籍軍への後方支援 蓋然性の問題 政策の問題

駆けつけ警護

事例5 駆けつけ警護

 他国軍隊、NGO要員に対する駆けつけ警護の例が挙げられております。安倍首相が記者会見で持ち出したのもこの事例です。

 しかし、そもそも、警護が必要なほど治安が悪化している時に、非武装の文民要員がそういうところで活動をするのかという問題があります。PKO司令部の判断の問題として、そういう場所での活動はやってはいけないんだろうと思います。

 日本政府の対応の政策としては、どういう問題があるでしょうか。今の自衛隊の活動は道路工事などの施設整備の部隊が中心で、自分を警護する要員をつけておりますけれども、他国の軍隊を警護しようと思えば、今の「イスラム国」などでもみられますように、相当な武器を持った相手と戦闘しなければいけません。そのためには、それなりの規模の部隊を出し、戦闘装備を持っていく必要があります。そうしないととても自衛隊では太刀打ち出来ないという状況もあるだろうと思います。

 治安維持をするのは歩兵部隊です。現在、そういう仕事は、いわゆる後進国が国連から手当をもらってやっています。仮に日本がやりますと言うのであれば、後進国が稼ぐ外貨を減らすことにもなるわけですが、同時に、PKO司令部にとっては「それは助かった。ぜひ日本にはヘリコプターを持ってきてくれ」という話になり、自衛隊が武装ヘリを持っていくような話になりかねない。武装勢力と敵対すれば、自衛隊に犠牲者が出る可能性が増えるのは当然のことですが、「イスラム国」の現状を見ても分かるように、日本人がイスラムを敵としてテロに見舞われる可能性が非常に高くなるだろうと思います。

駆けつけ警護 蓋然性の問題 政策の問題

輸送経路の妨害排除 任務遂行のための武器使用

事例6 輸送経路の妨害排除(任務遂行のための武器使用)

 次も同じような問題ですけれども、輸送経路において妨害を排除するための武器使用という問題です。これまでは、いわゆる自己保存、自分を守るための武器使用が認められる限界だったのですが、それに加えて、任務遂行に対する妨害を排除するための武器使用を認めようという事例です。

 政府の説明資料ですと、急患輸送のことを想定しています。赤十字のマークを付けた自衛隊の救急車で急患を運ぶ時、妨害されたら武力をもって排除するということなんです。しかし、妨害が予想される状況であれば、当然ヘリを使って急患輸送をするということになるのであって、こういう危険な道路をわざわざ通るということがまず考えられません。

 それでもそういうことが求められるギリギリの可能性はあると思います。ただその場合には、危ない所を通るのであれば装甲車両を持っていくことになるでしょう。

 しかし、そうすると、装甲車両は当然他の任務にも使えるわけで、ついでに他国軍隊も守ってくれという話になってきます。しかも、任務遂行を妨害することに対する妨害排除の武器使用ですから、任務に何を与えるかによって、武器の使用も際限なく拡大していく可能性があることを指摘すべきだと思います。

輸送経路の妨害排除 任務遂行のための武器使用 蓋然性の問題 政策の問題

他国領域における邦人救出

事例7 他国領域における邦人救出

 次に、他国の領域において、その領域国の同意を得て邦人を救出するという事例です。これはアルジェリアのイナメナスで石油プラントが襲われたようなケース(2013年1月)を念頭においていると思います。

 こういう場合、他国はどうやってきたか。多くは、特殊部隊がこっそり行って、飛行機やヘリで急襲して助けてくるというやり方をしています。現地政府の了解を得るというのは、当然国際法的に必要なんですが、そもそも自分で対応する能力がない現地政府に通報して許可を取るということは、テロリストにも情報が漏れてしまう危険が非常に大きい。そうすると人質になっている日本人の生命も危ないという問題をどう考えるんだろうかということが大事です。

 さらに、そういう作戦を遂行する結果、邦人に犠牲が出る可能性をどのように排除するのか。そして、自衛隊が行くとしたらどのような部隊規模で、途中で補給も当然必要になってきますので、どんな装備を出すかという検証作業も必要だろうということです。

他国領域における邦人救出 蓋然性の問題 政策の問題

邦人輸送中の米輸送艦の防護

事例8 邦人輸送中の米輸送艦の防護

 事例8から15までが、いわゆる典型的な集団的自衛権のケースです。その冒頭にあるのが、安倍総理が記者会見で使ったパネルのケースで、有事に避難する邦人を輸送中の米輸送艦の防護ということになります。

 まず、そもそも、有事の邦人輸送を誰がするのかという問題があります。アメリカと合意した1997年のガイドラインでは、NEO(非戦闘員の退避作戦)はそれぞれの国の責任でやるということになっています。邦人輸送はアメリカではなく日本がやる仕事だということです。

 しかも、攻撃してくる相手として北朝鮮が想定されているわけですが、北朝鮮の戦闘機がやって来て艦船を攻撃するといっても、そのためには韓国の防空網をかいくぐって来ないといけないわけです。そんなことが本当にできるんだろうか。北朝鮮の軍事能力の問題からしても、こういう蓋然性があるとは思えないのであります。

 日本の政策判断の問題も検討しなければなりません。政府は当然のこととしてこれまで、朝鮮半島有事の避難計画というのを考えてきました。それは、できるだけ民航機で帰して、残った人は自衛隊機がピストン輸送するというものでした。そういう政策を我々は常識的に持っていて、対応しようとしてきたのであります。なぜそれと違うことをわざわざしなければいけないのか。

 そもそも今の自衛隊法の邦人輸送の規定でも、輸送経路の安全確保が前提になっています。それは安全が確保されていないところをわざわざ運ぶことのリスクがあるからです。

 さらに、強いて言えば、どうしても邦人を守るということであれば、それは個別的自衛権を行使して行うという説明もできないわけではないだろうと思います。別にアメリカ輸送艦であっても何の船であっても、守るのは日本人の命だというのですから。

邦人輸送中の米輸送艦の防護 蓋然性の問題 政策の問題

近隣有事における公海上の米艦防護

事例9 近隣有事における公海上の米艦防護

 次が、近隣有事における公海上の米艦防護という事例です。アメリカが一般的に作戦行動をしている時の米艦防護の話です。

 政府の事例では、アメリカの船に補給をする際に攻撃されるということを前提にしているようです。しかし、洋上補給というのは、敵の弾が飛んでくる、敵の飛行機が飛んでくるようなところで普通はしないのです。補給に受けている時の船というのは基本的に脆弱ですから、前線から退いたところで、相手の攻撃を受けない場所でやるというのが常識であると思います。

 そうやってアメリカ海軍がピケットを張っている最前線を突破して、後ろにいるアメリカの船を攻撃する力が果たして北朝鮮にあるのか。ないと思います。

 アメリカの戦争の仕方というのは、まず相手の航空基地や軍港──C4ISRと言っていますが──、指揮通信情報網、レーダーなどを最初に無力化して、相手をブラインドにした上で戦争をするわけです。ですから、相手国にはとてもそんな能力はない。ましてや北朝鮮にそんな能力が残っているとも思えない。

 むしろこれは、中国を念頭に置けば、合理性がある話だろうと私は思います。つまり、中国が先制攻撃を仕掛けてくる、その時にアメリカの船を守らなくていいのかという問題の立て方に変えれば、議論の値打ちのある話になってくる。

 ただその場合には、当然日本有事にもなるわけです。ですから、そういう事態にふさわしく、日本はどのような対応をとるかという非常に大きな政策課題となります。そこを議論しなければいけないんだろうということだと思います。

 ちなみに、周辺事態法というのは、近隣有事があって、それが日本有事に波及することを防ぐという目的のためにアメリカを支援するという法律になっているわけです。しかし、アメリカの船を守りに行って日本が戦争当事国になってしまえば、日本に対する武力攻撃を誘発するという効果があるわけで、国の安全保障としてそれがいいのかどうかということを問わなければいけない。政策判断が必要な問題です。

近隣有事における米艦防護 蓋然性の問題 政策の問題

強制的な船舶検査

事例10 強制的な船舶検査

 次は「強制的な船舶検査」の事例です。現在は、船籍国と船長の同意を得て、任意で協力してもらって船舶検査をするという前提になっています。そこを強制的にやるということは、一種の武力行使になるということで、今はやれないことになっているんです。

 朝鮮半島有事を考えますと、米軍は北朝鮮の周辺にコンバットゾーン(戦闘区域)を設定します。そこに入る船は基本的には全部追い出されるか、それでも入ってくれば撃沈されるというのが通常のマニュアルだと思います。

 ただし、北朝鮮用の武器や弾薬を載せた船が、日本周辺の海から北朝鮮に向かうことは考えられません。北朝鮮の武器や武器の部品は、中朝国境を通って陸上から来るんです。ロシアからでも航空便とか陸上の輸送路を通ってくる。北朝鮮に武器を渡してはいけないということを真剣に考えるのであれば、日本による船舶検査をどうするかということではなく、中国やロシアから入ってくるものをどう防ぐかということが大事なのです。そうでなければ実効性がない。だからこの問題は、常任理事国である中国、ロシアの同意を得て国連の制裁決議を行う、そのための努力をどうするかという問題なのです。

 また、国連決議を前提とすれば、全ての船籍国は国連加盟国として検査の受任義務がある。そこをもう少し工夫すれば、わざわざこのために憲法の解釈を変える必要まではないかたちで対応が取れるのではないかと思います。

強制的な船舶検査 蓋然性の問題 政策の問題

我が国上空を越えて米国へ向かうミサイルの迎撃

事例11 我が国上空を越えて米国に向かうミサイルの迎撃

 我が国上空を越えてアメリカに向かうミサイルの迎撃の問題です。以前はアメリカの「本土」に向かうミサイルが取り上げられていましたが、それを日本が迎撃するのは現実味のないことだという理解が広がり、政府の事例では、我が国上空を越えてハワイあるいはグアムに向かうミサイルが想定されているということだと思います。

 まず、そういう場合、アジア地域にいるアメリカ軍と戦争をするということですから、必ず在日米軍基地が同時に攻撃対象になります。さらに言えば自衛隊基地も攻撃対象になるはずですから、これは日本有事になると私は思います。

 仮に日本有事にならないケースがあってとしても、日本がそれをやるとなると問題が生じます。ミサイルを迎撃する能力のあるイージス艦は、アメリカが30隻持っているのに対し、日本は中期防完成時でも6隻です。その日本のイージス艦をグアムにを持って行くということになると、在日米軍基地は誰が守るんだという問題になるのです。日本が攻撃されてもおかしくない状況ですから、日本のイージス艦は日本を守り、アメリカのイージス艦がグアムを守るというのが、一番自然な役割分担だと思います。政策判断の問題としてそうならざるを得ない。

 7月14日の集中審議の時に、野党の議員が私の名前を上げて、これは日本有事になるんじゃないかという質問をしました。それに対して、安倍総理は、その議論は国際法の常識を全く無視しているということをおっしゃったんです。

 何もこんなところで仇を討つつもりはありませんが、私は国際法上の問題を言っているのではなくて、日本有事がいつ開始されたかという、その着手の時期をどう認定するかということを言っているのです。グアムへの攻撃がすなわち日本有事、日本への攻撃の着手と同じと考えるというのが、今までの防衛官僚の常識的な発想であったということであります。そういう蓋然性が非常に強いということです。

我が国上空を越えて米国へ向かうミサイルの迎撃 蓋然性の問題 政策の問題

ミサイル警戒時の米艦防護

事例12 ミサイル警戒時の米艦防護

「ミサイル警戒時の米艦護衛」とは、先ほどのグレーゾーン(事例2)と違って、既に戦争状態にあるアメリカ軍がミサイル警戒をしている、つまり戦闘態勢にある状態での米艦防護という問題です。そういう事態ですから、アメリカ軍は当然反撃を予想して防御措置を採っているはずです。

 そういう時は、いつ日本有事にも発展しかねないという状況ですから、先ほどと全く同じ話です。そういう戦時に、アメリカのイージス艦がいきなり知らないうちに攻撃されたということになれば、太平洋艦隊司令官は馘首だと私は思います。そんな愚かな戦争の仕方をアメリカがするわけがない。そして、そういう事態であれば、当然日本有事に限りなく近い状態であるわけですから、アメリカのニーズはとにかく日本は日本の米軍基地を守ってくれ、それが役割分担だということだろうと思います。

ミサイル警戒時の米艦防護 蓋然性の問題 政策の問題

米本土が攻撃を受けた際の周辺海域における米艦防護

事例13 米本土が攻撃を受けた際の周辺海域における米艦防護

 この事例には、私は非常にびっくりしました。アメリカ本土が攻撃を受ける、大量破壊兵器で攻撃を受けるという前提なんですね。その場合に日本周辺海域にいるアメリカの船を守るという課題設定なんです。

 日本の近くでそういうことをする能力があるとしたら、いったいどこの国なんだということが、まず問題です。ロシア、中国、北朝鮮、誰が攻撃するんですか? そういうことをさせないのがアメリカの核抑止力なわけです。日本政府の認識としても、核の脅威に対してはアメリカの抑止力に期待すると書いてあるわけです。

 つまりこの事例は、アメリカが核抑止力を失ってしまっているということなのです。アメリカ本土が大量破壊兵器で攻撃されるという事態は、アメリカの抑止力がもう働いていないということですから、日米安保を続ける意味があるのかという議論になっていかざるをえないような、非常に重大な事態だと思います。こんな片手間で議論するような話ではないということです。

 そういう事態ではなくて、9.11テロのような攻撃がアメリカ本土にあったとした場合だとしても、この考え方はおかしい。そういう場合、アメリカは大規模な作戦を発動し、アフガニスタンでやったような空爆とか地上戦に移行するということになります。非常に深刻な事態であって、日本は何をやるかが問われるでしょうが、日本の近くにいるアメリカの船を守るかどうかなどは問題にならない。そういうことがテーマになるという発想そのものが全くおかしいと思います。

米本土が攻撃を受けた際の周辺海域における米艦防護 蓋然性の問題 政策の問題

国際的機雷除去への参加 民間船舶の国際護衛

事例14 国際的機雷除去への参加
事例15 民間船舶の国際共同護衛

 事例14、15は同じことですから一緒にしました。国際的な機雷除去に参加するとか、あるいは民間船舶を国際共同護衛するというのは、ペルシャ湾における事態で、イランとの関係を念頭に置いていると思います。

 まず、イランと欧米の懸念事項である核開発問題についていえば、その協議は難航はしていますが、それでも協議は継続しています。そのうことを考えると、今すぐイランが機雷を撒くような状況にはありません。

 また、仮にペルシャ湾を機雷で封鎖すれば、イラン自身も石油輸出ができなくなり、自分が困ることになります。仮に機雷を除去したとしても、戦争そのものが終わらないとタンカーはペルシャ湾に入れません。それは湾岸戦争やその前のイラン・イラク戦争で経験したとおりであります。

 これにどう対応するかという政策の問題として言えば、日本関係船舶を守るということならば、私は個別的自衛権の話だと思っております。その結果、他の国の船も守れたとしても、それはいわゆる反射的効果ということであって、本籍が個別的自衛権であることは変わりがないだろうと思います。

 安倍総理は湾岸戦争やイラク戦争には参加しないと重ねて国会で言っているわけです。つまり、武力行使を目的とする多国籍軍に参加しないということです。ところが、14、15事例というのは、武力行使を目的とした多国籍軍に参加するということを言っているわけです。その矛盾をどう一体説明するんだろうかという問題もあります。

 安倍首相は、機雷を除去するのは非常に防御的で限定的なことだから、戦争に参加するものとは違うんだということのようです。しかし、湾岸戦争で区クウェートに侵入したイラク軍を国境からイラク側に追い出す作戦は、非常に限定的、防御的な作戦として行われました。どちらも防御的で限定的なものなら、なぜ機雷除去はできるのか。どうもこの違いがよく分からないし、十分な説明になっていないと思います。

 そして何よりも、こういうことをやっていくことが、イランの核開発問題の平和解決――総理の施政方針演説でこれが日本の方針だと言っている――に対してプラスになるのか。そのことを考えた上で、結論を出さなければいけないということです。

国際的機雷除去への参加 民間船舶の国際共同護衛 蓋然性の問題 政策の問題

 15事例に対する私の一通りの分析総括は以上で終わらせて頂いて、後は本当のプロの方からご意見を賜りたいと思います。ありがとうございました。


渡邊隆 元陸将・東北方面総監 陸上自衛隊から見た15事例

(コメント)陸上自衛隊から見た15事例
渡邊 隆

元陸将・東北方面総監

 柳澤さんの話の中で陸上自衛隊をほめて頂き、かつて陸上自衛隊にいた者として感謝申し上げます。私自身、長い間陸上自衛官を務めておりましたけれども、陸上自衛隊がどれほど強いものであるかということの確証はございません。なぜならば一度も実戦を経験したことがないからです。それはある意味で国家にとっては幸せなことなのではないかと思っております。

 15事例は大きく3つに区分できます。いわゆるグレーゾーンをどうするかという話と、国際協力などにおいてどうするかという話と、8項目以降の7つはいわゆる集団的自衛権と言われているものであります。

 現職時代も今も、我が国の防衛に関して言うならば、法的にも実行上も大きな問題を抱えているというのは事実だと私は思っております。グレーゾーンやPKOなどにおいて海外で活躍する自衛官や自衛隊の部隊が、法的に縛られずに正しく任務を遂行するような環境を作ることは、国家として当然のことだと個人的には思っています。

 それはさておき、問題は柳澤さんも言われている蓋然性という問題です。私は現場で実際に作戦を練ったり、指揮をしたりということを長い間やって来ましたので、蓋然性という観点に関して言うならば、もしそれが1%でも、あるいは0.001%でも絶対に起きないという確信がない限り、準備をしなければいけないと思い、そういうようなことをずっとやってまいりました。それは今、盛んに行われている災害派遣の現場でも行われていることです。

 問題は、1%の蓋然性というものと、もしかしたら明日にでも起こるかもしれない蓋然性とは違うということです。0.001%のことに努力の大半を向けるわけにはまいりませんので、考えはするが、蓋然性の高いところから手を打つというのが現場の基本的スタンスだと思います。それがどうかは全て体験したわけではないので分からないのですけれども、政府が言われている事態が絶対に起きないかと言われると、もしかしたら起きる可能性はあるかもしれない――それが愚かしいことであるか、間違っているかは別にして――、出来事として起きる可能性はあるかもしれない。あるとするならばそのために準備をするのは組織として当然、というのが私の基本的なスタンスです。

 長年現場にいた者として、ようやく政府、国家がグレーゾーンに目を向けて頂いたというのが素直な感覚です。我々は専守防衛という戦略をずっと採ってまいりました。専守防衛というのは領域内でしか戦いませんよ、ということです。自国防衛であっても自分の領域の中でしか戦いません、ということを宣言した国ですから、逆に言うと戦いのやり方としては、制約の多い戦い方の一つです。それは過去の反省もふまえて日本が選択した戦略であるから当然のことなんですが、領域内でしか戦わないことを決めた国であるならば、領域内については万全の対策をとってしかるべきであったと思うのですけれども、ここが今まであまり目を向けられていなかったので、目が向けられたことは正しいと個人的には思っています。

 一番問題なのは、グレーゾーンの離島対処にしろ、公海上における不法行動対処にしろ、あるいは平時における弾道ミサイルにしろ、それがいわゆる警察比例の原則で考えられているということにあると思います。

 ――対領空侵犯措置は林先生が専門ですので譲りますが――、さまざまな事態に対処する体制が、自衛隊であれ警察であれ海上保安庁であれ、しっかりと国として段階を追って綺麗に作り上げられているということが大事なのです。自衛隊にしか能力のない事態であれば、その体制が自衛隊にあるようにしておく。そのことが体系的にシステムとして国家としては取られていないということが問題だと思います。

 さらに、あらかじめ政府、国家が現場に対してどのようなコントロールをするかということを決めておくことが大事であって、これをシビリアン・コントロールと我々は言っております。現場が暴走しないように――言い方は非常に微妙ですが――、国家的に言うならば、事態が国家の予期しない以上にエスカレートしないように、拡大しないように平時の段階から有事に至るまでのグレーゾーンをしっかりと決めていくということです。このシステムが我が国については今まであまり考えられていなかったことが問題だと思います。

 現場の部隊がある事態にそこで遭遇すれば、義を見てせざるは勇なきなりですから、当然、それなりの対応を採ることになります。ただ、あなたの権限においてこのような状況になったら、ここまでしていいですよ、ということをどれだけ平時の間からコントロールできていて、それに応じて部隊が日頃からしっかり訓練をするということがなされているかどうか。ここがグレーゾーンの一番の問題だろうと思います。

 私自身、国際協力の現場にもいましたが、国際協力で日本が何をどうするかというのは政治の問題です。現場の人間にとって見れば、任務を頂いて現場に行けば、日本というより国連、世界とどのように折り合いをつけていくかという問題になります。

 ですから、15事例にある駆けつけ警護、任務遂行のための武器装用、邦人救出などは、国際協調の中で日本が何をやり、何をやらないかということをしっかりと議論をした上で決めるが大事です。国際平和協力法というPKOの法律において、日本はフルレンジで参加できる法体系になっています。しかし、いまだに日本の活動は医療、救護、後方支援などに限られています。いわゆる燃料補給ですとか、水の補給などが多いですし、一番多いのは、私も所属していた施設科部隊、工兵部隊であって、道路を治したり橋を作ったりという任務です。国際標準にはなっていません。

 任務遂行のための武器使用というのは、日本では認められていないという法的な解釈になっています。何度も言います。日本では認められていないという法的解釈になっていますが、国連はこれを認めています。

 私が参加したカンボジアPKOにおいても、任務遂行における武器使用権限については、国連のROE(交戦規定)の中に明確に書かれています。このROEというのは、現地の危険度や紛争の終わった後の停戦の履行義務の状況によって変わってまいります。このエリアでROEはこうなっているけれども、勝手に任務遂行のために武器を使用しないようにしましょう、という地域的な取り決めもあります。それは現場が状況を定めながら、その場に応じて判断をしています。

 問題は、全体の枠組みの中で任務遂行のための武器使用が認められている国と認められていない国があって、日本は極めて少ない、唯一と言っていいくらい認められていない国なので、そういう国が隣にいると、隣にいる国連の参加部隊は非常に共同歩調、共同の行動を取りづらいことです。ここに問題があると思っています。

 もう一つは、アルジェリアでもあったことですが、海外において日本の方々がいるような企業や地域がテロや武装集団に襲撃をされた時にどうするのかという問題です。私も柳澤さんと同じように、これはまさに日本の問題だと思っています。集団的自衛権も何も関係がない。我が国が海外にいる日本人の方を国内の警察のようにどうやって守るんですかという、ただそれだけの問題です。

 それをやれるかと言われれば、やれることもありますし、実行上非常に難しいところもあります。例えばアルジェリアのような場所で、「さあいけ」と言われても、地図も情報もないし、運ぶ手段もない。最寄りの空港から400キロ離れているところで、その間の燃料補給もしないといけない。このようなところで、邦人を救出するという作戦がいかに難しいか。これは日本単独ではできないでしょうし、アルジェリアのような場合においては、日本だけのプラントではありませんでしたので、ある程度の共同歩調が必要な作戦かもしれません。これが単独でできる国もあります。そこは国として決めなければいけない、考えなければいけない問題の一つだと思います。地球上のどこであっても、そのような危険に対処するのだと決めてしまうのならば、そのような体制を取らなければいけません。これは簡単にできるようなことではないとだけご指摘申し上げたいと思います。

 いわゆる集団的自衛権に該当するのではないかと言われている事例については、あまり陸上自衛隊が中心となって該当するところがございません。ただ、私はこのほとんどについて、集団的自衛権に該当するのかどうか極めて疑問に思っています。

 安保法制懇で議論された時も、あくまでも日本に明白な危険があるということでした。このまま放置すれば日本の国民の生命、財産、日本の平和と安全に極めて影響があるというならば、それは我が国防衛のことなのではないか。

 ここまでが我が国防衛で、ここからが集団的自衛権という綺麗な線というのは過去においても現在においてもほとんどないだろうと思います。国連憲章の第51条にある集団的自衛権、個別的自衛権は、明確な区分があるわけではありません。なだらかにエスカレーションしていく、そういうものだろうと思います。

 どの国も国連憲章の51条は認めているところです。国連加盟国ですから当然です。日本だけが集団的自衛権はダメで、個別的自衛権はよいと言ってきた訳ですが、それはそれで国の方針ですから構わないのです。ただ、ここまでが個別的自衛権でここまではいいですよ、ここから先は集団的自衛権でしょうという、その線を事例的にも法的にも明確に線が引けるものなのかどうかというのが、現場にいた者の素直な疑問です。

 最後に、機雷掃海について、日本は高い技術を持っていると言われていますし、そのとおりだと思います。私は海上自衛隊には勤務したことはございませんが、1991年の秋から冬にかけてペルシャ湾に機雷掃海の任務で出たことがあります。

 これはどれくらいの期間がかかったかご存知ですか? 小さな掃海艇の船が1ヶ月ぐらいかけてようやく現場に進出したのです。機雷掃海ができるといっても、だから世界中どこでも機雷掃海ができるだけの能力があるという意味ではないのです。

 ホルムズ海峡で何かがあって機雷掃海が必要だと言われても、1ヶ月も世界が待ってくれるとは到底思えません。掃海艇というのは小さな船で、外洋を渡るような船ではありません。通常は大型の船で掃海艇を積んで、現地に行って掃海艇を浮かべて掃海作業をするという、全体的な体制がなければ掃海作業はできないわけです。

 そもそも機雷掃海の能力云々の前に、我が国が中東に著しくエネルギーを依存している国家としてどのようにシーレーンの体制を取っていくか、ただそれに尽きるのではないかと思っています。


林吉永 元空将補 第7航空団指令 航空自衛隊から見た15事例

(コメント)航空自衛隊から見た15事例
林 吉永

元空将補・第7航空団指令

 まず発言する前に、皆さまに認識をして頂きたいことがございます。私は、航空自衛隊出身でありまして、航空自衛隊の文化が「勇猛果敢 支離滅裂」であるということを認識して頂いておりませんと、大きな誤解が生じるのではないかと思っています。

 航空の特性というのはスピードです。点から点を直線的に結んだ最短距離を最速で移動するという特徴がございます。民間の旅客機が時速800キロくらいで飛ぶでしょうか。音速で言いますと0.6から0.7の間で飛びます。正面で対峙して接近するという相対速度に致しますと、1.6から1.7くらいのスピードになります。秒速ですと500メートルから800メートルくらいです。

 レーダーで相手を見つけることは可能ですが、本日議論しているテーマになっている事案は、目で見ないと相手の行動や航空機のタイプなど分からないものです。目の良いパイロットでも10マイル先に発見できればいい方でしょう。その上、たとえ10マイル遠方で航空の物体を発見しても、それが何をやっているか分かりません。10マイルというのは概ね16キロです。音速の1.6から1.7で飛ぶとなると、到達するまでに30秒しか余裕がありません。従って、戦闘機乗りというのは、そのような瞬時の判断・行動をとらなければならない場合に自分で勝手に判断していいように、全てのパイロットが幹部、将校です。兵隊はパイロットではありません。自分で勝手に責任を取って判断できるようになっているわけです。

 このような環境に育った者がたくさんいるものですから、航空自衛隊は常に何かあると勝手に判断してしまう性癖が無意志化しています。それで「勇猛果敢」が「支離滅裂」になってしまうと言われている訳です。階級も関係ありません。4機編隊で飛んでいて、ウイングマンという一番下っ端が防衛大学校出身の大尉、編隊長は航空学生出身の中尉殿だというのがざらにあるわけです。

 15事例の中には、航空のことは出てまいりません。今申し上げたような航空自衛隊の個性から申し上げますと、15事例に航空が出てまいりますと、勇ましく「先にやっつけなければやられてしまう」議論が拡散してしまって、「国家が」どうなるか分からないということになりかねません。だから取り上げなかったのかなと思うわけです。

 航空では航空機が機動しながらする状況判断から決心に至るプロセスは一瞬です。ですから先に引き金を引いて相手を撃墜するのは宜しいけれど、撃ったことの正当性が担保されていないために、国家を危機に陥れる一瞬の過ち発生の蓋然性を招く恐れを前もってなんとかフォローしないといけない。戦闘機が一旦離陸してしまったら、忘れ物があったからといって取りに帰るわけにはいかないわけです。

 今もなお、航空自衛隊は、対領空侵犯措置のため、日本の空の主権を24時間の勤務に就いて守っています。これまでお話があったグレーゾーンの真っ只中にいるわけです。

 この対領空侵犯措置では、どれだけ遠方で不明機を見つけて、それが我が国に脅威を及ぼすか及ぼさないかという判断をしなければなりません。我々が持っている戦闘機等が日本を侵害する不明機を迎え撃つことができる一番適正な距離、そこで発見識別しないといけないというラインを防衛識別圏と言っているわけです。まだ耳新しいと思いますけれども、中国が勝手に防空識別圏を作ったということでみんな怒っているわけですが、軍事的には当たり前の話です。

 軍事的には、韓国の防空識別圏は、北朝鮮の向こうまで伸びています。ヨーロッパの国も、常に隣国の向こうまで防空識別圏を伸ばしているわけです。そういったことを考えた時に、「日本の領空まで防空識別圏を伸ばした」と言って怒っているようでは誤解が生じてしまう。軍事的合理性からすれば、軍人の都合のいいように設定できるようになっているわけです。

 問題は、その防空識別圏の中で、中国が「ここに入ってきたらただじゃおかない」という脅しをかけたことにあります。領空に入った場合には問題がありますから、「直ちに出て行ってほしい、出て行かないなら着陸しろ、調査する」という対領空侵犯措置の手順があります。防空識別圏はそれとは異なります。

 領空侵犯措置を航空自衛隊がやっていること自体、当たり前のように思われがちですが、海とか陸とか、本日議論している場面と大きく違うところがあります。それは何かと言うと、日本の主権であるとか国民の生命財産に危害を与えるような状況が生じるのであれば排除するわけですが、海とか陸の場合、これに最初に手をうつのは海上保安庁であり、警察であるわけです。そこと軍事である自衛隊の連続性をどう持たせるか、という段階的ではあるが連続する部分があるわけです。この事案の空中での対処には常に至短時間のプロセスというのが入ってくるわけです。陸上にしても海上にしても、時間のプロセスは緩やかです。

 しかし、航空は一瞬です。しかも航空の場合は、警察力の対処抜きに、今日も軍事が正面でミッションに就いているわけです。

 軍事が正面にいるということは、ここで起こる摩擦や衝突が、極めて深刻な問題を起こす可能性があるということをご理解頂きたいと思います。1987年にソ連の偵察爆撃機Tu-16Jが沖縄本島を横断して飛行しました。嘉手納の真上を飛んだわけです。この時、航空自衛隊のF4J型戦闘機は、宮古島の辺りから行動の監視を続けていました。飛びながら不法な飛行を排除しようとしたわけですけれども、沖縄本島を横断されたということで、信号射撃を実施します。

 この信号射撃というのは、発射速度が1分間に4,000発の20ミリ機銃の送弾装置の間に信号弾が入っておりまして、それが発射されると熱効果で青色とか赤色の光を出すことによって、「出て行きなさい、あなたは非常にけしからんことをしている」と警告信号になるわけです。しかし、ソ連の偵察爆撃機は、それを無視して飛び去っていったという状況です。

 1983年には大韓航空機が樺太で撃墜されました。ソ連は「出て行けの警告」をはっきりと、しかも十分にせず、視認も困難な「曳光弾ではなく、通常弾で警告射撃」のあとで大韓航空機を撃墜してしまったわけです。そういった国を相手に日本の戦闘機が警告射撃をした。

 そのような国ですから、相手も自分が撃たれたと思ったなら撃ち返してくる恐れが多分にあった。空中のことですから、ここが領空だ、領海だと境界は分からないわけです。相手は正当防衛だと言うでしょう。その結果、日本国自体が極めて深刻な重大事に巻き込まれていく危険がある。それを航空自衛隊の「勇猛果敢 支離滅裂」な文化の中で育った指揮官やパイロットが勇ましく先制したとなったらどうなるか、ということです。

 事実、本気か冗談か分かりませんが、在日米空軍の戦闘機乗りの中には「撃墜してしまえばよかったのに」というパイロットもおりました。敵に回しても怖くない実力が有れば別ですが、日本にはそれほどの力はありません。

 先ほど渡邊さんからも、事前にいろいろと手順化し、セットしておくことが望ましいと発言がありました。航空の場合は、この手順化がかえって仇になって、日本を深刻な事態に陥れるということが考えられます。

 すなわち、撃つということ自体、国の運命がどうなるかという判断であるわけです。信号射撃といえども、誤解が生じないように、撃ちたくても断腸の思いで、「撃たない」、戦争になってしまわないように「航空自衛隊が恥をかけばいいんだ」ということが頭の中になければいけない。この命令を発した南西航空混成団司令は――この事件は12月9日にあった事件なんですが――、翌年の5月にNHKの「今日本の空では」という番組で、「私はレギュレーション通りやりました」と言っているわけです。私は、常日頃ご指導を受けており、遠慮なく言わせてもらう間柄でしたので、個人的ではありますが、後からこの方に「そういう問題じゃないでしょう」、「日本がいかに深刻な立場に追い込まれないで済むような決心をあなたはしなければいけなかったはずだ」と、大分文句を言わせていただきました。

 こういった一つの事例を考えてみましても、政府が出してきた15事例に航空の話を持ち出してくると難しく深刻になる。議論が極めて専門的になりまして、政治家さんでは太刀打ちできなくなると思っています。

 レギュレーション化されるということは、アナログという世界が無視されていくということと同じです。デジタルの世界になりますと、コンピューターのメモリーの容量範囲でしか働けない、「有限である」という欠点があります。レーダーで探知した目標は全て電子化されます。この電子化された数がコンピューターのメモリーの働きをオーバーする場合には、フリーズしてコンピューターがストップしてしまうわけです。ですから、コンピューターがストップしないよう、台風の雲など反射波の捕捉レベルを落としてしまう自動装置が機能しています。目標、脅威までをわざわざ見えなくしているという状況まで生じてくるわけです。

 レギュレーション化、デジタル化というのはアナログの世界を忘れた極めて危険な発想が含まれてくる。こういった15事例の中では、もっと複雑な、単にカクカクシカジカでこれは集団的自衛権で対処する、ということではなくて、慎重に積み重ねをして、判断を適正に導かなければいけないというところがあるわけです。

 私はこの事例に16番目として「強制着陸」を1つ付け加えたいと思っています。先ほど、対領空侵犯措置で強制着陸をさせる段階があると申し上げました。この強制着陸の事例では、1976年、ソ連のミグ25が函館空港に強制着陸ならぬ、強行着陸しまして、ベレンコという中尉が亡命してきたという事件があります。このミグ25がもし三沢の飛行場に着陸したらどうなるかということです。三沢の飛行場は、日米安全保障条約2条1項aという地位協定の項目に該当して、アメリカに主権がある基地です。三沢、横田、座間、厚木、佐世保、岩国、それからご存知の普天間、嘉手納がそうです。治外法権です。ここにミグ25が着陸していたら、そこに誘導していたら、一義的には日本に調査権がなくなります。

 もちろん、日本に着陸したということですから、ソ連のスペツナズ(特殊任務部隊:実際に某友好国からMIG25破壊の要警戒情報がもたらされていた)が攻めてきた場合には、日本の個別的自衛権の範囲内で対処できるわけです。ただ、日本の主権というものが、どのようなところでどのように制約されているかという問題がそこにはある。それを克服するためには、日米共同という世界で、集団的自衛権が自動的にそこで成立していく世界があるということを私は考えているわけです。重大なことが空の世界ではかなり見落とされているということです。

 最後に申し上げたいのは、15事例においては、陸、海でそれぞれの対処、対応をするわけですが、航空優勢という言葉が出てまいりません。事態が深刻化した場合には、当然、空の支配というものを有利に導かなければ、海上においても陸上においても勝てる公算が減ります。航空の任務は航空優勢、航空制圧をしていてその海上や陸上でのミッションを効果的に実施できるようにするというところに役割があるわけです。ですから、この15事例の想定の中に航空自衛隊、空のミッションが出てこないということについて、航空自衛隊の一員であった者としては忸怩たる思いがするわけです。

 今日は事例を上げてお話申し上げましたが、集団的自衛権の行使を容認した、その方向に日本が向かう、その決断をしたということは、約70年間、戦争と無縁であった、世界でもまれに見る独特の孤立主義を貫いてきた日本が、その孤立主義を捨てたということです。アメリカがNATOに加盟する時、1947年から1948年にかけては、2年間の議論を積み重ねてモンロー主義、いわゆる孤立主義をかなぐり捨てる決心をしました。ヨーロッパのいずれの国であってもアメリカ人は血を流して助けに行くという決心をしたわけです。それだけに集団的自衛権というのは国民の皆さまの決断によって覚悟をしなければいけないことだと申し上げて、私のコメントとさせて頂きます。


柳澤協二 元内閣官房副長官補

(補足発言)海上自衛隊の立場をふまえて
柳澤 協二

元内閣官房副長官補、国際地政学研究所理事長

 私から海上自衛隊の立場で補足を致します。近隣有事における公海上の米艦防護の問題です。

 これは海上自衛隊にとっては非常に深刻な問題です。中国は西太平洋でアメリカ海軍の空母機動部隊をミサイル等によって攻撃する能力を着々と付けつつあります。潜水艦が大隅海峡とか宮古水道を通って西太平洋に行き、アメリカの空母機動部隊を迎え撃つ体制をとれるという状況になりつつあるというのがアメリカの認識、海上自衛隊の認識だと思います。そういう状況の中で、自衛艦隊司令官の方々は、何か起きた場合に放っておいてよいのかという問題意識、危機感を持っておられるんだと思います。

 問題は、そういう本格的な米中戦争があるのかないのかということは別として、軍人というのは、ハイエンドな衝突があった場合を前提に考えることです。その場合に日本が何もしなくてよいのかという問題意識を、特に海上自衛隊が持っているということは私は理解できます。特に米海軍と海上自衛隊というのは、情報的にも完全にリンクをしています。米海軍と一緒に共同訓練をしながら育ってきたのが海上自衛隊ですから、もしアメリカの船が突然攻撃を受けることがあれば、自分も何かしたいと思う気持ちは私は分かるんです。

 ただそこは、現場の意識の問題ではなく、正にそういう時に政治がどう判断するかという問題なのです。そこが先に決まらなければいけない。自衛隊の能力は当然あると思うんですね。能力があるがゆえに、その能力をどのように使わせるのかということを政治がきっちりと議論しないといけない。だから、こういう技術的な議論を先行させて憲法解釈を変えなければいけないというのは、およそ政治の責任としておかしいと思うんです。

 マスコミ関係者の方から、将来どんな法律が整備されていくんでしょうかという質問を受けることがあります。それは政治が自衛隊に何をさせたいかによって変わってくるんです。政治の意識がなければ法律は作れないということです。自衛隊の使い方は政治が決めることで、そこがはっきりしないと法律もできない。自衛隊も訓練できない。政治の意志の持ち方によっては、かえってそれが日本のためにならないかもしれない。そういうことを国民のコンセンサスを取りながら議論をしていくというのが今後のステップであるべきだと思います。

 海上自衛隊の肩を持った補足になったかどうか分かりませんが、今日のコメント頂いた方々にも共通していたのはそういう意識、認識であったと思います。


加藤朗 桜美林大学教授

(コメント)軍事技術の発展から15事例を捉える
加藤 朗

桜美林大学教授、同国際学研究所長、元防衛研究所

 なるべく簡単にコメントしたいと思います。今日のお話全体をお聞きして私が思い出したのは、1978年の来栖事件です。いわゆる超法規発言事件で、自衛隊が政治に対して有事法制を要求したとして問題になりました。しかし今は、逆に政治の方が自衛隊に対して、こういうことがなぜできないんだと言っている。そんな印象を今回の集団的自衛権の問題等々をみて感じました。

 2点あります。一つはこうした集団的自衛権なり、グレーゾーンの問題を考える時に、軍事技術の発展という視点からも、今回のような事例がリアリティーを持たなくなっているのではないかという印象があります。

 現在、航空自衛隊も海上自衛隊も米海空軍とリンク16という軍用ネットで繋がれています。一体化して自衛隊も運用化されている状況の中で、果たして集団的自衛権というのがどういう意味を持つのかということは、やはりきちんと考えないといけない問題だと思います。

 今、日本は韓国とはリンクは繋がっていませんけれども、いずれこうしたリンクは世界的なレベル、グローバルなネットワークの中で繋がる可能性がある。そしていずれは陸上自衛隊とも繋がっていって、最終的にはアメリカが持っている軍用のグローバルネットの中の一部として三自衛隊が結ばれていくということにもなっていくんだろうと思います。その現実を無視した議論はできないということです。

 もう一点は、憲法が想定していない紛争が出てきたことが、グレーゾーンなり国際協力の問題で法制が必要になってきた大きな理由だと思います。憲法9条では「国際紛争を解決する手段として」武力行使はしないということになっています。では、この国際紛争というのが一体どういう紛争のことなのかということは、現在に至るまで明確に議論されておりませんし、定義もされておりません。

 この「国際紛争」の用語がいつ出てきたのか調べたところ、1946年3月のいわゆる芦田委員会でした。それまでは「他国との紛争」と記述されていました。マッカーサーノートもGHQ原案、それ以降日本が考えた様々な憲法草案の中でも「他国との紛争」と書かれていたのに、芦田委員会がある日突然「国際紛争」に変えたんですね。その理由は何かということをずっと探っていたんですが、ある証言が出てきました。芦田委員長が「他国との紛争はちょっと長いので、国際紛争に変えよう」と言ったのです。たったそれだけのことで「国際紛争」に変わったんです。ですから、この意味する内容は、もともとは明らかに我が国と他国との間の紛争だった。言葉は変わったけれども、紛争といっても、我が国と他国との紛争以外なかったものですから、その後、全く問題はありませんでした。

 しかし現在はそこが異なってきております。たとえば、現在問題になっている「イスラム国」は、第三国における我が国と関係のない主体、しかも非国家主体です。国家ではない武装集団との紛争にどのように対応するかということが求められる時代になってきているわけです。これについて、安保法制懇の北岡さんは、こうした紛争はそもそも憲法上想定されていない紛争であると述べました。確かにそうなんです。もとを辿っていけば想定していなかったんです。想定していない紛争であるが故に、武力行使は禁止されていないと飛躍できるかどうかというのは、政策判断です。安倍総理は武力行使はしないし、こういう紛争には対処しないということを明白にしておられますけれども、法的にこの問題を突き詰めていくと、果たして武力行使が憲法上禁止されるかどうかという問題は、やはり議論のあるところだろうと思います。

 いずれにせよ、こうした紛争に日本が関わらざるをえないような状況が今後も増えていくだろうと思います。その時に政治がどう判断するか、法律的、憲法上どのように判断するかということを詰めていく必要があるのではないだろうかと思っております。


防衛のプロが語る15事例のリアリティ 質疑応答 文書質問への回答

質疑応答と討論(文書質問への応答)

柳澤 たくさんご質問を頂きまして、ありがとうございました。他の方にも助けていただきながらお答えしたいと思います。いくつかに分類して申し上げます。

 ひとつはグレーゾーンのなにがグレーかという問題です。

 離島への武装勢力の上陸について、政府の説明では、武装勢力が上陸するのを不法行為と言い切っているので、法的な意味ではグレーということではないのだと思います。法治国家としては、その不法行為に対して、警察権を使うか、自衛権を使うかということなんです。どんなにその間に法律を作っても、その法律のもとは、警察権に由来するか、自衛権に由来するかというものであって、その中間がないという意味では法制上のグレーゾーンというのはないだろうという意見を持っております。ただ、渡邊さんもおっしゃったように、実際に自衛隊が出なければいけない状況、自衛隊の出動が近いかもしれない状況を想定した時に、具体的にどういう指示が政府からあって、現場と政府が意思疎通できているのかというところの仕組みが、実はグレーなんだろうと私は思っているんです。

 さらに、林さんのお話にもあったように、戦闘機同士が空の上で遭遇した時に、どう指示したらいいのか、その基本的な政策判断を持つべき政治家の頭の中がグレーなのではないかというのが、私の今の判断です。法律がグレーだというよりは、むしろ政治判断のグレーが日本にとっては非常に大きな問題なんだろうと思います。

 ガイドラインのお話がどうなっていくかという質問があります。中間報告が近々予定されているようでありますが、政局との関係で来年の統一地方選の後までガイドラインの改定の公表は見送るという報道もなされています。

 ただ、私は日本が一体何を抑止したいのか、何をしたいのかというところ、アメリカと日本の戦略目標がどこまで合っているのかというところで、よく見えない部分があるんです。そこを詰めていかないと、何か有事があった時にアメリカが助けてくれないんじゃないかという不安を日本が持つことになってくる。

 例えば、尖閣で何かあった場合に、アメリカが来てくれるかということです。私は多分すぐには来ないと思うんですね。そこをどうするのかという話が一方である。

 他方では、海上自衛隊の方々の危機感ということをご説明しましたけれども、太平洋の真ん中でも起こりうる米中海軍の間の衝突に対する危機感もあります。そこをどうするのか、軍隊だけで决められるのかというと、そこは政治のガイダンスがないと成り立たないと思います。そういう意味で、ガイドラインがどんなふうにできていくのか、私は防衛官僚の立場で考えると、ものすごく難しいなと思っています。

 かたちだけなら、宇宙とか、サイバーとか、97年ガイドラインの時には盛り込まれていない項目がありますから、そんなところで新たな進展を書き込んでお茶を濁すことは有能な官僚ならすると思います。しかし、今度は米軍と自衛隊との間の実際のオペレーショナルな協力関係の具体的な詰めに入っていくわけですから、本当にまとまるんだろうか。私自身は、真面目に考えると、見通しがつかないというのが正直なところです。

 仮に、アメリカのニーズが中国の西太平洋におけるアメリカへのチャレンジを前提に、そこでの日本の協力を要請するものであるとすれば、本当にそこを制度として確立するのであれば、別の問題になります。アメリカが中東でやっているような軍事行動への協力も含めて、対等な同盟国をめざす、安倍さんの言うイコールパートナーシップをめざすのであれば、やはりそういうものとして安保条約をしっかりと改定するというのが本来の筋です。

 もちろん、そのためには憲法も改正するのが筋ですけれども、相互の約束ですから、権利であるから使うか使わないかはその時の政府の判断でいいんだということでは、米軍が困ると思うんです。日本をどこまで当てにしていいのかということが分からないところが、アメリカ軍にとっては一番困ることだろうと思っています

 個別の話もいくつかあります。

 民間人をアメリカの軍艦が載せるのかというご質問もありました。そういうミッションはないとアメリカ国務省のホームページにもはっきり載っています。民主党の辻元清美さんがよくおっしゃっているんですが、そういう軍艦に乗せると攻撃される可能性もあるわけですから、経験から言ってもそんなことはありえない。

 臨検拿捕の話が15事例には入っていますが、仮に日本が交戦国になった場合に、日本の船も相手国から同じようにやられてしまうということも、戦時の防衛のシナリオの中には入れないといけません。これは個別的自衛権でも同じなんですが、本当に日本有事ということになります。

 日本有事がどこまでグローバルになるかは別ですが、相手がグローバルパワーになりつつある中国であるとすれば、例えばインド洋で中国の船に日本のタンカーが拿捕されることだってある。逆のこともアメリカが中国に対してやるかもしれない。

 そこはものすごく船の数も必要だし、お金のかかることで、経済的な一種の戦争手段として使われる可能性がある。しかし、その分だけ軍事的な対応力は削がれてしまうというトレードオフはあると思いますが、考えないといけない課題、軍事的な防衛方針としては考えないといけない課題として残っていると思います。

 こういう検討の仕方がそもそもいいのかというご質問もありました。私はよくないと思います。戦争に関する国の判断、権限の問題というのは、立憲主義の基本中の基本ですから、本来憲法によって主権者から縛られるべき政府が、少なくとも40年間確定してきた政府解釈を、自分の意志で閣議決定で変えていくというのは順序として間違っているし、そういうやり方で国民のコンセンサスを得ても、自衛隊自身も安んじて任務に就くということは、実際問題として難しいと思います。

 一体この事例の目的は何か、安倍総理の目的は何かというご質問も頂いています。

 一言で言えば、15事例というのは、与党協議をするために、限りなく日本有事に近い、日本の防衛に近いところの例を一生懸命考えだして、公明党と合意をするための事例ということです。このままガイドラインや法律に反映されるかというと、そういうものではないとは思っています。

 ただそうなると、国民の前に具体的な例が示されていないということです。示されているのはペルシャ湾に機雷が巻かれた場合の話くらいしか具体的にはないわけですから、その意味で、政府は意味のある説明をしたことになっていないと思います。

 安倍さんの目的は何だろうかという問題では、私はかねてから言っています。これは安倍さんが2004年にお書きになった本の中で、血の同盟をめざすとおっしゃっています。アメリカが攻撃を受けた時に――可能性は小さいとおっしゃっていますが――、日本も血を流すことがなければ完全なイコールパートナーとは言えないということで、そうすることが自己目的なんだろうと思うんです。だから安倍さんのおっしゃることには論理的な整合性がない。ないけれども安倍さんご自身は気にしない。なぜならそれ自体が安倍さんの目的であるからだ、そういうことしか私には理解できないと考えております。


渡邊 たくさんご質問を頂いたのですが、答えられないようなものもございます。行政罰には時効がございませんので、自衛官を退職致しましたが、自衛官時代に触れた秘密と言われるものについては、辞めてもしゃべるわけにはまいりません。

 まず陸海空の連携体制、米軍との連携体制はどうなっていますかというご質問です。今日の話題とは違いますので簡単に言いますと、陸海空の連携体制は非常に良くなってきていると思います。大丈夫ですとは言いませんが。

 昔、陸海空の自衛隊ができて暫く経った頃までは、陸海空は別々の組織でした。今は災害派遣を見て頂くとよく分かるように、陸海空それぞれの運用は全て統合で行う、陸海空関係なく一緒のものとして運用するという体制になって、既に5年経っています。連携体制は非常に高まっていると言えると思います。

 米軍との連携ですが、これは深い順から申しますと海上自衛隊、航空自衛隊、陸上自衛隊の順番だと思います。連携が深まっているというのは、まさにそのような作戦をアメリカも日本も考えているということだと思います。海上自衛隊、アメリカ海軍、海兵隊、航空自衛隊、アメリカ空軍は全て日本に基地を持っていますが、米陸軍は日本に実戦部隊を配置しておりません。それもひとつの要因かもしれません。

 ただ、加藤先生がご指摘のように、今は戦い方で言いますと、ネットワーク・セントリック・ウォーフェアと言います。有り体に言うならば、コンピューターでネットワークを組んで戦闘する、逆に言うとコンピュターシステムに加入をしなければ戦争にならないということになります。これは海軍は既に出来上がっておりますし、陸はまだ繋がっておりません。連携という意味ではそういうことだろうと思います。

 在外邦人の輸送についてご質問がありました。アルジェリア事件を受けて、陸上自衛隊に輸送任務が付加されるということですが、今、在外邦人の輸送の任務を持っているのは、海上自衛隊と航空自衛隊です。

 時間的にみても能力的にみても、我が国が行える海外邦人の輸送が極めて近いエリア、極東アジアに限定されているのはお分かりだろうと思います。地球の裏側まで行って邦人を救出するようなことは、能力的にもないし、やろうとも思っていないということです。

 ただ、アルジェリア事件のようなことが起きた場合にどうするか。この場合には空港から何百キロも離れていますから、陸上輸送も考えなければいけない。この辺の法整備の検討は、今後進むだろうと思いますが、これをどのように我が国として考えるのかは、大きな問題だろうと思っています。

 ちなみにアメリカは同国人輸送、正確に言うとノンコンバット・アンド・エバケーション・オペレーションですから非戦闘員をどう救出するかという作戦ですが、軍事作戦というとらえ方をしています。

 これは順番が決まっております。一番先にエバキュエイト、後方に送られるのは政府職員、軍人の家族、2番目が民間人の家族、3番目が民間人、最後に政府職員及び軍人が離脱をする、この順番に基づいてやっておりますので、他国の者を輸送するようなことは基本的には考えていない。ただし、民間人と同レベルで同盟国の者というくだりがありますので、ここに日本人も入ってくるだろうと思いますが、あくまでも余裕がある場合、あるいは外交上必要な場合ということなのだろうと思います。

 駆けつけ警護についてご質問を頂きました。

 イラク戦争の時、我が国が派遣した同じ部隊の人間が人質になったような場合に駆けつけ警護をするということは、実は考えておりました。これは、他国人または自国の軍人ではない人ではありませんので、基本的には我々の作戦で、当然武器を持っている我々が同国人の同僚を救出するというものであって、法的にも問題ないだろうと思います。

 問題は、遠く離れたところで我が国の民間人が人質になっている場合に、わざわざ出かけて行って救出もしくは警護することができるかということです。それがまさに今回の安保法制懇でポイントとなったところです。

 ご質問の中で、各国の部隊が独自にこのようなことをやると、同士討ちになる、そこが問題なのではないかと指摘されています。おっしゃるとおりです。法的にこれができるようになったからといって、すぐにできるわけではありません。法的に担保された後、話し合いが始まります。話し合いが始まったら、実際にやれるかどうかを訓練でやってみなければなりません。今自衛隊と米軍がやっている共同作戦訓練であるとか、演習であるとか、これはそのような為のものであって、やはり実際に訓練をしてみて、そこが問題だからこういうふうに取り決めましょうと具体的に平時のうちから積み重ねていかない限り、この種のことは実行できないだろうと思います。

 この夏、米中が共同で軍事演習を行ったと聞いたとのご質問がありましたが、これはリムパックのことだろうと思います。中国は実はアメリカが主催をしている太平洋の多国間訓練に今年初めて参加を致しました。これは大変大事なことですし、軍隊にとってみれば当然のことだろうと思っています。

 多分、前々からずっとアメリカは中国に参加の働きかけをしていただろうと思います。2つの意味で極めて重要です。それは彼らと戦う可能性があるかどうかは別にして、こういうかたちの相互理解、これは軍軍関係(ミリタリー・ミリタリー・コンタクト)と言いますが、軍人同士が共通の土俵に立って話しあったり訓練をしたりというのは大事なことであります。それは相互理解であり、お互いを理解して、知らないことによって起こるいろんな誤解やミスを防ぐためであります。

 もう一つは、不測事態対処という観点でも、この種の訓練は大事だと思います。私もPKOでは隣に中国の部隊がいましたので、訪問などをやっておりました。これは軍人の世界では至極当然のことだと理解していいんじゃないかと思います。

 もう一つ、イラク戦争やいろんな形で海外に派遣された自衛官が、いわゆるトラウマとなって精神的な影響を受けている問題についてご指摘を頂きました。今、組織を上げて検討をしている真っ最中だと聞いております。これはどこの軍隊でも大きな問題となっています。今日の話題とは直接関係ありませんので、関心をもって取り組んでいるようだということだけご指摘をしておきたいと思います。


 ベレンコ中尉の事件をあげて集団的自衛権の問題に繋がるという説明について、「着陸場所が三沢であれ、横田であれ、日本の領空を侵犯しているのだから、個別的自衛権の問題であり、その後のことは日米地位協定の問題ではないかと思いましたが、いかがでしょうか」というご質問がありました。そのとおりです。

 ややこしいのは、集団的自衛権、あるいは個別的自衛権の事態がどのような事態で発生するかということです。在日米軍をターゲットにしたアタックがある場合、自衛隊や警察がどのように援護、支援するか、共同するかという問題については明確ではありません。

 集団的自衛権を含めて検討する一つのテーマ、事例がここにあるという問題提起をさせて頂きました。当然のことですが、個別的自衛権の範囲であるというのは原則的にはそうです。ただ、地位協定の範囲内の主権、排他的な一つのルールというものが示されているので、面倒なところがある。その辺のところはもっと突っ込んでこの機会に米軍とも話し合いをして、地位協定や日米安保の見直しを図っていく必要があるのではないかと思っております。

「勇猛果敢 支離滅裂」は航空自衛隊の文化だと申し上げましたが、ちなみに陸海をご紹介しておきます。陸は「用意周到 動脈硬化」と言います。これは作戦の性格を表わしています。作戦の推移の時間など等の性格です。船を一つの国として扱うような海上自衛隊の場合は、「伝統墨守 唯我独尊」と言います。これは3つの世界の一つの四字熟語のつなぎあわせた文化の説明であります。

 もう一件、ネットワーク・セントリック・ウォーフェアという言葉が出ておりましたので、少し補足させていただきます。全てのデータがデバイス、すなわち末端の装置に集中する、しかし指揮統制についてはセントラライズ、中央で実施できるというものです。たとえば、オサマ・ビン・ラディン殺害のミッションは、その現場にいた兵士がヘルメットの中で全ての関連情報に基づく状況現示があり、ホワイトハウスから指令が出ています。このような状態をネットワーク・セントリック・ウォーフェアという言い方をしています。

 仕組みとしましては、その相手国の全てのインフォメーション(インフォメーション・セントリック)や、知識(ナレッジ・セントリック)などあらゆる情報が末端の兵士にまで行き届いている。その街に初めて足を踏み込んだ兵士も、ヘルメットの中からの情報で仮想現実(オーグメンテッド・リアリティ)をゴーグルの中に映しだして街がどうなっているか見ることができる。だからオサマ・ビン・ラディンが壁の向こうでどういう状態でいるかというのも、一兵士の末端の装置(デバイス)によって、壁を透してしまうテラヘルツの技術でそれを見ることができた。そういう時代になっているわけです。

 フランスはアメリカ嫌いで通っておりましたけれども、2012年末には同じ仕様の装備をアメリカとリンクできるように、陸軍の兵士にはヘルメットデバイスを配備し終わったという状況もあります。ますますこのようなかたちで、国際社会のセキュリティというものが進化していくということを皆さまに私の知っている範囲でお伝えしておきたいと思います。


防衛のプロが語る15事例のリアリティ 質疑応答 会場からの発言・質問

質疑応答と討論(会場からの発言・質問)

会場からの発言・質問① 「用意周到 動脈硬化」の元陸自におりました泥と申します。シビリアン・コントロールというのは、軍隊の反乱を防ぐ力はあるけれども、好戦的文民が指揮官のトップにいる場合は、軍事力行使だとか戦争の歯止めにならないと思うんです。

 第1次安倍内閣の時に竹島問題で韓国の海上警察と日本の海上保安庁が睨み合ったことがありました。自衛隊の専門紙に「朝雲」という新聞があるんですが、その当時の「朝雲」の記事をご紹介したいと発言をお願いしました。こういうことを「朝雲」は書きました。

「海洋調査を行う韓国の調査船ヘアン(3,500トン)に対して、海上保安庁は3,000トンの巡視船「だいせん」を出してけん制する。韓国海洋警察は4月のように多数の警備艦を派遣せず、1、2隻の警備艦を随伴されると見られている。日韓のコーストガードは互いに事態を紛糾させないよう、細心の注意を払おうとしている。どちらも力ずくの戦争にはしたくないのだ。実力組織は政治の道具でありつつも、政治の行き過ぎに巻き込まれまいとする。かたや政治家は海を挟んで声高に相手を避難し、現場はリスクを負って苦労する。勇ましい政治が紛争の解決に役立たないことは歴史が教えている」

 自衛隊専門紙がこういうふうに書いておりました。今、前のめりになっている安倍内閣に対して、合理的に理性的に軍事を考えて下さる武官の皆様に、安倍内閣の行き過ぎを止めてくださいとお願いするのも変なんですけれども、そうしなければいけない事態なのだというふうに思って頭を抱えております。


柳澤 私は全く同じ思いです。ただ、OBの立場があるお二人の方には特にコメントは求めませんが、私の意見ではそういう問題意識をお持ちでなければ、この壇上にはお見えになってないだろうと確信をしております。

 どうやって安倍内閣を止めて行くか、そのために何をすべきかということがあります。私達のこの会は、直接それを止めることを目的にしているわけではないんですが、思い切って言えば、国が間違った方向に進もうとしている、間違った手続きで物事を進めようとしている時に、一番大事なことは分析と論理に基づいて、しっかり知性としての批判や検証をやり続けていくということしかないんだろうと思います。

 あとは政治の力学の中でどう作用するかというのは、そこまでは私どもだけではなんとも力が及ばないのは事実であります。私たちはできるだけ現場から、具体的であって、かつ理性的であって、論理的なかたちで問題提起を続けていきたい。私も官邸や防衛庁の意思決定の現場にいたわけですし、加藤先生や伊勢崎先生も海外のいろんな現場を踏んでおられるわけです。そういう現場からの作業が、今、メディアも含めて日本中で求められています。メディアによっては一生懸命、政権を応援しているところもありますし、どうしても感情論に走りがちなところですが、感情論に走りがちであるが故に、論理と理性で対抗していくという努力をやり続けなければ、国がおかしくなるということを考えて、私はやらせて頂いております。


会場からの発言・質問② 元自衛隊幕僚長のお一人が噴飯ものだとおっしゃったように、15事例に関してもそういうイメージを持たざるをえないということをまず感想として述べさせて頂きます。

 質問としまして、日米安保条約の1960年改定時に、アメリカ側の5条に「太平洋における」というものがあって、それに対して藤山愛一郎外務大臣が憲法9条の下ではできないということで断ったと記憶しています。

 NATO条約では、自分の仲間がやられた場合は、一緒に対処するということがあらかじめ宣言してあります。今回の日本の集団的自衛権の発動において、発動要件の中にタイミングというものが国会の閣議だとかいろいろ書いてあるんですが、そういったものが盛り込まれていないと発動というものが迅速にできるのかどうか、疑問があったので教えて下さい。


柳澤 60年安保の改定経緯については、そこまで存じていませんでしたが、確かに米韓の相互防衛条約を見ますと、アジア太平洋地域を対象とした共同防衛となっているんです。おそらくアメリカのスタンダートとしては、そういう文言を主張したのかなという気もします。

 一方で、現実には日本の施政権の下におけるいずれか一方への攻撃についての共同防衛ということになっている。だから、例えば西太平洋とか南シナ海で共同防衛をするのであれば、そこまではっきり義務付けをしなければいけないと思います。

 義務付けをしたって、一方で日米安保条約では、アメリカだけに限らずそれぞれの国の憲法と手続きに従って行動すると書いてあるわけです。100%の防衛の意志を必ずどんな時にも使うという話でもない訳です。ただ、筋としてはそういうことをしなければいけない。中東でも協力していくならそこを直さなければいけない。

 韓国は、ベトナム戦争には集団的自衛権で戦闘部隊を出していますが、イラク戦争に出していません。それは、米韓条約で明示されたアジア太平洋地域ではないからだと思うんです。

 そういうところをあらかじめはっきりさせておかないと、意思疎通は十分にできません。政府の総合判断と国会の承認というのが、民主的な手続き上、どうしても不可欠なんだと思うんです。

 こちらもそこまで覚悟を持って自らコミットしていないと、いきなりアメリカから助けてくれと言われても、パッとできるわけではありません。アメリカがどういう目的のためにそこでそういう船を出しているのか、作戦をしているのかということが分からないと、対処できないわけです。

 その辺のところは、特定秘密になる可能性が一番高いところでもあるのですが、その説明がないと、本当に政府が判断をしたことが正しいのかどうかが分かりません。国会で承認するにしても、そこで今アメリカの船が攻められていますから、なんてことを国会で議論していたら、間に合うわけがないんです。

 その辺が、本日議論してきたようなことを運用していく時、非常に大きな課題になっていくんだろうと思います。日本の安全と近づけて、それは個別的自衛権だと公明党が主張していたような世界でしか通用しない、ある意味日本としては自分勝手な集団的自衛権の使い方をすると言っているというのが、本当にアメリカのニーズに合うんだろうか、果たして抑止力を高めるんだろうかということです。そしてその範囲でしかやらない国に対して、アメリカが前広な情報を出すのかということです。情報というのは貰えばいいというものではなくて、ここまで教えたからには一緒にやれよなということに繋がっていくので、聞かないほうが幸せだということもあるんです。その辺をトータルで考えていかないと、国としてかなりの覚悟のいる話だと思うんです。私が政府のやり方に一番問題を感じるのは、政治としての覚悟が全く見えないことです。そこに、一番抵抗感と胡散臭さを感じているところです。


加藤 安保の範囲がどの範囲まで及ぶのかということは、もともといろいろな議論がありました。冷戦が終わる海部内閣の時、日米首脳会談で日米安保の範囲をグローバルにしようという動きがありました。そして1992年1月の宮沢首相とブッシュ大統領の会談の時に安保の範囲が広がり、グローバルな協力をするということになりました。

 しかし、その後1996年に安保の再定義がなされ、この時にアジア太平洋地域という位置づけがはっきりしたんです。現在はアジア太平洋と限定されていますが、これがどんどん解釈によって広がっていくことになります。ガイドラインではグローバルな支援となっていますので、いずれ宮沢・ブッシュ会談のようなことが行われるのだろうと思います。

 集団的自衛権のタイミングの話ですが、我々は個別の問題に目を奪われすぎてしまっていたのではないかという、私自身の反省もあります。

 よく読んでみますと、国家安全保障戦略は国防の基本方針の焼き直しです。ほとんど内容的にずれたところはありません。武器輸出三原則、防衛装備輸出三原則は、内容的には実はあまり意味がない。集団的自衛権の見直しも、よく読んでみるとほとんどが個別的自衛権で解決できる問題なんです。

 安倍さんがやってきたことは何かというと、我々が思っていたほどには踏み込んでいないんですね。にも関わらず、なぜこんなことになっているんだろうかと思うと、どうもそこにはおじいさんの岸信介さんの影がちらつきます。岸さんは、1957年に日米安保の改定をする時に、様々な手を打っていった。例えばその時に国防の基本方針が決まりましたし、日本のODAの第一歩はその年に決まったコロンボに対する援助なんです。安倍さんは、岸信介のやろうとしていたことを、今また踏襲しようとしているのではないだろうか。最大のものは何かと言うと、アジアの大国にとにかく留まることなんだろうと、私自身は思っています。

 今、中国が経済力においても軍事力においても、間違いなくアジア第1の国です。では日本がアジアの大国になるためにはどうするかというと、残るはソフトパワーだけなんです。

 安倍さんは、アルジェリアの事件のためにそれを発表することなく帰国してしまったんですけれども、アジアに対する外交方針として非常に重要な方針を出していたのです。2012年1月にインドネシアで対アジア外交の5つの方針を出しています。おそらく福田ドクトリンに変わる大きな方針転換だろうと思います。

 これを持って、アメリカの後ろ盾を得た上で、アジアの大国としてのリーダーシップをとにかく握るんだというのは岸信介の夢でもありましたし、実際にそれをやろうとしました。おそらく安倍さんも2011年の東日本大震災以降の日本を何とか復活させようとする意図があるんだろうと思います。

 安倍さんは第一次政権の時に戦後レジームからの脱却とか、美しい国という言葉を使いましたけれども、第2次政権になってからは戦後レジームの脱却などという言葉はほとんど使っていません。美しい国も今はもう使っていません。今は新しい国です。美しい国というのは「美しい国」という本を出して、その改定版を出したんですが、そのタイトルは「新しい国」そして副題として「美しい国」となっています。

 第1次政権の安倍さんのイメージで現在の第2次政権を考えると少しズレが生じて、本当に安倍さんがやりたいことは何なのかが見えてこないおそれがあると、私自身は思っています。


会場からの発言・質問③ 参議院議員の小西洋之と申します。所属政党は民主党でございます。素晴らしい機会をありがとうございました。

 柳澤さんがご発言のなかで「立法事実」の確認ということに言及されました。立法事実というのは聞き慣れない言葉かもしれませんが、その点について少し補足をさせて頂きたいと思います。

 我が国にある全ての法令は、憲法であろうが、法律であろうが役所のつくる政省令であろうが、そのルールが必要な社会的事実、ルールの必要性と合理性を根拠付ける社会的事実が不可欠です。それを立法事実と言います。これがない限り、ルールを作ってはいけないんです。憲法の解釈の変更をしてはいけないんです。

 集団的自衛権の行使が必要な立法事実というのは何か。集団的自衛権ですから日本は攻撃されていないわけですが、安倍総理は、アメリカがどこかの国が戦争をしていることで、死んでしまう日本国民がいると言い出したわけです。今までは、アメリカがどこかの国が戦争をしても、日本は戦争当事国ではないので、日本国民が死ぬということはありえないだろうという認識でした。だから戦争を放棄した憲法9条の例外として、集団的自衛権というのはどうしても認めることはできないと言っていたんです。ところが、この60年間で初めて安倍総理は、「いや、そういう日本人がいる」と言い出したんです。

 そういう日本人、つまり日本が戦争に巻き込まれていないのに、死んでしまう日本国民がいるかどうか。かつ、その日本人の生命を救うのに、個別的自衛権や外交努力ではダメで、集団的自衛権というものを行使しなければ救えないのか。その2つを立証しない限り、立法事実の説明にはならないんですね。

 かつての最高裁の判決の中に、薬事法の違憲判決という、憲法のどの教科書にも載っている有名な事例があります。今申し上げた法律の根拠、新しい法令の根拠、すなわち立法事実がないが故に、最高裁で違憲無効とされた法律です。議員立法で業界のために作った恥ずかしい立法だったんですけれども。

 みなさんに申し上げたいことは、立法事実のない7月1日の閣議決定は、その瞬間で違憲無効だということです。また立法事実が証明されないままに、仮に春に自衛隊法等の改正を強行されても、それは違憲無効の立法であるということです。

 本日、自衛隊の大幹部の方がお二人いらっしゃいますけれども、私の理解している自衛隊員のみなさんの使命というのは、日本国民の命が不当に奪われてしまうという時に命がけで戦ってくださるということです。それが自衛隊員の任務の本質だと思うんです。ところが今、安部総理がやっていることは、自衛隊員が命がけで戦わなければ、救えない日本人がいるかどうか、そのことが分からないのが実態なんです。

 民主党の同僚議員は、7月15日の国会審議において、内閣法制局長官に対して、今申し上げた集団的自衛権の行使が必要な立法事実を安倍政権は確認していますかと質問を行いました。私もその質問のサポートをさせて頂きましたが。それに対して、横畠内閣法制局長官は、内閣法制局は、そういう立法事実を審査していません、確認していませんという空前絶後の答弁をしております。

 国家安全保障局の官僚にも事前に確認しましたが、この立法事実を確認していない。15事例のような事例の提示をしているが、集団的自衛権を行使しなければ救えない日本人がいるということを実は政府は確認していないんです。そういう行政文書も一枚もありませんというような説明を私や民主党に対してしております。

 この立法事実の有無ということを、先ほど柳澤さんがおっしゃっていたように、その論理と理性的な分析に基づいて、徹底的に社会で議論をして頂きたいと思います。

 それを一番やらなければならないのが我々国会議員であり、国会の使命なんです。しかし、今どういうことが起きているかというと、7月1日以降、政府から全ての役所に対して、7月1日の憲法解釈の内容を説明するにあたって、国会議員に文書を渡してはいけないという指令が出ているのです。官僚を呼んで議論をしますと、いろいろな新しい憲法解釈の細かい論点がたくさんあるわけです。それを確認して、今確認した内容を文書でくれと言うと、そういう文書を一切渡してはいけないという指示がおりておりますと言って、官僚は頑として絶対に文書を渡しません。

 主権者のみなさんにとって本当に大切な、我が国のあり方、命に関わる憲法の解釈を変更して、その変更の内容を国民の代表である国会議員や政党に対して文書で提出を一切しない。一体どこの国なんだということが起きているのが実態です。9月29日に臨時国会が始まって、衆参で代表質問がありました。また10月3日から始まっておりますけれども、衆参の予算委員会で、総理に対して質疑があります。ただ残念ながら、我々国会議員や政党はそういう扱いをされていますので、十分に7月1日の閣議決定の論点が深められておりません。

 ぜひみなさん、立法事実という言葉を今年の冬の流行語大賞にするくらい、議論が必要です。まさに雪男やネッシーを探すように立法事実を探し、立法事実を追い求める。本当にそういう国民がいるのか、それは集団的自衛権でないと救えないのかということを、ぜひみなさんで議論して頂ければと思います。

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寄せられたコメントとともにホームページにて公開させていただきます。

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